機械仕掛けのお隣さん

@reki1007

1.最悪のお隣さん


俺は4月になって、新しい出会いに期待することなく気だるい日常を過ごしていた

4月の生ぬるい風は時に心を穏やかにしてくれるが、同時に陰鬱な気持ち気もさせるのだ


「ピンポーン」とやかましい音が家で鳴り響いた

恐らく宅配便かなんかだろうか

寄りかかるようにドアを開け、そいつが誰かを確認した

「隣に引っ越した夏木です!よろしくね!我川くん!」

俺はその初対面にも関わらずニーズな態度の少女に困惑した

年はそんなに離れていないだろうが、ここまで態度がなっていないものだろうか

さっきまで寝ていたのにこんな奴の為に動いていたと思うと、少し腹立たしい

「ああ…お隣さんですか…」

「えー、酷くない?」

「はぁ…」

「家、上がらせて!誰もいなそうだし」

確かに家には誰もいないが

こいつを家に入れてもいいものだろうか

にしても俺は疲労困憊している上に、寝起きで思考力が鈍っていたため

「…どうぞ」

と言ってしまった

でもこう言わなくても強引に入ってきただろうが


彼女は超雑に靴を脱ぎ捨てると、ずかずかと家に入っていった

俺は馬鹿だ…

「これって使っていい?」

彼女が細い右手で握っていたのは、俺がとりあえずで買った包丁だ

こんなサイコ野郎に握られるぐらいならこれを使って切腹したほうがマシか

何をしでかすかわからない

だって初対面のお隣さんの家に侵入してくるやつだぞ

俺にも責任があるが

「私も手ぶらじゃないから、ほら、リンゴ」

「えぇ…」

リンゴって言われてもさぁ

だが俺の胃袋は、炭素を求めて悲鳴を上げていた

みずみずしく、煌々と照り輝く紅に染まった皮、蔕の方は若干白くなっていて、そのコントラストが空腹の俺にとっては眩しい

そんな風に思っていると、勝手に机の上でリンゴを切りはじめた

「(直にだとっ!)」

その手際いい捌きは達人の域だ

こいつに襲いかかろうものなら喉をかっ切られて、その上で内臓をきれいに切り取られて整理されるだろう


あっというまにキレイに切り分けられて、卓上に並んだ

しかもここだけは女子らしく、うさぎの飾り切りだ

「ほら、出来たよ?」

「…食べろと?」

「それ以外あるの!?」

「…」

黙々と林檎を貪って、腹を満たすための欲望に身を案じた

「…美味しい?青森のやつ」

「ああ」

「ああ、って何!?硬いなぁ」

「…」

「機嫌悪いよね」

「…っ…」

俺の心臓の鼓動がデカくなった

それは恋のドキドキでもなく、美少女を目の前にしての緊張でもない

それは

「俺寝起きなんだぞ!寝起きなの察せよ!KY!自己中!野良外人!っ…はぁ…はぁ…」

俺は肺に残留していた息をつかい果たして、怒りの言葉をぶちまけた

「…うっ…は…」

彼女は啜り泣き、俺は気まずくなって、どこかに逃げ出したくなった

こいつは自分勝手な幼稚園生か

「私…私…」

「えっ…えっえっ?(これってどうするんだよヤバイヤバイこれチクられたらどうなるんだよやべぇやべぇよマジで…)」

「私…」

彼女は何かを言おうと、口を開いた

気まずすぎる

冷や汗で額と手の裏がびっしょりだ


「こんな私に…気遣ってくれて…もう私は…」

「へっ?」

逆に何言ってんだこいつ

というか“もう私は”の続きがめちゃめちゃ気になる

「ま…まぁとりあえず落ち着くか」

もう何がなんやらで、勝手に眠気はさめていた

彼女の気を落ち着かせるために、わざわざ椅子を立って、コップに水道水を注いで机の上に置いた

この時期になると、水道水は骨の髄まで凍みるほど冷たい

「ほら、飲みなよ」

「…ああ…あ…」

「…なぁ」

「あああああああぁ!ありがとうぅぅぅ!」

「んがっ!」

そういって飛びかかられて、完全にのしかかられた

胸がっ

「ピンポーン」とまた鳴った

ヤバイ、宅配便じゃなかったらこのまま見られて俺はゲームオーバーだ

こんなのがいいわけない

「おい!我川!漆黒の先刻の遊戯の事だが…」

そう言ってあいつがドアを開けた

ここはドアからガン見される位置


「万事休すか…」

「はえっ?」

俺はもう諦め、何故か彼女の顔を俺の顔に寄せて

口に柔らかい感触が伝わった

「……右手が疼く…」

そう言ってドアをそっと閉じた、閉じてくれた

その親切に俺は泣きそうになってしまった

「んはぁ…」

「…」

「…」

静寂が漂った

もうダメだ、おしまいだ

ああ、お母さん、先立つ不幸をお許しくださ…

「んっ!?」

「ふーっ…」

彼女は俺の顔をぐいっと引き寄せ、またそれをした

彼女の舌が執拗に絡んでくる

口がふやけそうだ

息が…できない

薄れゆく意識の中に感じたのは、人の暖かみだ

これって、気絶か

ああ、このままなにされるんだろ

こいつ…の…こと…だ…か…


これって、夢の空間か

天国かもしれないな、それか地獄

「勢いでなにしてんだ俺…今日もチーデス回すはずだったのにな」

真っ白で雑音1つないその空間は、なんとも言えない孤独感を産み出した

なにもかもあいつのせい

俺も少し悪いがあいつがこなきゃこんなこと…

でも俺の彼女への第一印象は、優しさだった

多分、彼女がいれば楽しいのかな


「はぁっ!」

起きると、寝室のベッドの上、横からか細いいびきが聞こえる

「くかーっ…」

夢だったか

「って!なんで一緒に寝てるんだよ!」

「んぁ?起きた?」

「起きた?じゃないから!よくも気絶させたな!」

「ごめん…でも…私…嬉しかった、だって…私のこと…初めて大事に思ってくれた人だから」

「…親は居るよな?」

親をカウントし忘れてるのか、親がクズなのか、親が居ないのか

「だって私」

何かを言いながら、髪を退けて額を見せてきた

その額は、明らかに人間の物ではない

機械的ななにか


「ロボット、なんだ」


って、じゃあお隣さんってのも嘘か

でも本当なわけないだろ

額のコア的な何かは鈍く水色に光っていた

もう嫌だ

なんだこいつ迷惑すぎる

「…」

「…私何言ってるんだろ、あはっ」

愛想笑いを俺に見せてくれた、どこか寂しげな、悲しげな

「とりあえず母さんに…」

俺の脳内には、母さんに頼るという考えしかなかった

[なんか家に知らない女の子きちゃったんだけど]

そう送った

[そう、ついにあんたにも女の子が…]

[そういうわけじゃねぇから、とりあえず母さんが帰ってくるまで待っててもらっていいか?]

[でも、夜までそういうのは我慢]

[しねぇから!]

送ってくる内容は学生と大差ないのが腹立つ

しかも音速で返してくるし

仕事って言ってたけど暇か

「私…どうすればいいんだろう…偶然あったこれの通りにしてたけど…バレちゃった」

バレちゃったんじゃなくて、バラしたんだろ

しかも“これ”ってのは“民間人へのコンタクトの台本”とかかれた白い冊子だった

「…そんなのまで用意してまでロボットを演じたいのか」

「信じなくてもいいよ、うん、信じないで」

そう否定するように彼女は告げた

そんな風に言われたら信じるしかないだろ

「まぁ、なんだ、ゲームやるか」

「え?ゲームって何?」

ケロッとシリアスな態度から、さっきの呑気な態度に変えて


俺は彼女を自室に連れて、ベッドに座らせた

「これって人間が×××を×××して×××…」

「お前はベッドにどんな印象を抱いてるんだ!」

呆れつつ

「これ」

俺はパソコンの前に若干前屈みになりつつ座った

「それは何?」

「見ての通り、ゲーミングPC」

「へぇ、まずPCってなに?」

「…マジ?」

「マジ」

こいつ、本当にロボットじゃないのか、しかもかなり新品ピカピカで、物を知らなすぎる

「…とりあえず」

俺はパソコンの電源をつけて、立ち上がるまでマウスパッドとマウスをきちんと直し、準備運動かのように手首を動かした

「ここだけはキレイなんだね」

「…うるさいな」

確かにPC周りだけは整っている

早くPCが立ち上がり、慣れた手つきでデスクトップを開いた

「あっ!」

俺のデスクトップはランダムで画像フォルダ中の画像を壁紙にするように設定してあるのだが

「…」

「あの!これはだな!」

以前にアレをしたときにミスって別の画像フォルダに入れた画像が写った

それはなんというか、人様には見せられない刺激的な画像だったのだ

やばいやばいやばいやばいやばい


白い髪の女の子が、ベッドに服がはだけた状態で寝転がって、猫のようなポーズをとっているという画像

かなり社会的地位が危ぶまれることになる

あああ、もう終わりだ、こんどこそ…

「ん?どうしたの?」

「あっ…ああ!大丈夫!早く開かなきゃ!」

上手く誤魔化せたっていうか、彼女が何も思ってなさそうだったからよかった

デスクトップにポインタを這わせ、“Grand Ground”という名前のアプリをダブルクリック、起動した

通称GaG ガァグ

俺の3年分の、歴史が入ったファイルの断片を、一斉に起動させる魔法のスイッチ

「これがゲーム?」

「ああ、そう」

俺の瞳には不健康なブルーライトな直撃した

でももうそんな事最初から気に留めてない

マッチングを始め、終わるまで背もたれに思い切り寄りかかった

「ふわぁぁぁっ」

「眠そうだね」

「お前のせいだ」

「あはっ!」

そう爽やかで、可愛らしい笑いを浮かべた、浮かべてくれたって言った方が正しいだろうか

そんな感じがした


こうして、俺の最悪で災厄の日常が始まってしまった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る