第6話 プレゼント
「今日は本当にありがとう」
部室での誕生会を終えた帰り道、藍は改めて啓太にお礼を言う。好きな子相手にこんな事を言われて嬉しいくないはずが無い。だが啓太は、少しの間を置いた後優斗を指して言った。
「最初に言い出したのは先輩だけどな」
それを聞いた藍は驚いて、だけどすぐにどういうことか理解し、さっきよりも更に嬉しそうな顔で優斗を見る。
「そうだったんだ。ありがとうユウくん」
啓太としては、これを告げることに抵抗がなかった訳じゃない。藍に感謝される優斗を見ると、嫉妬心だって掻き立てられる。自分が発案者でいいと優斗だって言っていたんだし、このまま黙っていれば自分の手柄に、などと言うゲスな考えも少しはあった。
だが思いこそしても、実際にそうする事は出来ないのが啓太だ。結局、ここに至る経緯の全てを藍に伝えた。
「それと、これも先輩から」
次に、鞄の中からきれいにラッピングされた箱を取り出す。発掘したお金で買った、優斗からのプレゼントだ。
「ユウくんから?でもお金はどうしたの?」
まさかプレゼントまであるとは思わなかったのだろう。目を白黒させる藍に簡単に事情を説明し、改めて箱を差し出す。
箱を持つ啓太と送り主である優斗、藍はその二人を交互に見ながら、それを両手で丁寧に受け取った。
「ありがとう。開けてもいい?」
「もちろん」
優斗から返事を貰い、破れないようにラッピングを少しずつ剥がしていくと、中の箱が顔を出す。それをさらに開くと、そこに入っていたのは、淡いピンクのリボンのついたバレッタだった。それ以外にも細かな装飾が加えられていて、ちょっとしたお小遣いで買うにしては、いささか高価な物だという事が分かる。
「髪、ポニーテールにしていることが多いだろ。だったらそう言うのが似合うんじゃ無いかと思ったんだ」
優斗が生きていた、藍がまだ小学生だった頃。当時は今より髪が短く、結んでいる事なんてほとんど無かった。
だから優斗にとって、藍の髪は昔と今で大きく印象が変わった場所の一つだ。
そんな昔と今の藍の姿を比べてみて、送りたいと思ったのがこれだった。
もちろん藍は、そんな細かい経緯なんて知らない。だけど優斗が真剣に考えて選んでくれたのは分かる。
しばらくの間それを眺め、それから急々と髪をほどく。そして改めて、たった今もらったバレッタで、それを止め直した。
「似合う?」
優斗はすぐにはそれに答えず、まじまじと藍を見つめる。なんだか少し恥ずかしかったが、決して嫌なわけではなかった。
「可愛いよ。凄く」
可愛い。そう言われたのは、今までにだって何度もある。だけど藍にとってはその全てが特別で、今回もまた、胸を大きく高鳴らせるのには十分だった。
だがそれを見ていた啓太はと言うと、こんな近くで見せつけられてはやはり面白くはない。それに、優斗の贈った物と言うのは癪だが、バレッタで髪をまとめた今の藍には、確かに普段とはまた違った良さがある。
ここは一つ、自分も何か気の利いた事の一つでも言ってやろう。そう思ったのだが……
「まあ、その……えーと……」
恥ずかしさから思うように言葉が出てこなくて、困ったように口をパクパクする。啓太はこういう男だ。ここでサラッと何か言えるようなら、藍との関係だって少々違ったものになっていたかもしれない。
「いいよ、無理しなくて」
恥ずかしさを抜きにしたって、元々啓太は自然に誰かを褒るような奴じゃない。藍もそれを知っているから、口ごもる啓太を見てクスクスと笑う。
だけど啓太は、そのまま黙ってはいなかった。
「別に、無理なんてしてねえよ」
「えっ?」
「だから……ちゃんと可愛いって言ってんだよ」
緊張した声でそれだけを言い、サッと目をそらす。可愛いなどと言いながらも、その声はぶっきらぼうで愛想と呼べるようなものは無い。
だがこれでも、今の啓太にとっては精一杯だ。そして幸いにも、不器用に言い放たれたそれは、ちゃんと藍に届いていた。
「あ……ありがとう」
まさか啓太からそんなことを言われるとは思わなかった。さらに、その様子があまりに恥ずかしそうだったものだから、つられて藍まで照れてしまう。
「あっ……そ、それと、これは俺から」
顔を赤くしたまま、啓太が鞄から袋を取り出し、藍に差し出す。
綺麗にラッピングされていた優斗のプレゼントとは対照的に、なんの飾りもない簡素なものだ。
受け取ったそれを開くと、中に入っていたのは藍がいつも使っているベースの弦だった。
「今使ってるやつ、そろそろ取り替えた方がいって言ってただろ。メーカーとか太さとか、同じやつにしたつもりだけど、ちゃんと合ってるか?」
「うん。覚えててくれたんだ」
確かに、少し前からベースの弦を取り替えたいとは思っていた。だけど啓太にそれを話したのは、少し前に一度言っただけだったような気がする。
「覚えてるに決まってるだろ。同じ部活仲間なんだからよ。まあ、あんまり誕生日プレゼントっぽくはないと思うけど。何やればいいかわかんねえから、そんなのしか思い浮かばなかったんだ」
啓太はそう言うが、藍はたった一度だけの言葉を覚えてくれたのが嬉しかった。
「ううん、そんなことないよ。大事にするね」
そう言った後、優斗と啓太の二人を見て、改めて口を開く。
「二人とも、今日は本当にありがとう。凄く……凄く嬉しい」
毎年祝われている誕生日。だけど今回は、いつもよりずっと特別なものに思えた。
特別な日 了
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