7話 悪役令嬢、生誕を呪われるとのこと

「セルベリア、お誕生日おめでとう!」


 パン! パン!


 クラッカーが盛大に鳴り響き、拍手が巻き起こる。セルベリアの18歳の誕生日である。俺はすっかり失念したまま当日を迎えたものだから、驚きが一入ひとしおであった。


「お姉さま~おめでとうございます!」


 プリンちゃんは相変わらず可愛らしい笑顔を振りまきながらプレゼントを渡してくる。ああ、ポートリアラで買ったものは、誕生日プレゼントだったわけね。


「ありがとうございます、母上」


 プレゼントの包装紙を開けると、中から綺麗なペンダントが出てきた。チェーンの部分がおそらく純金製、ペンダント中央部分には緑色の宝石が埋め込まれている。宝石は詳しくないけど、エメラルドかな? まあ、これお高いでしょう?


「セルベリアお姉さま、とってもお似合いよ!」

「大切にしますね、母上」


 本来男である俺が女の子に宝石をプレゼントせなあかんのに、先に幼女っぽい母親にプレゼントされてしまうとは……。何たる不覚。いずれプリンちゃんに埋め合わせはするとして――


「おめでとう、セルベリア。天も君を祝福しているよ」


 そうですね。君もいるよね、ランスロット。君は何を持ってきたんだい?


「セルベリアに気に入ってもらえると良いのだが……」


 ランスロットから箱を受け取る。結構小さめの箱だ。どうせ王族のお坊ちゃんだから、高価な宝石の一つでも入っているんだろう。どれどれ……。


「ランスロット様? これは何でしょうか?」

「周りからは全力で止められたんだけど」


 箱の中から鉄製のゴツゴツした棘のついた――つまりメリケンサックが出てきた。成程、これも指にはめるタイプの物だから一種のエンゲージメントリング! って、やかましいわ! あるか! そんなもの! 殴って欲しいのか!? Mか、お前は!?


「た、大切? にします……」


 大変複雑な表情をしたままランスロットと別れる。少し疲れた俺はカリナから飲み物をもらって一息ついた。貴族の誕生パーティーとは何とも気が落ち着かない。著名人のパーティーみたいだ。関係者に挨拶して回るだけで一苦労である。こういう場を利用して人脈を広げようと必死になっている者もいる。ご苦労様なことだ。


「一人になりたい……」


 ソファーに寄りかかってダラダラしていると、赤いドレスの女性が近づいてきた。オデコの広い彼女である。


「ああ、クロワッサン。来てたんだ」

「もうツッコミませんわよ。ああ、ランスロット様……」


 ワロックサンはグラスを片手に持ったまま隣に座ると、目を細めながらランスロットを見た。その表情は、少し憂え気であり気品が漂っている。こうして見ると、やっぱりこの子も貴族令嬢なんだよなあ。可愛いよなあ。


「なんですの? 人の顔をジッと見て」

「ワロックサン、可愛いなあと思って」

「なっ!? な、何を言ってますの!?」


 ワロックサンは顔を真っ赤にすると、からかわれたと思ったのかソッポを向いてしまった。ふふ、可愛いなあ。今の俺なら間近でずっと見ていられるぞ。役得、役得。



 しばらく全身真っ赤になったワロックサンを見ていたら、大広間に音楽が流れ出した。ダンスタイムというやつか。あたりの男女がペアになって踊り始める。困ったな、踊りなんて分らんぞ俺。


「ランスロット様、私と一緒に……」

「では、一つ」


 さっきまで隣にいたはずのワロックサンはランスロットの所に駆けつけると、一緒にダンスをし始めた。おう、肉食系女子。たくましい。さて、あぶれた俺はどうするか……。


「セルベリア様、ご一緒にどうですか?」

「おや? ミリアルド様」


 アーズノルド家の博打息子そして不屈の男、ミリアルド君が手を差し伸べてきた。今日はスパンコールなしの白いスーツ。そっちの方が似合ってるぞ。でも――


「私、踊りなんて……」

「大丈夫です。僕がリードしますから」


 そう言って手を握られて引き寄せられてしまう。こうなっては致し方がない。ミリアルドの動きに合わせて、人生初の社交ダンス。人生初のダンスが男とですよ。泣きたいところだが、ミリアルド君の必死のリードを見ていると泣くに泣けない。離れて寄せて、寄せて離れて。途中、何度か頬を近づけられて投げ飛ばしそうになったが、何とか衝動を抑えて1時間ほど楽しんだ。


「いいステップでしたよ、セルベリア様」

「ありがとうございました、ミリアルド様」


 ミリアルドにお礼を言った俺は、再びソファーに座って一息つく。こう言っては何だが、胸の谷間が蒸れて困る。当然、男の時には無かった感覚で始末に悪い。いっそ手を突っ込んで掻こうか、どうしようか迷っていたらミルキーが気づいてくれたようで声をかけてくる。


「お色直ししましょうか?」

「お願いします」


 自室に戻って汗の手入れ。あと着替え。パーティーの最後には挨拶もしなくてはならない。ああ、自分の誕生日にエロゲーやってた男が、よく分らない努力をしている。いつか男に戻る努力もしなければいけない。己のユートピアのために!


「あっ、そう言えばお嬢様にバースデイカードが届いてますよ」


 そう言ってミルキーは一通の封筒を手渡してきた。赤いオシャレな封筒で、送り主はシルフィーヌと書かれている。あらあら、シルフィーヌが誕生日を祝ってくれるの?


「どれどれ……」


 俺は封筒を開け中身を取り出して読んだ。


『セルベリア様、誕生日お呪い申し上げます。かねてよりお話していた決闘について詳細が決まりましたのでお知らせいたします。来月行われる春の晩餐会にて料理対決をいたしましょう。負けた方は勝った方の言うことを何でも一つ聞くということで如何でしょうか? まさか棄権されることは無いと思いますが、その場合は月夜の晩ばかりではありませんのでご注意を。では当日を楽しみにしています。シルフィーヌ』


「決闘状じゃねえか……」


 春の晩餐会……そんなイベントあったなあ。直接の殴り合いなら勝てるのになあ。料理は全く自信がないな。困ったぞ、これ。しかも呪われてるし。

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童貞ですが悪役令嬢に転生したので処女を守りつつ破滅を回避します 熱物鍋敷 @yanbow

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