第4話「屋敷の日常③」
……ジジジジジジ……
朝早くからマルカスの部屋に時計の音が鳴り響く。普段早起きしないマルカスを心配してアライブが貸してくれたものだ。
「……ふぅ」
マルカスは上体を起こして周りを見渡した。まだ日が昇っていない。こんな時間に何をすると言うのか。マルカスは部屋着に着替え、アライブの部屋に向かった。
「アライブ、俺だ。時間通りに来たぞ」
「……」
部屋からは何も聞こえない。もしかしてまだ寝ているのか、と扉を開けようとした瞬間、後ろから声をかけられた。
「遅いよマルカス〜」
びっくりしたマルカスは身を仰け反り固まってしまった。それをアライブはどういう受け取り方をしたのか、
「恥ずかしいからジロジロ見るな」
と、顔を赤くしていた。確かに普段見ない割烹着姿をしている。
そして、アライブはマルカスに服を渡すと早足に台所へ連れて行った。
「なぁ、何するんだ」
マルカスの質問には一切触れず、アライブは一人盛り上がっている。
「さぁ! 防具をつけろ。武器を持て。一瞬たりと
も気を抜くな!」
アライブはとても楽しそうにオタマや包丁を振り回している。今日の当番はアライブ一人だったのだが、一人じゃ寂しかったらしくマルカスを呼んだようだ。
「俺、料理とか苦手なんだけど……」
「大丈夫! 俺に任せろ」
胸をドンと叩いて自信のありそうな顔をしてきた。本当に大丈夫だろうか、と心配したマルカスだったが、もう信用する他ない。
では早速、とアライブは魚を3枚におろし始めた。その包丁捌きは決して上手いとは言えなかったが、心配は無さそうだ。
一方のマルカスは、汁物を作り始めた。今日はコーンスープの予定らしい。作り方はアライブが適当に教えてくれたので、なんとなくやってみることにした。
すると、廊下から賑やかな声が聞こえた。
「お! 今日は珍しいペアだな」
1番に食堂に入ってきたのは夜勤のライセング。亜人種のチームをまとめるリーダー的存在だ。と言うか本当に人と獣の間のような姿だ。大きな尖った耳に全身毛に覆われている。身体は大きく、まさに獣人。
「あれれ? 今日は珍しいー」
次に入ってきたのは双子の狐人の姉、アカだ。背は低く、まだ子供のようだが、力はとても強く、力を抑えるクウォーテを付けておかないと暴れ回るという。実際見た事はないが……。
「おねーちゃん待ってよ〜……」
目を擦りながらトテトテと入ってきたのは弟のアオ。こちらも背は低く、まだ子供のようだ。姉ほどの力は無いが、新月の夜にだけ能力が覚醒する。マルカスからしてみれば、羨ましいの一言に尽きる。
そんな夜勤組を流しつつ、自分の作業に戻った。早くしないと日が昇るからだ。
そんなこんなでとりあえず朝ご飯、彼らにしてみれば夜ご飯が出来上がった。しかしあと一人は食べに来なかった。お腹は減らないのかと心配したが、本人が来ないのであればわざわざ持っていく必要も無いだろうと思い、食器を片付けた。ライセングやアカ、アオは美味しいと言ってくれた。料理を作るのも悪く無いかもしれない。
*
――朝から疲れた。
ベッドに横になり、呟いた。
時間もあるのでお気に入りのクウォーテを磨こうと思い、机の引き出しを開けて、クウォーテが入っている箱を取り出した。そしてようやく彼は気が付いた。
「……クウォーテが、割れてる……」
マルカスはじっくりクウォーテを見たが、どう見ても本当に割れている。
マルカスは震える手を抑えて、アライブの部屋へ走った。
部屋に着くとノックもせず扉を開けた。アライブは一瞬びっくりした顔を見せたが、手に持ったクウォーテとマルカスの表情から、何があったのか一瞬で気が付いたようだ。
「……なるほど。何が起こるか分からないけどとりあえず悪い事が起こるのか?」
「そういう事だ。今すぐメンバーに伝えた方がいいんじゃないか?」
「確かにそうだが……ライセング達は起きてないんじゃないか?」
その通りだ。彼らにとって昼は俺たちの真夜中と同じようなものだ。
とはいえ、何が起こるのか分からないから備えようもない。ただ願うのは、ほんの些細な事で済んでくれ、という事だけだ。
しかし、無情にもクウォーテの色は、最上級を示す真っ黒に染まっていて、蜘蛛が糸を張り巡らせたかのように、ひび割れていた。その姿が更に心配する心を膨れ上がらせた。
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