第4話 頼み事 2

 夏休みが明けて最初にある行事は始業式。そして次にあるのは、翌日から行われるテストだ。これによって生徒達は楽しかった夏休みの余韻を取り払われ、嫌でも勉強と向き合うことになる。

 そして今日はその最終日。みんな最後の頑張りを見せながら、答案用紙と向き合っていた。

 藍もまた問題を解きながら、だけど頭の中ではこれから向かう部活の事を考えていた。


 テスト期間中は部活動が全て休みとなる。藍はその間も家で簡単な練習をしていたが、そろそろ本格的に音を出すのが恋しくなってきた。

 そんな事もあって、久しぶりの部活だと心を躍らせながら、放課後になるとすぐに部室へと向かったのだが。


「誕生日おめでとうー」

 

 一歩部屋へと入るなり大きな声でそんな言葉を浴びせられる。声の主へと目をやると、さっき教室で分かれたはずの友人の真由子まゆこだった。


「えっ、何で真由子がここにいるの⁉」


 部員でない彼女がこの場所にいるというのはなんだか変な感じだ。教室を出たのはほとんど同時だったはずなのに、いったいいつの間に先回りしたのだろう。改めて部室を見ると、真由子の他にも何人かの友人が集まっていた。

 だが真由子はそんな藍の反応を見て不満そうに言う。


「第一声がそれ?もっと驚いてよ~っ」

「ごめんごめん。だけどこれでも十分驚いてるよ。いったいどうしたの?」

「だから言ったじゃない。誕生日おめでとうって」


 そう、今日は藍の誕生日だった。だがわざわざ周りに知らせて回った覚えはないし、こんなふうに祝ってくれるとも聞いていない。


「これって、サプライズってやつ?」

「そう。三島の提案でね」

「三島が?」


 啓太とは長い付き合いだがこんな事を企画するとは思ってもみなかった。ある意味さっき祝福された時以上に驚いた。


「いや、俺の提案ってわけじゃ……」


 何やら口ごもる啓太だったが、それに被せるように真由子が言った。


「何言ってるの。最初に言い出したのはアンタなんだし、他にもみんなに声かけて回ったじゃない」

「声をかけたのはお前だって同じだろ」


 色々言っているが、啓太があれこれ動いてくれたのは間違いないようだ。


「そうだったの。ありがとう三島、すっごく嬉しい」

「そ、そうか」


 お礼を言うと、啓太は照れたようにそっぽを向く。真由子はそんな反応を見て呆れた様子だったが、藍にしてみればただ純粋に嬉しかった。

 だけど一つだけ心配な事がある。


「でも、部室でこんな事していいのかな?」


 今や部室には真由子を始めとして、本来部外者であるはずの人が何人かいる。それだけでなく、机の上を見るとみんなで持ち寄ったであろうお菓子やジュースが並べられていてこれから騒ぐつもりだと一目でわかった。ありがたくはあるのだが、先生に怒られないかが心配だ。

 するとそれに答えるように後ろから声がした。


「大丈夫よ。ちゃんと許可は出してあるわ」


 振り返ると、そこにいたのは顧問の大沢だった。


「藤崎さん、誕生日おめでとう」

「あ、ありがとうございます」


 真由子達だけでも驚いたというのに、まさか先生まで加わっているとは思わなかった。


「でも本当にいいんですか?部室をこんな事に使っても」


「ええ。他の部に迷惑をかけないのと、ちゃんと後片付けをするって条件で、他の先生方も構わないって言ってたわ。それにね、私も昔同じように祝ってもらった事があるのよ。

 この学校の自由を重んじる校風、というか緩さに感謝する。


「先生、ありがとうございます」


 藍は改めてお礼を言うと、みんなの待つ輪の中へと入って行った。





 みんなに囲まれて楽しそうにしている藍を、啓太は少し離れた所から見ている。彼の呼びかけで始まったこの企画だが、いざ人が集まってしまえば盛り上げ役は他に適任がいる。啓太の藍に対する想いを知っている真由子からは、いっそ勢いで告白したらどうかなどと言われたが、そんな気は全く無い。

 それに先ほど言いかけたように、そもそもこの企画を発案したのは自分では無かった。


「混ざらないのか?」


 そう声をかけたのは優斗だ。彼も今は一歩引いた所で藍の様子を見ている。


「女子が多いから、何か交ざりにくいんだよ」


 啓太が声をかけたのは普段から藍と仲の良いメンバーで、そのほとんどが女子だ。


「先輩だって混ざらないじゃないか」

「そんな事言ったって、俺は無理だろ」


 藍と啓太以外に姿が見えない優斗にとっては、あの輪の中に加われと言われても無理な話だ。


「先輩が一人じゃ寂しいだろうと思ってここにいるんだよ」

「言うようになったな」


 啓太の言葉に、優斗は怒る事無くクスリと笑った。

 ところで、啓太はさっきからずっと、顔は藍のいる方へと向けたまま、周りには聞こえないような小声で話している。あまり大っぴらに優斗と話をしてると、他の人から不審に思われるからだ。

 幼いころから割と頻繁に幽霊を見てきた啓太は、この手の誤魔化し方にも慣れていた。


「なんか……悪りぃ」

「何がだ?」


 何の脈絡もなく、啓太が突然謝ってくる。そんな事を言われる心当たりなど優斗は何も思い浮かばず、不思議そうに首を傾げた。


「俺がこの企画の発案者みたいになった事。本当は、全部先輩が言いだしたってのに」


『藍の誕生日を祝いたいから協力してほしい』夏休み終盤のあの日、一人啓太の元に現れた優斗はそう言ってきた。藍に友達に声をかけるのも、この部室に集まって脅かそうとしたのも全て優斗の発案だったのだ。


「何でそれで三島が謝るんだ」


 優斗は不思議そうに言うが、啓太としてはこれで良いのかという思いがある。


「俺はただ先輩の言う通りに動いただけで、大したことなんて何もしてない」


 今日この日が藍の誕生日だという事は啓太も知っていた。しかしだからと言って自ら進んでこんな事をする気はなかった。

 もちろん彼にも好きな相手の誕生日を祝ってやりたいという気持ちはあったし、機を見ておめでとうの一言くらいは言おうと思っていた。だがそれ以上の何かをするには気恥ずかしさが邪魔をする。もし優斗の提案が無ければ、絶対に藍を今のような笑顔にすることはできなかっただろう。


 誰かにきっかけをもらわなければ自ら動く事も出来ない。そんな自分が情けなく、それなのに周りからは発案者と思われている現状が、なんだか申し訳なく思えた。


「……なあ三島。三島が大したことをしてないなら、俺だって何もできちゃいないぞ」

「何でだよ」


 啓太にしてみればそんな優斗の言葉はただの謙遜にしか聞こえなかった。


「祝おうって言ったのも、皆に声をかけるのも、この部室を使うのだって、全部先輩のアイディアじゃないか」


 それでどうして何もできてないなどと言うのか。だがそれを聞いて優斗は言った。


「それらは全部、三島がいなければ何一つ実行できなかった」

「それは……」


 言葉に詰まる啓太。それを見て優斗はさらに続ける。


「三島に相談するより前に、一人でも何かできることはないかって色々考えたんだ。だけどダメだった。プレゼントをあげたいって思っても、買いに行くことだって出来やしない。俺一人なら、ただ一言おめでとうって言ってそれで終わりだ」

「先輩……」


 穏やかに告げられるその言葉には、どこか切なさが感じられるような気がした。

 彼が幽霊となって半年近くが経つが、少なくとも啓太はそんな不自由さに対する弱音なんてほとんど聞いたことが無い。だから幽霊であることに何ら不便さを感じていないのではとさえ思っていた。

 だがもしかしたら、普段から自分が思っている以上に実は堪えているのかもしれない。


「なあ……」

「なんだ?」

「いや、何でも無い」


 幽霊であることを辛いと思っているのか。そう尋ねようとして、だけど声にはならなかった。自分から語ろうとしない事を無理に聞くのは良くないような気がしたから。


「そう言うわけだから、三島は大したことないなんて思うことは無いし、別に発案者ってことで良いぞ」

「先輩だって、何もできちゃいないなんて事ねーよ」


 何だか互いに励ますような形になってしまい、おかしな感じがする。


「とにかく、ちゃんと藍の誕生日を祝えて良かった」


 優斗が締めくくるように言ったけど、啓太はあえてそれに続ける。


「まだ一つやることが残ってるけどな」

「ああ。そうだったな」


 優斗が啓太に頼んだのは、この誕生会を企画する以外にもう一つあったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る