今宵のお隣さん
「はぁ…あのままテンション上がって3時間もやっちまった…しかも…」
「あいつめっちゃ上手ぇ…」
現在時刻6時37分
そろそろ母さんが帰ってくるだろう
んでこいつをどうにかしてもらおう
でもあの能天気な母さんだ、家に住まわせるかもしれない
まぁ流石に母さんも成人だし、ある程度の知識と常識は持ち合わせているだろう
だろう、きっと、絶対、たぶん、だろう
暫くしたら
…不安だ
「ただいまー」
疲れきった声で玄関から顔を出した
扉からひんやりとした夜の風が足元に流れる
ああ、ようやく、ようやくだ
この忌々しい女から解放される
「…」
怒りのオーラ的な物を纏った沈黙を露にし、こちらにノソノソと歩いてきた
冷や汗がやばい、本日二度目である
俺の目の前に止まり、耳元で
「…なに?…母さん」
「……あんたにも…遂に女の子が…」
…厄介な奴が二人に増えた
「ちがうから!ってあの子、行くとこなさそうなんだ、どうするよ」
「…お楽しみってことで」
「はぁ…」
冗談じゃない、このままあのロボットやらに住み着かれたら、成績、ゲームの実力、運動、コミュ力などの全てを遥かに越えた“妹”、いや“姉”になってしまうかもしれない
それは危険だ、最悪の場合
勘当っ…!
奴ならやりかねない、奴なら
「え?どうしたの我川君」
奥からそのハキハキとした声が聞こえる
それに対するようにボソボソと
「あんた、頑張りなよ…あ、でも子ど…」
「なんでもないぞー!?」
何か言おうとしてたけど、俺の声で上手く遮ってやり過ごした
「…腹減ったし、疲れてそうだから俺が飯作るよ…」
「ああ、なに?親孝行?あらー」
「あいつと話すなよ、詮索もするな」
「こわいわー、はいはい」
ならよかった
でもこんなにすんなり行くのか
絶対何かある
俺はキャベツとウインナー、醤油と胡椒を用意して、フライパンに油を敷いてコンロに置こうとしたその時
「年ってどれくらいなのかな?」
「16歳だと思う!」
なんて砕けた口調だ、さらに幼稚、しかも“思う”ってどういう事だ
初対面の大人に対して強い、強すぎる、人見知りの俺には到底真似できない所業
母さんにも詮索するなと言ったのにしてる
まぁ、そんな重要な事聞かれないだろう
そう思いながらフライパンにキャベツとウインナーを放り込み、醤油を少し振って一回ししながらたっぷりとかけた
たぶんこのまま放置したら下に醤油が溜まって大惨事だろうな
「名前は?」
「名前…なま…んぐっ!?」
俺は強引に彼女の口元を掌で抑え、なんとか発言させないようにした
あのまま野放しにして、「名前は…ないよ!」なんて言われたらもうゲームオーバー
…フライパン大丈夫だろうな
「夏木玲奈、なつきれいなだってよ…母さん…」
俺の疲労は喉元まで溜まっていたので、自然とやる気のない、なさけない声になってしまった
「へぇ、可愛い名前!」
「ふぅ…」
俺は安堵の息を漏らして、台所に戻った
ウインナーと醤油の芳しい匂いにまかれ、青いキャベツに焼き色をまんべんなく付けるために菜箸で炒める
これは成功するだろう
「ねぇ何?これ」
後ろから彼女が健気な声をかけてきた
「野菜炒め」
「へぇー…」
「…てか、味噌汁に火かけてなかった」
鍋を開けると、冷えきった味噌汁が入っている
先日の残りである
白米も先日のが炊飯器に残っている
コンロのひねりを中火の所まで捻った、ガスの不愉快な匂いを漂わせる
「いい匂い!」
「は?」
その言葉は、演技のような不自然な感じはまったくしない、こいつ本気で言っている
機械か
そういやロボットだった
ロボットというより、ヒューマノイドに近いのかもしれない
「もうすぐ出来るがここに居て」
「うん!」
…
…
…
…
特になんともなく、三つのお椀、茶碗、一つの大きな平らの皿にそれぞれ味噌汁、ご飯、野菜炒めを盛った
我ながらいい出来だ
箸を食卓に置いた
母さんのは真っ赤な木の箸、俺のは茶色のシックな箸、彼女のは無骨な太い木の箸だ
JKには多少に似合わないが、これしかないのだ
俺たちは母子家庭で、父親がいなかった
どちらかというと、いなくなった
13年前
父はロボット工学の研究者だった
様々な部品を夜な夜な作り、俺が学校に帰るとその輝かしく、精巧な部品を見せてくれた
「うおーっ!すげー!」
「啓、どうだ?ロボットは」
「うん!すげーかっけぇ!」
こんなやり取りが日が経つ毎に過ぎていった
毎日毎日、よく飽きなかったなと思う
でも、研究者というのは不安定な職業なのだろう、よく夫婦喧嘩が勃発していた
俺と“姉”は、その喧嘩を影から見ていた
「またこんなに使って!家がどんだけ…」
「すまない…今度こそ成功させる…それまで…」
「バイトぐらいしてよ!」
「…ああ」
こんなのを俯瞰でみていた俺たち、少なくとも俺は、よく内容を理解していなかった
姉ちゃんは知っていたのだろうか
でも、こんな状況でもめげずに俺を笑わそうとしていた父さんはきっと優しかったのだろう
ある日
離婚、離婚だ
突然父さんが出ていった、らしい
俺はその時熟睡しており、しっかりと認識できていなかったから、らしいとしかいえない
でもその日の昨日の夜の夢、俺は脳裏に深く焼き付けられたのか、今でも微かに覚えている
「…啓…お前に……多分………でも………頼む……あいつの事を」
13年後
「…ご馳走さま」
「ご馳走さま!」
「…」
「どうしたの?玲奈ちゃん」
「…すごく…嬉しい…」
「まっ!いい子っ!」
「…」
「こんないい子が彼女だなんて啓ちゃんもやるじゃない!」
「…あっそう、行くぞ」
「あっ…」
俺は、ロボット…玲奈の手を掴んで自分の部屋に隠すようにした
「お前の名前は玲奈、俺の名前は啓、わかったか?」
「うん、分かった!“俺君”!」
「俺…君?」
その突拍子もない謎語に俺は固まってしまった
俺君ってなんだよ
「俺君ってなんだ?」
「え?自分で俺って言ってるじゃん!」
「…まぁいい」
…いや、よくないが、もう今さらどうでもいいや
考えるのを放棄した
…もういやだ、早く学校に行ってこいつから離れたい
初めて自分から学校に行きたいと思った
気付くともう10時、寝たい
明日は月曜だし早めに寝ないとなー、なんて、そんな優等生みたいな事を思うほど精神的に追い詰められている
「ほらー、早く寝なさい」
生まれて生涯、毎夜毎夜奥から言われ続けたその言葉、でも、一つ引っかかる事があった
「布団!姉ちゃんのがあるだろ!」
何も返事はない、だが、しばらくしてドアの隙間から
「ぐっ」
親指を天井に向けてサムズアップを見せた
もう、やだ
世界全てが敵なんじゃないか、そんな疑心暗鬼に囚われつつある
んで、一つのベッドで若い男女が一緒に、しかも親が家に居る
こんなシチュエーションを自分の息子に推す親は間違いなく、クズ、バカだ
「お休みー」カチッ
部屋が真っ暗で、俺と玲奈はベッドに座っていたのでそのまま寝れる状態だった
「じゃあ寝るか」
俺は至って冷静沈着なふりをして、玲奈を寝かそうとした、でも
「くかーっ…」
「…もう寝てるのかよ」
座ったまま寝るなんて、とんでもないな
うっすら見える玲奈の寝顔は、やっぱり並より遥かに可愛いだけの女子高生だ
ロボット、機械なんかじゃ絶対ない、だけど…
「このおでこのやつ…何?…なんかUSB差せそうだし…」
うん
「さしてみるか」
なんだかテンションが上がってきた、深夜テンションってやつか、でもまだ深夜じゃないんだよな
俺は手探りで、当たりに丁度USBが落ちてないか、暗闇に手を入れて調べた
フローリングの冷たい感触が凍みる
「……ん…あった」
…でもこれは俺のエ…いや秘蔵の情報が詰まったやつだ、しかもずっと最近探してたし
「…さすか」
恐る恐る、俺は彼女の額のコア的な物に丁度ささりそうなUSBをさした
コア的な物の鈍い光が丁度いい明かりになった
でも大きさは丁度な筈だが、何か狭くて入らない
「ん…入らないな…っせ」
ぐっと力を入れて、ようやく先っぽが入った
寝ぼけて玲奈が
「…いたっ…」
と言ったが、どうでもいい
逆に痛くなれ!
更にぐいぐいと力を入れると、少しずつ入っていった
「ああっ!…んんっ…」
「えあっ!?」
思わず、すっとんきょうな声を出したまげてしまった
こいつ…感じてるのか?
「はあっ!はぁ…はぁ…あっ…あっ…んっ…」
「妙に生々しい…」
「んっ…いっ…いっちゃ…」
「ギィィ…」
ドアか軋む音が聞こえた
「見られたっ…!?」
小声で驚いてしまった
ドアの裏に居たのは母さん
本当にやめてくれ、心臓に悪い
「見るなっ!」
「見つかった…」
そう言って、奥の暗闇へ消えていった
「はぁ…心臓に悪い…もう寝よう…」
玲奈を横にし、俺も寝た
疲れた、本当に疲れた、最悪だ、でも…
すこし楽しかった
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