第7話「記憶のカケラ」

 暗い……怖い……

 いつか見た悪夢を彷彿とさせる真っ黒に染まった世界で、俺はただぼぅっとしていた。


 何して……たんだっけ。


 すると、突然頭の左から声が聞こえた。

 いつか聞いた声。だけど聞きたくない声。

 まさかあの日の……

 左を向いたが、そこには真っ黒な闇しか無い。しかし、まだ声は聞こえる。マルカスは左耳に神経を集中する。


 「あれが神に選ばれた子供?」


 聞き覚えがある男の声。詳しくは思い出せないが、あの悲劇が起こる前の事だったはず……。


 「そうなのよ。まさかあんな子がねぇ」


 こちらも聞き覚えのある女の声。


 「俺はてっきり村長の息子さんだと思ってたよ」

 「私もよ」

 「しかしなんでよりによってあんな家の子が」


 マルカスには何を言っているのかさっぱり分からなかったが、次の言葉で記憶が微かに戻る。


 「そういえば、その子なんて名前なんだ?」

 「確か……アルフレッド……って言ったかしら」


 アルフレッド……女ははっきりそう言った。


 「アルフレッドねぇ……パッとしない名前だな」


 マルカスはハッとした。アルフレッドとは、俺の元の名前……まさか自分が神に選ばれた子供? いやいやそんな事一切聞き覚えがない。いや、戦争のショックで記憶を失ったのか。

 マルカスが悩んでいると、まだ声は聞こえる。どうやら続きがあるらしい。


 「もう一人いたんだっけ?」

 「そうなの、まさか一年に二人も生まれるなんて」

 「今年は大変だな。天災が二人もいるのか」


 マルカスは耳を疑った。天災、と言ったか。つまり神に選ばれた子供というのは……


 「そっちの子はなんて名前なんだ?」

 「ハルよ。女の子なの」


 マルカスは、「ハル」という女の子を思い出そうとしたが、全く思い出せなかった。


 「じゃあやっぱりその子も……」

 「まさかあの年で……かわいそうよね……」


 どうなるんだ。マルカスは必死に聞こうとしたが、そこで声は聞こえなくなった。更に、徐々に意識が薄れていく。待って、待ってくれ!



            *  


 ――ピー……ピー……

 この薬品の匂いは、この見慣れた天井は、この見慣れたカーテンは……レフライオの部屋だろうか。

 マルカスは辺りを見回す。どうやらレフライオの部屋だ。無事に帰ってこれたのか。そういえば、あの男の人はどうなってしまったのだろうか。

 そんなことを考えていると、右手に温かい感触があった。これは……人の手……?


 「やっと起きた……! めっちゃ心配したんだよ!」


 涙目でこっちを見てくるエルに、アライブに、キッチルに、アカとアオ。ライセング……は居ないか。

 マルカスが右手に目線を合わせると、エルは


 「あ、いや、これは、その、呪文がさ、あの」

 「……呪文……なにそれ」

 「えと、あちこちの骨を折られたの覚えてる? 多分あの時に呪いをかけられてるんだと思うんだけど、それを解くのに手を……繋いでたっていうか、その、ね?」

 「お、おぅ。そうか、ありがと」


 マルカスは、目の前の慌てふためく小さな可愛い生き物に礼を言うと、上体を起こした。

 息を吸う間も許さず、今度はアライブが顔を出した。


 「起きて早々申し訳ないんだが……」

 「本当に申し訳無くて呆れすら通り越したよ」


 マルカスが皮肉ったらしく言うも、アライブは少しも顔色を変えない。本当にこいつは申し訳ないの意味を理解しているのだろうか心配になったが、どうせ聞いても無駄だと思い、飲み込んだ。


 「あの日の事を少し教えてくれないか?」

 「…………あぁ」


 マルカスは、その日玄関を出たところから細かく語った。横でキッチルが必死にメモを取っていたのでゆっくり喋った。みんなの顔は、暗かった。それもそうだろう。

 一通り聞き終えたアライブ達は、また様子を見に来る、と言って部屋を出て行った。本当は、もう少しみんなで居ても良かったのに、と思ったが、アライブ達の顔には焦りがにじみ出ていた。

 マルカスは、身体がまだ重かったのでもう少し横になっていようと、起こした身体を戻そうとした時、部屋の隅に居たらしいレフライオが口を開いた。


 「お前の連れてこようとした男」


 マルカスはハッとして身体を横に倒すのを止め、レフライオを見た。


 「もう死んでたよ」


 レフライオがこちらを向く。そしてもう一度、


 「お前が助けようとした男は、死んだ」


 マルカスは、下を向いた。


 「……またか……俺は……」

 「人を助けられん奴はゴミと同等だ。なにが騎士だ。笑わせる」


 レフライオがじっとこちらを見つめる。


 「……俺は! 能力が使えないんだ……」

 「挙げ句の果てには言い訳……か」


 レフライオは更に続ける。


 「しょうもない男だ」


 マルカスは、怒りを抑えられなくなった。


 「お前に何が分かる! 必死に努力したって、必死に真似したって、必死にもがき続けて、それでもダメだった奴の何が分かる!」

 「何がダメだって?」

 「努力が! 無駄だった……才能が無いから、ゼロにどれだけ数かけてもゼロはゼロなんだよ!」

 「なんで決めつけるの?」

 「もう十数年生きてるんだ。それくらい分かって当然だ……」


 それを聞いて、レフライオは呆れたように、


 「ゴミ以下だ、お前は。今すぐ捨ててもらえ」


 と言い放つと、部屋を出て行った。

 マルカスは、枕を壁に投げつけた。その時、部屋に入ってきた一人の影が見えた。肉付きのいい身体、高い背。ボサボサの髪は焦りと怒りが表れていた。


 「……何の用だ、アライブ」

 「すまない、実はずっと聞いていたんだ」


 そう言うと、アライブは近寄ってきた。


 「レフライオは、言いたい事を伝えるのが下手なんだ……」

 「……だったらなんだ。お前なら俺の気持ちが分かるのか?」


 マルカスはつい強い口調になっている事に気が付き、ごめん、と謝った。


 「自慢じゃ無いんだが、俺は元々、能力なんてなかったんだ」


 そう言うと、アライブは自分の過去を語り出した。



 ーー産まれたのは、トイラン王国に近い所にある町。そこは鉱山で栄えていた。ほとんど王国を支えていたと言っても過言では無いほどの生産量だった。アライブの家は代々、無能力の一家で、周りも無能力が多かった。というか能力を持って生を受けるなど貴族階級でない限り珍しい。そしてその町に産まれると、ほとんどが鉱山の関係者になるため、騎士になる人は少なかった。なので能力が無くてもあまり困っていなかったのだ。アライブの家は決して裕福とは言えなかったが、幸せに暮らしていた。あの戦争が起こるまでは……。

 その戦争が起こった時、アライブは家に居たのだが、家はすぐに火が付き、焼け焦げてしまった。慌てて外に出てみると、そこはまるで火の地獄で、夢ならいいと必死に願い、頬をつねったが、目は覚めなかった。目の前で町の人が虐殺されていく中、アライブは必死に走った。耳の鼓膜を破れるほどの悲鳴は聞いたことがなかった。夢は、この町の鉱山を自分の手で掘る事だった。まだ、死にたくなかった。

 そしてその直後、王国の騎士が派遣された。その時にはもう町は火の海に飲まれ、おそらく森の五賢率いるトイランに占拠されていた。騎士はアライブの姿を見つけるとすぐに馬車に乗せて、王国へ戻った。その時は安心しきって眠ってしまったからよく覚えていないが、数人がざわついているのを良く覚えている。

 そして、王国に着くと、割と大きめな真っ白な部屋に連れていかれた。そこには沢山の子供がいた。みんな涙を流していた。アライブは必死に堪えた。まだ家族は死んでないと信じていた。


 あれからもう11年が経つ。家族は全員死体で見つかった。悔しくて悔しくてたまらなかった。だから人一倍努力して、ついに辺境防衛騎士団団長の座についた。しかしアライブはまだ満足はしていなかったのだ。

 将来の夢は変わらない。今でも鉱山を張っている夢を見る。でもその為には何とかしてあの場所を取り戻すしかない。



 ――全て聞き終えたマルカスは、レフライオが何を言いたかったのか分かった気がした。

 俺に足らないのは、向上心と、覚悟。無能力だからと決めつけていた諦めきった心。

 騎士になった時は、王国を守るものだと思っていた。でも違った。俺たちの役目は、守る事じゃなく、助ける事だった。でも俺は何もできない。助けるだけじゃなく守る事さえも。ましてや覚悟も足りない。無駄に高い自尊心。周りの期待。裏切られる恐怖。本当は逃げ出したかった。

 マルカスの目から一筋の涙が零れ落ちた。

 そんなんじゃ分からないよ、レフライオ。

 アライブは、それじゃ、と部屋を出て行った。少し笑っているようにも見えたが、気のせいだろう。

 マルカスは1人で泣いた。自分の甘さに、悔しさが溢れ出した。



            *



 ――その日は結局レフライオの部屋で過ごした。入れ替わり立ち替わり、俺の相手をしてくれた。そう、みんなの優しさに甘えていた自分が図々しくもまだ居座っていた。これじゃダメだと思い、レフライオの部屋にあった本を読み漁った。

 内容はもちろん「神に選ばれた子」だ。一体何のことなのだろうか。俺はどうなってしまっていたのだろうか。もう一人の子はどうなってしまったのだろうか。


 しかし残念ながら有力な情報は無かった。しかも夢の記憶も徐々に薄れていっている。あの時、何か大切な事を聞いたような……。

 マルカスは必死に思い出そうとしたが、さっぱり出てこない。むしろ余計に分からなくなってしまった。


 「今日はもう寝よう……」


 気がつくともう夜中だった。マルカスはまたベッドに潜り込むと、考え事をする間も無く眠りについてしまった。この日の夢は、なぜか楽しい夢だった。



            *



 ――パキッ……

 マルカスの部屋に割れる音が響く……

 しかし、彼はまた気が付けなかった……

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孤独の辺境騎士団 @onsui0727

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