戦うよりも大きな課題
時は遡り夕方の十七時頃。
場所は街にある『まんぐろーぶ』という喫茶店。木目調のレトロな雰囲気のあるお店で、カウンターの奥でマスターの男性が洗い物を布巾で拭いている。
「だっは~。今日も疲れた~」
巨大ロボとの激闘を終えた金居桃子は一気に力を抜いたように、だらしなくテーブルの上に体を乗せ深い溜め息をついた。
桃子達五人は戦いを終えた後、いつもこのまんぐろーぶに足を運んでいた。今日も敵撃退という任務をこなし、誰が言うわけでもなく当たり前のように揃って入店。もはや習慣となっている。
「ちょっと桃子、はしたないわよ」
「だって~、本当に疲れたんだも~ん」
「も~ん、じゃないわよ。子供じゃないんだからさっさと起きなさい」
だらしない桃子に注意するのは皆見澤。
「たしかに。今日の敵も手強かったよな?」
「どんな敵にも弱点はあります。冷静にそこを見極めればどうってことありません」
「さすが紫音お嬢様。言うことが違うね~」
あぐらをかいて質問する倉瀬川に対し、ピンと背筋を伸ばして優雅に紅茶を飲みながら答えるのは浜村。
『四人ともお疲れさま。今日もよく頑張ってくれたね』
金居達の会話に別の人物の声が割って入ってきた。
「あっ、クー助」
金居が声の方、カウンター席に顔を向ける。そこには、尻尾が二本ある一匹の黒猫がいた。
クー助と呼ばれる黒猫。数々の悪行を働くゲルト団を止めるために現れ、彼は金居達四人をミラクルプリティーズにした張本人だ。
『桃子ちゃん、今日も頑張ってたね』
「頑張ったよ! なんたって私は平和を守るミラクルプリティーズなんだから!」
『ありがとう。この調子でこれからもみんなで頑張ろう』
「頑張ろう、ってお前はいつも傍観してるだけじゃないか」
『それはしょうがないだろ。ボクはサポート役なんだから』
「本当に? 実は巨大化出来たり、九尾みたい大きな力を持った伝説の存在だったりとかしないのか?」
『あのね~。もしそうだったら君達に任せないでボク一人で戦ってるよ』
長い二又の尻尾を左右に振りながらクー助が答える。
「今さらだし自分で言うのもなんだけど、魔法少女って本当にいるんだな」
「本当に今さらですね。まあ、言いたいことは分かりますが」
「まさか自分がアニメみたいな展開に遭遇するとは思わなかったわ」
『周りの人達に危機が迫っているんだ。それを知ったら見過ごせないだろ?』
「それをただの中学生に押し付けるのはどうかと思いますがね。普通は大人の役目だと思いますが?」
『魔法少女と言ったら中学生と決まってるでしょ』
「別に決まっていないと思います」
『まあ、それは置いといて。みんな聞いてくれるかい』
クー助がテーブルに飛び乗って注目を集め、金居達は姿勢を正して座り直した。
『今日も戦って分かったと思うけど、敵の強さはどんどん強くなってきてる。これからはまたさらに強敵が現れると思うから気を引き締めてもらいたい』
「たしかに、今までより戦闘が困難になってきてるわね」
『だろ? だから、より一層戦いには注意して欲しい』
「わっかりました!」
「任せろ!」
「承知しました」
金居達が大きく頷く。
『魔法少女となった今、君達の手に世界の平和が懸かっている。絶対に負けられないんだ』
「大丈夫! 私達が力を合わせれば、どんな敵にも勝てるよ!」
『頼もしいね。普通なら怯えたり緊張したりするもんだけど、経験を積んで慣れてきたのかな?』
「かもな。恐ろしさはあるけど、逃げようって思ったことはない」
『それを聞いて安心したよ。あと、くれぐれも正体はバレないようにね。そうなったら君達大変な事になるだろうから』
「ああ、うん……それは微妙かもね」
皆見澤が苦笑を浮かべて溜め息をつく。
『微妙?』
「うん。ある意味ではバレずに良いのかもしれないけど、その代わり失うものもあって……」
『よく分からないな。具体的に言ってよ』
「いや、だって私達――」
「えっ? 翠杞ちゃん何か困ってるの? 相談してよ。私達仲間なんだから――いたぁぁぁ!」
突然、皆見澤が金居の頭を殴った。殴られた箇所を押さえながら痛さで涙ぐんでいる。
「急に何するのさ、翠杞ちゃん!」
「それはこっちの台詞よ! あんたさっきの戦いで何をした!」
「えっ? 頑張って巨大ロボと戦ってたけど?」
「知ってるわ! そうじゃなくて、どういう風に戦ったかって聞いてるのよ!」
「どう、って?」
「忘れたのか! 桃子、魔法少女になったあんたはプリティーグリーンでしょうが!」
皆見澤の懸念。それは、ミラクルプリティーズに変身した金居達は姿がバラバラな事だった。どういう事かというと……。
金居桃子→プリティーピンク
倉瀬川青葉→プリティーブルー
皆見澤翠杞→プリティーグリーン
浜村紫音→プリティーパープル
と、姿だけでみれば新聞部の加賀山の読み通りであるが、実際はこうだ。
プリティーピンク→中身は皆見澤翠杞
プリティーブルー→中身は浜村紫音
プリティーグリーン→中身は金居桃子
プリティーパープル→中身は倉瀬川青葉
となり、ミラクルプリティーズになった彼女達は見た目が入れ替わっているのだ。
「ミラクルプリティーズになったあんたは私の姿をしているのよ! もう少し私らしく振る舞いなさいよ! あのニャニャニャニャ、って叫びは何!?」
「えっと……ノリ?」
「ノリってなんだ! 私がいつあんな奇声を言った! それに最後の攻撃! ワンダフル・ブロー? 前はクラッシュ・ブロー、って言わなかった!?」
「えっと……ノリで」
「またノリか! その時の気分でコロコロ変な事言わないで! 私のイメージがめちゃくちゃになるでしょうが!」
イタズラをする子供に説教するように、皆見澤が金居に上からガミガミ言い放つ。
入れ替わりが判明した金居達は、なるべく変身後になった人物に成りきろうと試みているが、そう簡単にはいかなかった。入れ替わった互いの性格はまるで正反対なのだから。
「やっぱ無理があるでしょ。桃子の性格で翠杞に成り済ますのは不可能だよ」
「成りきれとは言わないわよ。でも、せめてもう少し大人しくして欲しいわ。あんな無計画な攻撃、私らしくない。もし知り合いに見られたりしたら破天荒な人間に思われちゃうじゃない」
「はははっ。それはもう災難としか言えないな」
「災難というなら私もですよ、倉瀬川さん。あなた、また私の胸を揉んでましたでしょ?」
「げっ、バレてた!?」
「当たり前です。私はあんな卑猥な事はしません。以後慎んでください」
「いや、だって紫音のおっぱい大きいじゃん。本来のボクは全然ないからさ。つい手が延びて……」
「だったら自分で大きくして自分で揉めばいいじゃないですか」
「それが出来たら苦労しないよ! 紫音だってもうちょっと笑ってくれよ! ボク、あんなに無愛想じゃないよ!?」
「普段が子供っぽいのですから、大人びた雰囲気を作って差し上げているんです。むしろ感謝して欲しいですね」
まんぐろーぶに集まる金居達は互いを労うだけでなく、こうして各自の言動を注意し合う場でもあった。彼女達も年頃の女の子。やはり自分のイメージというのを持ち合わせており、気になるのも致し方ないだろう。
『翠杞ちゃんの意見はそれ? でもな~、それはどうしようもないよ。だって、君達ボクの話を聞かずに自分で勝手に設定したんだから』
クー助は変身するためのクリスタルを金居達に渡した。本来なら細かにその人物の情報を読み込ませてから使用するのだが、金居達は興奮していたのかあちこち触り、その過程で不確かなまま設定が終わってしまったのだ。
「設定があるなんて知らないわよ。珍しいクリスタルだな~、って眺めて触ってたらいきなり変身するし……」
『あのクリスタルは触り方で設定が決まるヤツなんだから、そりゃ曖昧になるよね。人が話している最中に耳を傾けず、別の物に意識を向けている時点でアウト。それで問題が起きたならそれは自業自得さ』
「うっ……」
クー助の正論に皆見澤は何も言い返せなかった。
「じゃあ、ボク達の技は何なんだ? あれもミックスされてるのは?」
『あれも君達の設定ミス。普通ならカラーに合わせた技が使えたはずなのに、変身で入れ替わるようにしたからカラーとは全く関係ない技が出るようになったのさ』
「ボクの電撃は? あれは普通イエローの技のような気もするけど?」
『ああ。ボク、黄色ってあんまり好きな色じゃないんだよね。でも、電撃は好きだから組み込んでいたんだよ』
「好みの問題だった!」
『電撃は二人の合わせ技にするつもりだったんだよ? けど、それも君達のせいで単独の技になっちゃったんだから。ボクの憧れを返して欲しいな』
「でも、紫音ちゃんはプリティーブルーで水系を使ってるよ?」
『紫音ちゃんはきちんとボクの話を聞いてたからだね。プリティーブルーだけ姿以外は正しい設定に出来たから』
「初めて目にする物なのに話を聞かず、勝手にいじくり回してしまう愚か者とは私は違います」
「ぐはっ!」
「うっ!」
「うふっ!」
浜村の鋭い言葉の矢が三人の胸に突き刺さる。
「設定というなら、またし直すというのは出来ないのか?」
『出来るよ。ただ、初期設定に戻すには一ヶ月は掛かるよ』
「一ヶ月も!?」
『そう。その間にゲルト団に攻められたら困るでしょ?』
「じゃあ、ゲルト団を倒すまでこのまま?」
『このまま』
「……はぁ~」
長く、そして深い溜め息が皆見澤の口から吐き出された。
「分かったわ。このままでいいわ」
『ありがと』
「なら桃子! 今日から奇声禁止!」
「えぇ!? 何で!?」
「当たり前だ! 私のイメージ崩すような発言は今後一切言わないこと! 分かった!?」
「そんな~」
入れ替わりの金居と皆見澤が言動の制限を設け始めた。
「それなら、倉瀬川さんも次に私の胸を触ったら水の玉を顔に沈めて溺れさせますから、そのつもりで」
「まさかの溺死!? たまには触らせてくれよ~」
「絶対ダメです」
「だったら、今しか触るチャンスはないことだな?」
「ちょ、ちょっと……こちらに来ないでください!」
獲物を狙うかのように、浜村ににじり寄る倉瀬川。落ち着いていたまんぐろーぶが途端に騒がしくなる。
『いや~、魔法少女も楽じゃないね~』
まるで他人事みたいに、クー助は四人のやり取りを静かに眺めていた。
了
魔法少女も楽じゃない! 桐華江漢 @need
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