第5話「王都混乱①」

 ――それは突然やってきた。


 「大変ダヨ! 大変ダヨ!」


 朝早く、大慌てでやってきたのはいつも新聞を配達する喋る鳥のハンだった。

 屋敷の起きている人達は一斉に玄関に集まる。皆、何かを察したのか、嫌なほど空気が緊張していた。


 「さっき王国から連絡が来たヨ。王国の幹部八人の内三人が何者かによって暗殺。残り五人は意識不明の重体!」


 前々から警戒していたが、最も恐れていた事が起きた。一気に玄関は静まる。最初に口を開いたのはアライブだった。


 「……まさか、あの聖輝の八賢が三人も……?」

 「そうだヨ。今のところ王国は森の五賢の犯行だと踏んでいるヨ。」

 「森の五賢……」


 森の五賢といえば、十一年前の戦争でトイラン王国を率いた最恐の戦士と呼ばれている五人の騎士だ。まさか、トイランが動き出したというのか……?


 「俺は今すぐ王都に行って事実確認をして、警戒態勢を張る。皆は周辺地域に警告を出して避難を呼びかけてくれ!」


 アライブは早口で指示を出すと、まともに支度も用意もせず、大急ぎで空を飛んで行った。


 「俺たちもやれる事をやろう……」


 リベンはそう言うと書類の作成を始めた。エルも他の騎士団に召集をかけているようだ。

 全員が複雑な表情のまま、作業をしていた。

 しかし、この時誰もアカが居なくなっていることに気がつくことはなかった。




            *




 「……とりあえず各部隊のリーダーはいるな」


 アライブはその日の昼には帰ってきた。どうやら事件は本当のようだった。

 講堂に各部隊のリーダーが集まった。これから作戦会議が始まる。王国からの指示は壁の厳重警戒と周辺地域の防衛、近衛騎士団の後方支援だ。


 「今後は行動範囲が広くなる。よって王国から下級騎士が送られるそうだ。くれぐれも気を付けておけ。それと、これ以降見回りは24時間体制で行う。これから数ヶ月は寝られないものだと思え。いいな?」


 アライブは講堂の真ん中で早口に説明すると、とぐずぐずしている人達に早く帰れ、と怒鳴った。

 普段見慣れない光景にマルカスは立ち尽くすしか無かった。見ているだけしか才能が無い自分には、何も出来ないからだ。


 「マルカス……?」


 突然のエルの声で我に返った。相当顔色が悪かったらしく、彼女は手に薬を持っていた。


 「大丈夫? 実はさっきからアカが見当たらないんだけど……マルカス何か知らない?」


 そういえば……こんなに騒がしいのに全く姿を見せない。どこへ行ったのか。


 「すまない……俺にはわからない……ごめん」

 「いやっ、いいよいいよ。ちょっと気になっただけだから」


 エルはにこりと笑って薬を手渡し、去っていった。

 一人残されたマルカスの心には、嫌な予感がしていた。



           *



 ――その日の夜。

 夜にもかかわらず激しく扉を叩く者がいた。

 一番近くのエルが玄関に行くなり悲鳴をあげた。そこにいたのは、血まみれのアカを抱いたライセングだった。

 アカの顔は真っ青で辛うじて息をしていたが、いつ死んでもおかしくない状態だった。マルカスの嫌な予感は、当たったのだ。


 「アカ! しっかりして!」


 エルは今にも泣きそうな顔でレフライオの元に連れて行った。レフライオは屋敷唯一の医者で、腕は王国一とも言われている。

 エルの悲鳴を聞きつけてやってきたアライブは、玄関に倒れ込むライセングを見て息を飲んだ。彼は、右肩から左脇腹にかけて大きな剣で斬られたような傷が付いていた。


 「……アカは……アカは死なねぇよな……?」


 ライセングは振り絞った声で聞いてきた。


 「喋るな、傷口が広がってしまう。アカなら死なない。大丈夫だ」


 そうか、と言うと、ライセングは自ら立ち上がりレフライオの元に行くといい出し歩き出した。が、床にはボトボトと血が落ちる。


 「無理をするな! とにかく今は座れ! 応急処置程度だが回復魔法をかける」


 そう言うとアライブは回復の呪文を唱えたが、傷口はかなり深く血を止めるので精一杯だった。

 しかしそのあとすぐにライセングは気を失い、アライブによってレフライオの元へ連れていかれた。

 アライブはレフライオの部屋に入るなり、早く治療してくれと懇願した。が、


 「その辺に置いてろ。暇ならやる」


 レフライオは、手元で透明な容器を揺らしながらそう呟いた。

 流石のアライブも、頭の中で何かが音を立てて切れた。


 「人を、物みたいに扱うんじゃねぇ! 傷を早くなおさねぇと」

 「なおさねぇと?」


 レフライオは手を止めアライブを見た。


 「なおさないと死ぬとでも思ってんのか」

 「当たり前だ! 傷を放っておけばいずれ死ぬ!」


 しかし、レフライオは解せぬと言いたげな表情を浮かべた。アライブには全く分からなかった。後から部屋に来たエルとマルカスも驚いた表情をしていた。


 「なんで分かんねぇんだよ……!」

 「逆にお前みたいな、かじっただけの回復魔法しか使えない奴に何が分かる?」


 レフライオの声には、嘲る色が伺えた。

 アライブは、ライセングをソファにそっと寝かせると、何も言わずに出て行った。言い合っても無駄だと感じていた。


 廊下を歩く足音と、今まで興奮していた心の音が聞こえた。どちらも嫌なほど大きく聞こえた。

 廊下を歩いていると、治療が終わったのであろうアカの部屋の前に着いた。が、開けることはしなかった。今の自分では、八つ当たりしてしまいそうだったからだ。

 そしてアカの部屋からは、アオの泣き声が延々と響いていた……。




            *




 ――次の日の朝

 アライブがライセングの部屋に入ると、彼はベッドから起き上がっていた。部屋はカーテンが閉められていて、真っ暗だった。


 「起き上がっても大丈夫なのか? 無理はするんじゃ」

 「大丈夫だ」


 ライセングはアライブの言葉を遮るように強く答えた。


 「いや、だけど……」

 「団長が弱気になってどうするんだ」


 アライブは、すまない、と一言謝り本来の目的の本題に入った。


 「聞きたいことがある。帰ってきたのは昨日の夜だが、出て行ったのはいつだ?」

 「一昨日の夜中だ。アカが俺の部屋に入ってきて、外に変なおじさんが居たよ、って言って飛び出て行ったから俺も慌ててついて行ったんだよ」

 「昼も活動してたのか」

 「いや、近くの洞窟で休んでた」


 アライブは逐一メモしていく。


 「それで、どこで襲われたんだ?」

 「……」

 ライセングは手を組み、うーんと唸って必死に思い出している様子だったが、覚えていない、と答えた。


 「団長……役に立てずにすまない……」

 「何言ってんだよ。しっかりとアカを連れて帰ったじゃないか。それに、今生きている。それだけで十分だ」


 アライブは励ましたがライセングは首を横に振った。


 「俺はアカを傷つけてしまった。守りきれなかった。リーダー失格だ……」

 「……そんなことは」

 「駄目だ!お前が許しても、俺は許さない。それが、俺の流儀だ。分かってくれ」


 ライセングは、顔を下に向け、黙った。そして、少し一人になりたいと言い、アライブを部屋から追い出した。

 追い出されたアライブは仕方なく情報収集のために、二人が襲われたと予想される地域の村へ聞き込みへ行った。



            *



 一方アカは、身体の損傷が激しく、レフライオ特製の身体再生カプセルに入ったままだ。実際には、アオが何度もレフライオに頼んで、入れてもらった。昨日一晩中泣き叫んでいたアオは、心配で眠れなかったのか、目を擦りながら、カプセルの前に座っていた。

 が、アオの目は、怒りを抑えきれず、赤く光っていた……。

 それに気が付いたレフライオは、なんとか慰めようとしたが、アオは全くその表情を崩さなかった。


 「おねーちゃんは大丈夫だよね」


 アオが聞く。


 「当たり前だ。俺を誰だと思ってるんだ? 傷が治らなかったことなんてなかっただろう?」


 レフライオがそう答えると、アオはうんうん、と言いながら泣き始めてしまった。レフライオは慌てたが、しかしすぐに安心したのか、いつの間にか寝てしまっていた。



            *



 その日は何事も無く終わろうとしていた。

 アカは夕方になってようやくカプセルから出てこられた。アオは喜ぶと思っていたが、なぜか無言だった。様々な感情が入り乱れて、どうしていいのか分からないのだろう。

 アライブは目を覚ましたアカに、ライセングと同じように事情を聞くと、どうやら襲ってきたのは森の五賢の一人で間違いなさそうだった。マントにはトイラン王国の紋章、つまり菱形に花の絵が描かれた紋章が入っていた、という証言が決定付けた。

 そしてアライブは一日中飛び回ったお陰でようやく二人が襲われた場所が特定できた。そこには何か鋭い者で切りつけられた跡が残っていた。周りの草木もところどころ倒れていた。おそらく2人が戦闘に巻き込まれた証拠だろう。


 こうして長い不眠の二日が終わった。とはいえ、手掛かりを掴んだだけで、事件は全く進展したわけではない。

 近衛騎士団も同じく、全く事件の全容は分かっていなかった。


 国民の不安は募る。

 そして、事件は急展開を迎える……。

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