霧が晴れても
近頃、話すとき相手とよく目が合う。理由は簡単でマスクをしているからだ。
これまではそうではなかった。その原因も明白で、僕の鼻の下にある
謎の毒霧の発生によって、マスクの着用が国で義務付けられるまでは、視線はまっすぐ疣に向けられていた。皆、疣と会話しているかのように、視線を疣の一点に集中させていた。どうしたって、絶妙な位置にある疣が気になるらしい。生まれつきの疣との付き合いで、そういう視線には慣れていたとはいえ、気持ちのいいものではなかった。だから、僕はこの霧があまり嫌いにはなれなかった。
バイト仲間のるみちゃんとはよく話す。同い年で、気になる女子だった。
近頃はお互いによく目が合うし、なんだかいい感じかもしれない。当然、るみちゃんも僕の鼻の下に疣があることは知っている。でも、今はマスクに隠れて見ることができないから、僕の目を見て話すしかないのだ。霧がでてからというもの、るみちゃんも心なしか楽しそうにしていた。
るみちゃんの目は驚くほどきれいな茶色をしていた。
いつもは、るみちゃんの上あごよりも出っ張った下あごに視線が吸い寄せられてしまっていたから、ようやく瞳の美しさに気づくことができた。るみちゃんが楽しそうに口を動かすと、耳に掛かったヒモもぴんぴんと張って動いていた。
僕の話に大声で笑ったるみちゃんが、ずれたマスクを直ちに調整する。
この先、たとえ霧が晴れても、るみちゃんと話すときはただ目を見ていたいと思った。
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