速くなれ

 わたしは常になにかを嫌がってるんだけど、今はやっぱり体育祭のクラス対抗全員リレーが嫌で、足が遅いから嫌ってだけならまだいい方で、わたしの場合、ただ遅いだけじゃなく、そのフォームが人とはちょっと違うみたい。人とどう違うのかわたしにはわからないし、わかったらすぐにでも直すんだけど、速度が上がった瞬間、ホラーぽくなるって情報は入ってる。こっちは全くもって真剣なのに、ひどい話だ。キモいとか引かれるくらいなら、せめて笑って欲しいな。いや、ほんとは笑われるのも嫌だけど。だから、わたしは応募した。


 SNSで見つけた神さまのアカウント。

【いそがしいので抽選で100人だけ願い事叶えます。返信であなたの願い事を投書したのち、この御言葉を吹聴してください。抽選結果は、当選した民に直接御言葉するのでこの偶像の崇拝が必須です。神さまより】


 見つけたときは正直驚いた。

《@神さま 神さまもSNSするんですね!?》

 返信は来なかった。そりゃ、忙しいからしょうがないか。それにしてもすごい人数をフォローしてるな。今のところフォロー数が5億人超え。地球上のすべての人を救う勢いで神さまは民をフォローしてる。それに比べてまだフォロワー数は少ない。もしかして、願い事、当てるチャンスなんじゃ。わたしは急いでリプを送った。


《@神さま どうか足を速くしてください》


 待ってみたけど、それに対する返信は無かった。けど、寝る前に確認すると、神さまがわたしをフォローしてくれていて、なんだか守られているみたいで嬉しくなった。


 今日も体育の授業は体育祭の練習。ダンスを通しで踊った後、入場の段取りを確認して、さらに最後にリレーをするらしい。

 クラス対抗全員リレーはもれなく全員参加である。アンカー以外のランナーはそれぞれトラックを半周する。わたしは、ひとりで一周するアンカーではもちろんないけど、人一倍プレッシャーを感じていた。

 神さまからの当選連絡はまだ無い。わたしの番が回ってくるまでに、神さまどうかお願いします。わたしの声が聞こえますか。今、無情にも第一走者がスタートしました。


 足が速くなった実感がないまま、ついに、わたしの前のランナーにバトンが渡る。わたしの前は陸上部の服部君だ。あぁ、終わった。トラックを半周してくる間に下半身の筋力がいきなり上がるなんてこと、あるわけない。できるだけ、バトンを受け取るエリアの奥の方に立ち尽くして、わたしは服部君からのバトンを受け取った。


「元気出して」

 教室で着替えながらうなだれるわたしの肩を叩いて、ちはるが慰めるように声を掛けてきたけど、あんたも笑ってたよね。今もちょっと楽しげだし。同じ足おそ友達だと思ってたよ。あんた結構、きれいなフォームで走るんじゃん。


「もうやだ、体育祭休む」

「だめよ。誰かに迷惑がかかるんだから」

「服部君が2回走ればいいじゃん」

「陸上部は2回走れないの」


 人をバカにしたくせに大人ぶって言うちはるにむかついて、脱いだ体操服を子供みたいに投げつけてやった。


「神さまの嘘つき」


 ちはるは制服の袖を通しながら、神さま?なにそれ、とまたバカにした。くっそ、この女に天罰じゃ。

 わたしに呪われたとも知らずに、ちはるはのんきに笑っていた。


 夜、わたしは重大なミスに気がついた。神さまに願い事を送信したあと、神さまの言うところの、御言葉の吹聴を忘れていたのだ。どうりでちはるがピンと来てないと思った。

 よし、と。

 吹聴ボタンも押したし、偶像も崇拝状態だし、ついにわたしも抽選対象者の資格を有したわけだ。ひと安心。神さまは昨日の今日でフォロー数を20億人に伸ばしていた。つか、当選者100人て少ねぇな。あ、だめだめ。神さまはこういう声も聞いてるんだから。さっきのは嘘です。と。これで安心。て、あっ、ちはる。ちゃっかり願い事してる。なになに、優希の足を速くしてあげてください。って、なによ。ばか。ちはる、呪ってごめん。

 て、ん!!? あれなに?カエル?

 自室の窓の外側にカエルが張り付いてる。でも様子が変。なんかこう、手招きしてる。ここ、二階なんだけど。あーもー、わかった、わかった。わかったわよ。しょうがないな。わたしは重い腰を持ち上げて涼しい顔を努めてカエルに近づく。


 ゴンッ!


 拳で窓ガラスを叩いてやったら衝撃で下に落ちてった。バイバーイ。軟体だから命に別状はないでしょ。ふぅ。ベッドに寝っ転がって、ちはるにありがとーって、願い事のお礼をしようって思っていると、まずいことに気が付いて血の気が引いた。

 神さまのプロフィール画像、カエルじゃん。


 ああーーー!行くからちょっと待ってて。神さま。カエルさま。階段を駆け下りてサンダルを突っかけて、自室のちょうど真下に駆けていったら、カエルが無傷で座ってて安心した。手招きするから近づくと、カエルは向きをかえて、ぴょこぴょこ跳ねてわたしから遠ざかっていく。普通のカエルとは違って、跳躍力が異常でぼんやり発光していて、すぐに神さまの使いだと確信した。「ちょっと、待ってって」わたしは一心不乱に自分のフォームなんて気にせずに思いっきり走って追いかけた。途中で、だれかとすれ違って笑われたかもしれないけど、カエルを見失わないように必死になっていた。

 

 カエルが足を止めたので、わたしも足を止めて周りを見渡すと、いつのまにか学校のグラウンドにいた。夜なのに、そこにはちはるの姿があった。


「優希、いますごく速かったよ」


 わたしはちはるに言われて、家を出てから学校に着くまでを思い返した。確かに、5キロはある通学路を一瞬にして走ってきた。息も切れていない。


「でも走り方がカエルだった」


 ちはるは嬉しそうに言った。

 カエルの方を振り向くと、もうどこかへ跳んでいったあとだった。わたしはちはるの元に駆けよる。なんか願い事叶ったかも、とちはるに言って、ちょっとタイム計ってよ、とお願いした。計ると、100メートル4秒だった。


「すごい!!」


 先に、ちはるが自分のことのように喜んだので、わたしもすごく嬉しかった。

 すると、スマホがブルブル震えて、ダイレクトメールが届いた。


《当選》


 たったそれだけの、素っ気ない当選連絡だったけど、確かにわたしは当選していた。

 お礼の連絡を、と思って少し躊躇った。きっと忙しさの真っ只中だろうなと思ったから。神さまのフォロー数は52億になっている。落ち着いてから改めてお礼を言おう。それに、今はわたしも走っていたい。


「神さまって、みんなのこと見てくれてるんだね」

「ちはるも自分のこと願えばよかったのに」

「友達と一緒に体育祭を楽しむ。それが願いだもん」

「ちはるーっ!」


 わたしはちはるに抱きついた。聞くと、ちはるは近頃、夜の学校で走る練習をしていたらしい。どうりで、フォームがきれいなわけだ。ていうか、練習誘えよ。でも、その晩はちはると一緒にたっぷり練習した。両足で蹴って、両手を着く。その繰り返し。わたしはカエルのフォームを何度も何度も練習して、身体に馴染ませていった。



 体育祭当日。残すは最終種目、クラス対抗全員リレー。朝から数ある種目をこなしてきた埃まみれのクラスメイトの顔には疲れの色が滲んでいる。第一走者が白線で一列になり、力を入れて握るバトンが熱気でのぼせている。つぎつぎにバトンが繋がって、反対側の集団から服部君が立ち上がり、トラックにスタンバイしたのが見えた。

 わたしも、よしっ、と一回屈伸する。

 わたしより後に走るちはるが、背中をそっと押してくれた。わたしは、ちはるを振り向いて自信たっぷりに頷いてみせた。


 敵と味方の声援が入り混じって一つになる。放送委員の実況には一層熱がこもり、鼓舞されるわたしたちの鼓動をますます高まらせる。

 太陽も空から観戦していた。

 身体を斜めにしてコーナーを曲がってくる服部君のバトンを、わたしは胸を張って待った。






終わり

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