第6話「王都混乱②」

 アカとライセングが襲われて2日が経った。今のところ森の五賢の手掛かりは掴めていない。そして王国は、王都に国民全員を避難させようと、急ピッチで仮設住宅の建設に力を注いでいた。


 「じゃあ行ってくる」


 マルカスとリベンは朝早くから屋敷を出て、周辺の見回りに向かった。実を言うとこの日もほとんど眠れなかった。不安と焦りもあるが、1番は仕事量が増した事だ。王国は下級騎士を手配すると言っていたが、いつまで経っても来ない。一体何をしているというのか。

 マルカスが腕を組んで唸りながら歩いていると突然、


 「あ! マルカス見てよ」


 リベンは壁の近くを指差した。そこの草木は何かに斬りつけられたような跡が残っていた。そして、


 「おい……あれ……」


 リベンは顔を真っ青にして震えていた。その視線の先には、血まみれの男が倒れていた。男は背中を鋭いもので斬り付けられており、その切り傷はかなり深い。

 リベンとマルカスは慌てて男に駆け寄り、呼吸を確認した。が、


 「まずい! 息をしてない……」


 魔法が使えないマルカスに、と貰った魔石で回復を試みたが、相当な傷だ、一向に治らない。


 「どうにかしないと……」


 マルカスは頭を抱えた。なにせここから屋敷はかなりの距離があった。


 「っけど悩んでる暇はねぇ」

 「マルカス! ここから屋敷は」

 「早くしないと死んでしまう!」


 マルカスはリベンの言葉を遮り、走り出した!



            *



 ――はぁはぁ。

 マルカスは息を切らしながら屋敷まであと少しの所まで来ていた。背中の男は相変わらず息をしない。無我夢中で走ったせいでリベンとはぐれてしまったが、今は構っている余裕は無い。

 マルカスは再び前を向くと走り出そうとした。

 が、マルカスは突然地面が歪んだような感覚に陥り、横に倒れてしまった。マルカスは必死に立ち上がろうとするが、パニックになっていてなかなか立ち上がれない。そうこうしているうちに、見覚えのある影が追いついてきた。


 「リベン……! お願いだ、この人を屋敷に」


 リベンは言い切る前に男の首を切り落とした。指を動かした一瞬だった。


 「え……?」


 マルカスは全く状況が飲み込めなかった。なぜリベンは男を殺した? なぜ彼はトイラン王国の紋章が入ったマントを着けている。なぜ彼は……。身体がブルブルと震えだした。


 「まさか……お前……」

 「ようやく気が付いたようだねぇ」


 そう言うとリベンはマルカスに近づいてきた。マルカスの身体から冷や汗が垂れた。立ち上がろうにも腰が抜けて力が入らない。そもそも今の体力では逃げる事も容易ではない。


 「言わなくても、頭の良い君なら理解できるよね? 俺は、リベンじゃない」


 彼は背中を向けるとマントを指差し、こう言った。


 「俺の名前はアスド。森の五賢の1人だ」


 そう言う顔は、侮辱の色で染まっていた。




            *



 ――この日の夕方


 「アライブ、マルカスとリベンが見回りに行ったきり帰ってこないんだけど……」

 「……あの二人なら大丈夫だろ」


 彼女はそうかなぁと納得いかない様子で、どこかへ行ってしまった。でも、エルの言う通り、面倒くさがり屋のリベンが早く帰ってこない事には、アライブも気になっていた。


 アライブは自分の仕事を早めに切り上げて、二人を探しに行くことにした。実は彼は亜人種と人間のハーフで、人一倍鼻が利く。そのため彼は、すぐに血の匂いを感じた。血の匂いは思っているほど遠くはなく、近くの森から臭った。

 アライブは匂いを頼りに走り回り、それを目にした。彼は普段の冷静さを失いかけていた。

 そこに倒れていたのは、首を切り落とされた男と思われる死体と、両肩と左足が折れたマルカスだった。マルカスは絶え絶えに息をしており、今にも死んでしまいそうだった。そしてそこにリベンの姿は無かった……

 アライブは、仲間に位置を知らせるクウォーテを使い、エル達を呼んだ。おそらく数分はかかるだろう。

 そう思い、マルカスに回復魔法をかけようとした瞬間、彼の左腕は地面に転がった。


 「……!」


 アライブは能力を覚醒させ、左腕を再生させる。ハーフの彼には肉体再生の能力も備わっている。その時、聞き慣れた声が聞こえた。


 「うーん……流石アライブ、いや、辺境防衛騎士団団長」


 そう言い、手を叩き、ニヤリと笑い近寄ってきたのはリベンだった。


 「いやぁ彼の死体を置いておいて正解だったよ」

 「……まだ死んでねぇ」

 「でももうじき死んじゃうよね、その雑魚」


 リベンは、わざとアライブを挑発するような言葉を選び、強調して言う。リベンは、アライブが冷静さを失うと、戦えなくなる事を知っていたのだ。


 「ちゃんと餌になれた。君の働きは十分だ」


 とマルカスに言うと、次にこちらを見て、笑った。


 「大物が釣れたよねぇ……僕は嬉しいよ」

 「……お前は……俺が殺す!」


 そしてアライブは不意打ちにでた。

 腕を前に出し、人差し指に力を込める。

 アライブが呪文を唱えると、リベンを火が襲った。

 彼は火だるまになりながら、


 「君と戦えるなんて光栄だよ」


 と言い残し、消えていった……。彼はその時、ニヤリと笑っていた。




 アライブは我を取り戻し、マルカスの側に駆け寄った。後ろからエルの声が聞こえる。もう大丈夫だ、そうマルカスに、そして自分にも言い聞かせた。

 息を切らせて走ってきたエルは、声にならない悲鳴をあげた。


 「アライブ! 一体何が……?」

 「エル、話は後だ。早くレフライオの所に連れて行ってくれ。それとこの死んでしまった男の身元も調べる。急ぐぞ」

 「う、うん!」


 何が何やら分からない状況だが、エルは指示に従う。

 彼らは急いで屋敷に連れ戻した。マルカスの傷は、思ったほどひどく無かったらしく、治療はあっという間に終わったが、呪いがかけられており、目を覚まさせるには呪いを解かなければならなかった。生憎、この屋敷に呪いが得意な奴は居なかった。周りの部隊にも連絡を入れたが、各地域で似たような事件が起きており、むしろ人手不足だ、と断られてしまった。





 ――その日の夜、アライブは屋敷の人を全員集め、事実を語った。


 「俺が見たのは、トイラン王国の紋章が入ったマントを羽織ったリベンだ。目は片方が赤、片方が青。森の五賢の特徴をしっかり捉えている。おそらく、王国幹部暗殺も彼の犯行だと俺は確信した。まさかこの仲間から裏切り者が出てくるとは……思わなかった」


 アライブは目を抑え、上を向いた。悲しみの涙ではない。怒りと悔しさの涙だ。他のメンバーも俯いたままだった。

 七年も共に行動しながら、何も気付かなかった。そして、大切な仲間を傷つけられた。俺は、団長失格なんじゃないかとさえ思った。


 ――アライブは一昨日のライセングの言葉を思い出していた。

 ーー俺は俺を許さない。

 今なら彼の気持ちが、少し分かる気がした。

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