第5話 頼み事 3
まだ夏休みだったその日、啓太は優斗に案内されて近くにある山へと来ていた。山と言っても険しいものではなく道も舗装されているので、散歩感覚で来れるようなところだ。
だが二人は、途中で道から外れて茂みの中へと入っていく。
「確か、ここだったかな」
優斗が指さす方を見ると、そこには小さな洞穴があった。
「何でこんな所知ってるんだよ」
洞穴を見ながら、啓太が尋ねる。大した山ではないとはいえ、こんな道から外れた場所まで来る物好きはまずいないだろう。
「俺がまだ小学生だった頃の秘密基地。子供の頃ってそう言うの作らなかったか?」
「まあな」
そんな覚えは啓太にもある。なるほど、人目につかず雨風だって凌げるここは、子供から見ればさぞかし魅力的に映るだろう。高校生になった今なら、こんな所に好き好んで入ろうとは思わないだろうが。
「先輩にも小学生の頃があったんだな」
「当たり前だろ」
当人にしてみればそうかもしれないが、啓太から見れば優斗はずっと昔から高校生のままだった。啓太がまだ小学生だった頃も、幽霊として現れた今も、その姿はちっとも変っていない。
そんな彼が小学生だった頃を想像しようとしても、なかなか思い浮かべることは出来なかった。
「それで、ここを掘ればいいのか?」
「ああ、頼む」
確認をとると、啓太は持ってきたスコップで地面を掘り始める。するとしばらくして、スコップの先が何か固いものに当たった。さらにもう少し掘り進めると、クッキーが入っているような金属の缶が出てきた。
「開けるぞ」
啓太がそう言って、缶の蓋を取る。すると中を見て優斗が声を上げた。
「おおっ、まだ残っていたか。これを入れたのは今から十年以上前だからな。本当にまだあるのか結構心配だったんだ」
啓太も改めて缶の中身を見る。そこに入っていたのはなんと数枚のお札、それに小銭もいくらか混じっていた。
「秘密基地に大事なものを隠すってのは分かるけど、それって普通オモチャとかじゃないのか?現金って随分と現実的だな」
ざっと見ただけだが、その金額だって小学生がため込むにしては中々の額だった。いったいどうしてこんなところに大金を隠したと言うのか?
「元々これは、家出用の資金だったんだ」
「家出?」
「ああ。当時の俺はいつか家を出て行きたいって思ってて、こうしてここに隠していたんだ。大事なものだから、あんまり家には置いときたくなかった」
「……重いな」
啓太は詳しい話を聞いたことは無いが、優斗の家が色々と訳ありだった事は藍の様子から何となく察していた。そんな彼の口から家出などという言葉が出てくると、どうしても重く受け止めてしまう。
「こんなんでどうにかしようと思ってたんだから、俺も子供だったな」
当の本人に気にした様子が無いのが救いだろうか。
「この金、藤崎の誕生日プレゼントに使っていいんだな」
念を押すように尋ねる。藍の誕生日を祝うとなると、やはりプレゼントを用意したい。今日わざわざこんな所まで来たのは、そんな優斗の希望があってのことだった。
最初啓太は、金は自分が出そうかとも提案したのだが、優斗は人の財布を使ってプレゼントを渡すのは違う気がすると言ってこの場所の事を教えてくれた。
「頼ってばかりで悪いな」
「何だよ急に」
わけが分からないといった顔をしながらも、優斗の言いたいことは理解できた。
こうすることで啓太にとって経済的な負担は無くなったが、ここまで来るのに多少時間がかかったし、これを掘り起こしたのは啓太だ。これから行くであろう買い物だって、啓太がいなければできやしない。
だけど啓太は言った。
「別に大した手間じゃねえよ。それに、俺だって藤崎の喜ぶところ見たいからな」
その言葉は優斗に対する気づかいでもあり、そして本心でもあった。優斗がそうであるように、啓太もまた藍を喜ばせてやりたいと思っている。
もっとも、彼女を一番に喜ばせるのが自分ではなく優斗である事には色々と複雑な思いが渦巻いているのだが、それを口に出すことは無かった。
「余った金は、三島に全部やるから。バイト代だと思ってくれ」
「いらねーよ!」
「そういうなよ。どうせもう他に使いようが無いんだし。だからって藍にあげたら気を使いそうだろ?」
「俺なら気を使わないとでも思ったのかよ⁉余ったら全部募金してやるよ!」
「おおっ、いいなそれ。そうしてくれ」
そんな事を言い合いながら、掘り起こしたお金を手にした二人は、元来た道を帰っていくのだった。
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