第2話「屋敷の日常①」
「……カス……マルカス……」
呼ばれてようやく目が覚めた。いつもと変わらぬ匂い、色、景色。
「マルカス、髪がボサボサだけど……大丈夫?」
そう言って俺の顔を覗き込んでくる短い赤髪の少女。
「あぁ……問題ない。少し悪い夢を見ただけだ」
「そう、ならよかった」
「あぁ、心配しすぎだ」
そう言うと彼女は膨れて、人の心配を弄ぶな、と言い残して去っていった。
マルカスは暫く彼女の開けていった扉を見つめ、深いため息をついた。彼女には何も言わない方がいいだろう。最愛の故郷が敗戦したなんて聞いたらショックでどうなるか分からないからだ。しかし、そのうち話が流れてくる。変えられない現実が、酷く冷たく感じた。
マルカスはベッドから這うように降り、自分の服に着替えた。もう何度も繰り返した同じ動作、正直飽きた。マルカスは靴を履くと、このとてつもなく広い屋敷の広い廊下の真ん中をノロノロと歩き、食堂へと向かった。
「お、マルカス! 珍しく早起きだな」
そう話しかけてきたのは、リベンという背の低い少年だ。
確かにこの日の上り始めた時間帯に起きているのは珍しいかもしれない、と心の中で思いつつ、
「今日はエルに起こされたんだ」
と、目も見ずに適当に返しておいた。
マルカスが席に着くなり、早速朝ご飯が運ばれてきた。今日は魚の塩焼きらしい。しかも今日の料理担当がキッチルだから間違いなく美味しい。これがリベンだったら多分焦がしてただろうな、と苦笑し食べ始めた矢先、目の前を細い棒が横切る。
「今、僕だったら焦がしてた、なんて思ってたでしょ。僕にはバレバレなんだからね」
「これだから読心術は嫌いなんだよね。それと、食事中に箸を投げるのはマナーがなってないね」
「よくそんな口がきけたもんだ」
マルカスは睨みつけてくるリベンを無視して目の前の食べ物を口に運んだ。他のメンバーからしてみれば普通の日々となんら変わりのない二人である。
食べ終わり、食器を片付けるとすぐに稽古をするため、木刀を持って中庭に裸足で出た。マルカスは人一倍魔法が使えなかった。この世界で魔法が使えないのは家畜と一緒、らしい。最近ではその風潮が強く増している。
小鳥の鳴く声を聞きながら、木刀を振り回していると、
「成果はどう?」
と、エルがジョウロを片手に聞いてきた。
「まだまだだよ…もっと才能があれば苦労せずに済んだのになぁ」
マルカスが笑いながらそうエルに呟いた瞬間、突然周りが暗くなった。身体が動かない。目の前のエルも止まっている。すると背中の方から声が聞こえた。
「…欲の深い男は嫌いね」
誰だ。声が出ない。くそっ。
いや、しかしどこかで聞いたことのある……
徐々に体が闇に包まれていく……
そして、ゆっくりとマルカスは気を失っていた……
*
気が付くとベッドで横になっていた。窓の外は日が完全に上り、部屋全体を照らしていた。
心配そうにエルが顔を覗き込む。
「一体なにが……」
マルカスは身体を起こしたが、目眩が酷く、もう一度ベッドに倒れてしまった。
「覚えてないの……? 私とお話ししてる途中で急に汗びっしょりになって……それで……」
エルは事細かに教えてくれたが、全く記憶になかった。覚えているのは女の声が聞こえたところまで。どこかで聞いた事があるような声だったのだが、その人物が思い出せない。
「でも無事で良かった……最近頑張り過ぎて疲れてるのかもよ……?」
「……そうだな」
「もう少し休んでた方がいいよ。君の分の仕事は私がやっとくから。その代わり、この貸しは高くつくからね!」
舌を少し出して笑うのは彼女の昔からの癖だ。でもその笑顔が昔から好きだった。俺はありがとうと感謝を伝えた。
そして、悲劇は起こる。なんの前触れもなく……。
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