第6話 悪役令嬢、母親から告白されるとのこと 後編

「それで? 立てこもった犯人達からの要求は?」

「身代金1億ゴースと馬車を用意しろ、とのことです」


 ランスロットは手早く宝飾品店を包囲すると、犯人グループの要求を確認させた。

 流石は王子様、人の扱いを分かってらっしゃる。


「犯人グループは4人。人質は君の母上や叔父上を含めて7人。いずれも貴族ばかりだ」

「そうですか」


 状況を確認した俺は店を見つめた。

 店の窓はカーテンがされており、中の様子を知ることはできない。


「セルベリア、心配なのは分かるがここも危ない。君は安全な場所に――」

「ランスロット様、1つお願いがあります」


 俺はランスロットの言葉を遮りお願いをする。

 ここでのんびりしていたらプリンちゃんたちの命が危ない。


「何だい? セルベリア」

「身代金をすぐに用意できますか?」

「ここは幸い銀行も近い。すぐに用意することができるだろう」

「では、用意していただけますか? 私が強盗たちに私に行きましょう」


 俺の考えにランスロットは顔をしかめた。


「何だって!? セルベリア、流石にそれは……」

「女である私が行けば強盗も油断するでしょう。ボコボコにしてやります」

「しかし!」

「それに私はセルベリア=バローズネルです。この領地の安全を守る立場にあります」


 ランスロットは少しの間俺の顔を見ていたが、やがて軽く笑うと脇に控えていたプレディアに指示を出した。


「プレディア、身代金の準備を」

「はっ!」

「ありがとうございます、ランスロット様」

「覚悟を決めた君の顔もまた美しい。男の私としては少々寂しいが」


 そう言ってランスロットは気取ってみせる。

 こんな時でも砂糖を振りまくのを忘れないとは……男の鏡だな。



 15分後、身代金を1つの袋にまとめたものを受取り、俺は店の前まで近づいた。

 すると、入口のドアから見張っていた男が声を上げる。


「誰だ、テメエは!?」

「私はセルベリア=バローズネル。この領地を治めるジュスト=バローズネルの娘です。身代金を持ってきました。中に入れなさい」

「なっ!?」


 強盗たちも予想外の訪問者だったのか、にわかに慌ただしくなる。

 何かを話し合っているようだ。


「分かった。入れ!」


 少しして許可が下りる。

 中に入ると状況が見えてきた。

 部屋の中央に人質を集め、それを四方から武器を持って監視しているのだ。

 このままでは助けにくい。

 だが――


「ほらよ。身代金だ」


 俺が無造作に袋を置くと、中から大量の金貨がこぼれ出てきた。


「おおっ!!」

「金だあ!」


 馬鹿どもが我先に金貨の入った袋に群がる。

 人質をほったらかしにして、油断しまくっている。

 俺はゆっくりと風の魔素を集めながらプリンちゃんたちの所に向かう。


「大丈夫ですか? 母上、叔父上」

「ぼ、僕は大丈夫です」

「うう……セルベリアお姉さま~」


 プリンちゃんは半分泣きながら、しがみついてくる。ヨーグ君も口では大丈夫と言いながらも、体はわずかに震えている。怖い思いをしたのだろう。……許せねえ。


「母上、すぐ終わりますから待ってて下さいね」


 俺はそう伝えてプリンちゃんから離れると、強盗たちに向き直った。

 強盗たちは下卑た笑いを浮かべながら俺を見ている。


「さて、身代金に新しい人質まで手に入れたわけだが、馬車はいつ来るんだ?」

「馬車は来ません」

「なにっ!?」


 こいつらはまだ自分たちの未来が分かっていないらしい。

 お前らの行き先は――


「代わりと言ってはなんですが、私が地獄にご招待しましょう」

「はっはっは! おい! 貴族の嬢ちゃんが寝言言ってるぞ!」

「大いなる風の力 疾風の如く わが身に宿らん」


 俺は詠唱を終えてしゃがみ込む。


「スピードアップ!!」


 身体速度強化の呪文を唱えた俺は超高速で動き、瞬時に手前にいた3人の男を一撃ずつ殴った。


「はおごっ!?」

「ぐば!?」

「ひでっ!?」


 まだ笑っている最中だっただろうか。

 異常に高いセルベリアの身体能力で殴られた男たちは、そのまま建物の壁を突き破りダイヤモンドストリートへと吹っ飛んで行った。


「なっ!? へえっ!? はあああぁっ!!?」


 残った男は驚愕の表情を浮かべる。

 俺はお構いなしに男の顔を左手で鷲掴みにした。


「おぐっ!? 化け物!?」

「黙れ、ウジ虫が!」


 そのまま上に吊るし上げる。

 男は足をバタつかせてもがくが、意に介さない。


「プリンちゃんをあんなに怖がらせたのは貴様か?」

「あががが」

「万死に値する!!」


 そのまま右の拳を男の腹にぶち込んだ。

 男は口から血を吐きながら吹っ飛び、この建物はおろかダイヤモンドストリートさえ越え、対面の建物に突っ込んだ。対面のお店、ごめん。


 後に残ったのは、返り血を浴びたまま仁王立ちする侯爵令嬢とそれを見て唖然とする人質たちの姿であった。



「ま、まあ皆無事で良かったよ」


 店の外側から事のあらましをうかがっていたランスロットは、強盗たちを病院に送る指示を出しながら感想を述べた。まあ、ちょっとやり過ぎたかも知れない。


「凄いです! セルベリアさん、あんなに強かったんですね!」


 ヨーグ君も目を輝かせながら賞賛する。

 とりあえず、引かれなくてよかった。


「ランスロット様も言いましたが、本当に皆無事で良かったですよ」


 俺が腕を組んで頷いていると、プリンちゃんの様子がおかしい。

 手を後ろに組んで、何かモジモジしている。


「どうかされましたか、母上?」

「セルベリアお姉さま、あのね……」

「何です?」


 そう言ってプリンちゃんに顔を近づけた時だった。


「大好き!」

「!?」


 頬にキスされた。

 ……えっ!?

 女の子にキスされたよ?


「えへへ……」


 プリンちゃんは顔を赤くしながら、はにかんでいる。

 ぐっ! ぐぬぬぬぬ!!

 なぜ、なぜ今俺は男じゃないんだ!!

 そして、なぜこの子は母親なんだ!

 ぐああああああああああ!!

 でも、うれしい。


「セルベリア……鼻血が出ているよ……」


 ランスロット様に指摘されてしまった。

 あらあら、はしたない姿を見せてしまいましたね。

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