第3話「屋敷の日常②」

 ――ポロロンポロロン


 美しいハープの音で目が覚めた。弾いていたのはキッチルだった。


 「あっ……目が覚めちゃったかぁ」


 キッチルはかなり残念そうな顔をしてこっちを見た。


 「なんでハープなんか弾いているんだ?」

 「これは最近オークションに出品された、妖精が取り憑いている道具です。どうやら聴いた人はいい夢が見られるとか……」

 「なるほど……クウォーテってやつか?」

 「一般にはそう呼ばれていますね」


 彼女は失礼しました、と言うと足早に部屋を出ていった。マルカスは目覚めが良いような悪いような分からないまま、ベッドから這い出てきて、服を着替えて食堂へ向かった。


 食堂の前には、今日のメニュー、と書かれた板を真剣に見つめるエルがいた。どうやら今日は苦手な野菜が出てくるようだ。そんなエルを置いてマルカスは席に着いた。いつものようにすぐに朝食が出てくる。待たなくて良いが、焦らされているような感覚になる。が、食堂は住む人の量に見合わないぐらいに広いため焦る必要は無いのだ。とは言っても、広い食堂に1人でいると居心地が悪かったので水で流し込んだ。


 食べ終わり、食器を片付けて食堂を後にし、部屋に戻ろうとした時、人影に気が付いた。


 「……エル、諦めなよ」


 彼女はこちらに気付くと、


 「でも残しちゃダメなんだよ!」


 と、言い返してきた。これは相当悩んでいる様子だ。


 「好き嫌いがあって悪かったねっ!」


 と言うと、ぷいっとそっぽを向いた。しかしエルは思い出したかのようにまた振り返った。


 「そういえば、今日はお客さんが来るから静かにしててね」


 誰が来るの、と言おうとしたが、エルは心を決めたような顔をして食堂に入って行ってしまった。しかも遠回しにうるさいと言われたような気がした。うん、きっとそうだ。


 部屋に戻るとお気に入りのクウォーテを磨いた。これは亡き父から譲り受けたものだ。良いことが起こる前にはわずかに光る。逆に、悪いことが起こる前にはヒビが入る。しかしキッチル曰く、誰の未来を予知するか分からないからあまり当てにならない、だそうだ。だが、マルカスは捨てなかった。なぜならそれは、亡き父と繋がる唯一の物だからだ。

 昔の出来事を思い出していると窓の外に三人の人が見えた。エルの言っていた客人だろうか。

 ……出迎えているのはアライブか。珍しく高貴な客人が来たもんだ、と上から眺めていた。しばらくして客人の1人が気付いたようでこちらに挨拶をしてきた。手を前に出してお辞儀をするのは王国直属の近衛騎士団の特徴だ。そして真ん中に居るのは王族だろうか。それでアライブが……と、マルカスは納得した。


 ここで秘密話をしよう。

 実を言うと、この屋敷は王国から借りているものである。つまり、ここは王国軍の軍事基地と言うわけだ。そして俺は今この屋敷に住んでいる。そう、何を隠そうここは王国軍の辺境防衛騎士団の本部なのだ。辺境、と書かれるぐらい国の端にあり、主な仕事は外壁の点検、パトロールだ。外壁は10年前に建てられたものであり、雨や風が原因で崩れる場所もあった。そこを直すのも一応任務である。

 そして、この騎士団にはある条件がある。それは、孤児であること、だ。つまり、エルやリベンも親が居ない。もちろん俺もだ。しかも名前が分からない者が多かったため、名前は王国が命名した。ということは、エルもリベンも皆本来の名前を知らない。幸い、俺は覚えていた。変えられてしまったのだが。

 なぜ王国軍がこんな騎士団を結成したかと言うと、11年前に起こったある戦争が原因である。その戦争が起こった時、沢山の孤児が発生した。管理に困った王国は特に優れた人材をグループ化し、騎士団を結成、そして辺境に置いた、という流れである。この辺境防衛騎士団は全部で20個ほどあり、国を囲む外壁に沿うように設置されている。うちのメンバーは他に6人いるが、昼間は顔を出さない。どうやら日差しが苦手らしい。しかも一人は失踪中で、一人は王都から帰ってこない。


 そしてアライブは、この騎士団の団長であり、王国随一の炎の使い手。俺は何度も助けられている。非常に頼もしい存在だった。

 そして、そんな彼が直々に出迎えるのは珍しく、客人の地位の高さが一目で分かる程だ。


 その日、客人はすぐに帰っていった。どんな内容の話をしたのかとても気になったが、聞きにくかったので諦めた。明日、エルにでも教えてもらおうかと思っていた。


 夜になると、昼間に部屋に居た人達の出番だ。あまり会ったことはないが、彼等は亜人種で、暗闇の中でもとても鮮明に景色が見えるらしい。

 マルカスは他の4人と共に6人を見送った後、部屋に戻り直ぐにベッドに潜り込んだ。なぜなら明日は朝が早い、そうアライブに言われたからだ。何があるのかはその時分かるらしい。そう言われると逆に気になって仕方が無くなるのは分かっているだろうに。

 そうしてマルカスは電気を消して、眠りについた。




 ――パキッ。


 その夜、マルカスお気に入りのクウォーテが割れる事に気が付かなかった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る