番外編集 その1

第7話 番外編 啓太の幸せ

 ※本編の間に、時々本筋とはあまり関わりのない番外編を挟んでいく事にします。

 番外編の時系列もまた本編とは関係なく、その時々で変わります。






 これはまだ、三島啓太が中学生だった頃の話。


 受験生にはクリスマスもお正月も無いという。とはいえ啓太が受験するのは難関でもない近所の高校。もちろんだからと言って勉強を疎かにするわけにはいかないが、それらのイベントがまるで無いわけでは無い。

 いや、実はと言うとクリスマスには何もなかった。啓太がまだ小学生だった頃は家に友達を集めてパーティーをした事もあるが、中学校に上がったくらいからやらなくなった。


 しかし今思うと、我が家でクリスマスパーティーとはかなりおかしなことをしたものだ。仲間内で一番家が広いという理由で啓太の家でやることに決まったのだが、彼の家はお寺だったのだ。しかも本堂にテーブルを置き、本尊さんの正面でケーキを食べていたのだから、我ながらおかしいと思わざるを得ない。


 まあそれも今となっては過去の話。今年はパーティーも無ければ、気になっている子と会うなんてことも無かった。

 だが正月や大晦日となると話は違う。何しろ先に挙げた通り、啓太の家はお寺。その日は一年で最も忙しくなる日だった。

 



 十二月三十一日、午後十時。

 年明けまで残り二時間を切った時、啓太は住職である父親から呼び出された。


「おい啓太、そろそろみんなと一緒に灯りをつけてこい」


 みんなと言うのは、この日手伝いのために集まった親戚の人達だ。家族だけではとても手が回らないので、毎年助っ人として集まってもらっている。

 そして啓太達は、外にあるお堂やそれに続く道に灯りをつけてくるのが毎年恒例となっている。もうすぐ檀家の人達が初詣にやって来るのだが、何しろ来る人は年配の方が多い。足元が暗いままだと躓いた時に危ないのだ。


「俺、受験生なんだけど」

「なら、サボるなんて罰当たりなことは出来ないな。ついでに合格祈願でもしておけ」


 面倒だからやりたくないという啓太の意見はあっさりと一蹴された。もっとも啓太も、本気で嫌だと言っていたわけでは無い。頷くと、年の近い親戚数人を引き連れて家の外へと出る。


「寒っ!」


 この時期の夜の気温は当然低く、一歩外に出ると途端に冷たい風が吹きつけた。肩を震わせながら、啓太は手にした箱とライターに目をやった。

 箱の中に入っているのは蝋燭だ。普通家の仏壇などに灯すものよりも二回りは大きい。それが一箱に何本か入っていて、その箱もまたいくつかあった。

 お堂などの建物やその周辺は電気をつけるが、それ以外の大部分はこの蝋燭によって照らされる。これをつけて回るのがなかなか面倒なのだ。


「これ、持っといてくれ」


 手にしていた箱のいくつかを一緒に来ていた親戚の子に渡す。あまり多く持ちすぎるとかさばって作業しにくいのだ。それから一本一本蝋燭の火をつけていくが、風があるので気をつけないとすぐに消えてしまう。

 風の当たらない場所に。ちゃんと道を照らせる場所に。それでいて歩く人の邪魔にならないように。それらをいちいち考えなくてはならない。


「次からLED使おうよ。クリスマスの飾りで使ってたやつが残ってるよ」

「ああ。俺の代ではそうするよ」


 そんなやり取りをしながら灯りをつけていき、途中何か所かでお経を読み上げる。それらが終わって家へと戻ってきたのは、年が変わるわずか十分前だった。

 例年だと檀家の人達がやって来るまでもう少しかかる。その人たちに挨拶をしたり簡単な料理を出したりするのだが、それまでの僅かな時間、住居の方へと引っ込むとストーブで冷えた体を温めることにする。


「もうすぐカウントダウンが始まるよ」


 同じく暖をとることにした親戚の一人がテレビをつけながら言った。


「紅白はもう終わってるな」


 あのくらいの時間に灯りをつけて回っるのは毎年恒例の事なので、啓太は紅白歌合戦の終盤をほとんど見た事が無い。特別興味があるわけでは無いのだが、投票の集計を日本野鳥の会の人達がやっていると聞いた時は驚いた。本当なのだろうか?

 そうしているうちにいよいよカウントダウンが始まり、ついに新しい年が始まる。


「明けましておめでとう。さあ、そろそろ行くぞ」


 新年のあいさつを簡潔にすませ、本堂へと移動する。間もなくして檀家の人達がやって来たが、それからが忙しかった。

 挨拶や料理の配膳。食器の数が足りないので、一度下げた器はすぐに洗って使うことになる。親戚一同で手分けしないととても回しきれなかった。

 それが一時間ほど続いただろうか。


「三島」


 啓太は自分を呼ぶ声が聞こえて振り返る。いや、ここには家族や親戚もいるのだから、三島と言ってもそれが自分のことだとは限らない。だがそれでも今のは自分個人を呼んだような気がした。


「藤崎……」

「明けましておめでとう」


 そこにいたのは藍だった。その姿を確認した途端、啓太の動きが止まる。

 藍の家もこの寺の檀家の一人で、今までにもこうして家族で初詣に来たことは何度かあった。だから今年もやって来たとしても何ら不思議は無い。

 それでも啓太が思わず固まってしまったのには理由があった。


「お前、その格好……」


 正月だからだろうか、藍は晴れ着姿だった。

 更にいつもはポニーテールにしている髪も結び方を変えていて、普段とはまた違った印象を与えてくれている。


 去年までは、藍はそんな特別な恰好なんてしていなくて、だから啓太が藍の晴れ着姿を見たのなんてこれが初めてだ。

 普段の見ている学校の制服とも、私服ともまた違う姿の藍。それを目の前にして、啓太は声も無く見とれた。


「これ?高校入学の前祝いだって買ってくれたんだけど、変かな?」


 あまりにも黙っているものだから不思議に思ったのだろう。藍はどこかおかしな所があるんじゃないかと自らを見るが、もちろんそんな事は無い。


「へ……変じゃねえよ。まあ、似合ってるんじゃねえの」


 何か言わなければ。そう思った末に言う事ができたのは、それだけだった。我ながらもっと気の利いた事を言えたらとは思うが、これが精一杯だ。

 それでも、啓太にそう言われて藍は笑顔を見せる。


「ありがとう。お手伝い大変だろうけど頑張ってね。あと、もうすぐ受験だから勉強も」

「――おう」


 できればもっと話をしていたいが、手伝いがあるためそうもいかない。藍もそれだけ言うと、邪魔になるといけないからと言って家族の元に戻っていった。


 時間にすれば、ほんの数分程度に短いやり取り。だが啓太は、藍が去って行った後もまだその場から動けずにいた。啓太の目には、それほどまでにさっきまで見ていた藍の晴れ着姿は鮮烈に映っていた。

 それがあまりにも長い物だから、見かねて手伝いに来ていた親戚から声が飛んだ。


「なにボーっとしてるの!」

「――っ。分かってるよ」


 返事をすると、他のお客さんへの対応に戻る。そんな中でも、さっきの愛の姿が頭から離れなかった。


「晴れ着、可愛かったな」


 着ているものが変わっただけだと言うのに、普段とはまるで違った気がした。そんな物を新年そうそう見られたと思うと何だか嬉しくなってくる。


「今年はいい年になりそうだ」


 仕事を続けながら、啓太は一人そう呟いた。

         

                                   了

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