第5話 悪役令嬢、母親から告白されるとのこと 前編

 俺は時々、前世の母のことを思い出す。

 俺が小学生の時に病気で亡くなってしまったから、丁度甘えたい盛りでいなくなった。

 適度に厳しく、適度に優しい母親だったと記憶している。

 別に今も甘えたい、というわけではない。

 というか甘えられない。

 なぜなら――


「セルベリアお姉さま~」


 セルベリアの母親、プディング=バローズネル、通称プリンちゃんは17歳のセルベリアよりも若い15歳だからである。

 セルベリアはジュストと前妻の子だ。

 前妻亡き後、後妻としてバローズネル家に来たのがプリンちゃんである。

 あどけなさが残る顔と、全体的に未発達な容姿のせいで年齢より幼く見える。

 エンジェルスマイルを振りまきながら全力で俺に甘えてくる、その姿を見るたびにジュストの野郎を全力で殴りたくなってくるのだが、自分の父親なので何とか心にブレーキをかける。


「セルベリアお姉さま、また面白い話して~」

「母上。私は娘ですよ?」


 甘えた声を出しながら、プリンちゃんは俺の膝の上に乗ってくる。

 見た目だけでなく精神年齢も幼い。

 ウェーブがかかった黒髪からフワッとよい香りがする。

 血が繋がっていない年下の母親って、どんなエロゲーだよ!?

 いやー、こんな夢のような状況ってあるんですねえ。

 べ、別に俺はロリコンじゃないよ?

 だって相手は15歳だし

 今の俺は女だし

 ねえ? つまり、合法だって!

 ホント、このゲームを作ったスタッフはしょうがねえなあ。

 グッジョブ!


「奥様、お嬢様。ヨーグ様がいらっしゃいました」


 母娘で戯れていると、カリナが来客を告げに来た。

 カリナの後ろについてきた黒髪の少年はペコリと頭を下げる。

 プリンちゃんの実弟、ヨーグ=ルトアニア。ルトアニア伯爵の長男で、セルベリアの叔父に当たる。

 母親よりさらに年下だけどな。

 名前の元がヨーグルトなだけあって、物腰柔らかい色白の美少年だ。


「こんにちは、おじさま」

「おじさま、はよして下さい。恐縮してしまいます」


 ヨーグは照れ臭そうに反応する。

 まだ13歳なのに、おじさんはヤダよな。

 某海産物一家の長男じゃあるまいし。


「今日は一体、どのようなご用向きで?」

「実は姉上に連れて行ってほしいと頼まれた場所がありまして……」

「どこ行くんです、母上?」

「ポートリアラ!」


 プリンちゃんは右腕を上げて元気に答える。

 ポートリアラとは、バローズネル領にある交易都市の名前だ。

 港からほど近く主要陸路と交わるこの都市は、バローズネル領における商業の中心地と言っていい。特に、きらびやかな装飾品店が立ち並ぶ通りはダイヤモンドストリートと呼ばれ、貴族や富豪ご用達の場所になっている。

 だが……バローズネル領なんだから、別に弟君に頼む必要はないと思うんだけど……。


「ねぜ叔父上に頼んだのですか?」

「うふふ、ナイショ!」


 エンジェルスマイルでナイショと言われては、これ以上問い詰められない。

 ない。だがしかし――


「私もご一緒してもよろしいですか?」

「僕は構いません」

「うん! お姉さまも行こう!」

「母上。何度も言うようですが、私は娘ですって」



 ポートリアラまでは馬車で一時間ほど。

 馬車に揺られている間、プリンちゃんは座席に膝立ちして窓の外を眺めていた。

 本当にこの子、15歳かいな?

 この子がもしかしてジュストの野郎と夜な夜なベッドでインして

 キャッキャウフフ

 いやんいやんエッチなうらやまケシカランことをしているのか?

 おい、やっぱジュスト殴ってくるわ!


「セルベリアさん……鼻血が出てますよ?」

「おっと、失礼」


 興奮しすぎた。

 うん、まあそれはともかくだ。

 俺は今、死亡フラグの真っただ中にいる。

 正確にはプリンちゃん達の死亡フラグに俺が首を突っ込んだと言うべきか。

 シルフィーヌ視点の『ローズマリアージュ』においてはセルベリアはともかく、セルベリアの近親者がどういう末路をたどるかまでは詳細に語られない。プリンちゃん達姉弟に関しても「ポートリアラに出かけた日、事件に巻き込まれて命を落とす」とモノローグで語られるのみである。

 それにしても本当にこのゲームを作ったスタッフはしょうがねえなあ。

 セルベリアがヒドい目にあうのは、このゲームの悪役ポジションだから仕方ないけど、周りの人間は関係ねえだろと言いたい。シルフィーヌがあんなんだから未来も変わってると良いんだけどさ。


「セルベリアお姉さま~。ほら、お花畑~」

「あ、姉上! 落ち着いてください」


 姉弟のこんな姿見ちまったら、放っておけないだろ。

 そんな死亡フラグは俺がバキバキにへし折ってやる。



 そんな俺の覚悟を乗せた馬車がポートリアラに到着した。

 中心街は露店などが所狭しと立ち並ぶため、歩行者天国になっている。

 身分の貴き方も、そうでない方も皆地上に降り立って買い物するのが基本だ。

 バローズネル侯爵様の方針らしい。

 意外とお高くとまっていないよね、セルパパ。


 既定の場所に馬車を置いた俺達は、ヨーグのお供、伊達メガネの男前ヒルディングと一緒にポートリアラの中央へと向かう。ポートリアラは街の中心を走る十字路によって4つの区画に分かれている。

 北西部分は武器屋や防具屋などがある武人街。闘技場なんかもある。

 北東部分は生鮮品や食べ物屋台がある食品街。お腹がすいたらココ。

 南西部分は本屋や骨董品屋のある文化街。ここは掘り出し物が見つかるかな?

 そして南東部分がホテルや銀行それに装飾品店が多く連なる貴人街。今回の目的地だ。


「ふわ~すごい人~」

「はぐれないで下さいよ、母上」


 人波に揉まれながら目移りするプリンちゃんに、俺は声をかける。

 これでは、どちらが親でどちらが娘か分かったものではない。

 ダイヤモンドストリートに差し掛かると、流石に警備が厳重になる。

 所々に武装した衛兵が立っており、犯罪を許さない空気が漂っている。


「セルベリアお姉さま。ここで少しお待ちになって」


 ある宝飾品店の前まで来ると、プリンちゃんは俺に向かってそう言った。

 いや、死亡フラグの件があるんで同行したいんですが……。


「私も参ります」

「ダ~メ~! ここで待ってて!」

「僕がついて行きますので、どうか」


 俺の同行を嫌がるプリンちゃんに付き添って、ヨーグが一緒に宝飾品店へ入っていく。

 俺はヒルディングと取り残される。

 仕方ねえな、待つか。

 それにしても――


「仲の良い姉弟ですね」

「プディング様は若くしてバローズネル家に入られましたので……ヨーグ様としても思うところがあるのでしょうね」


 ヒルディングはメガネをクイッとしながら笑顔で答えた。

 お貴族様の事情というのは複雑である。

 いや、やっぱジュスト殴りたいわ。



 宝飾品店の前で五分ほど待っていると、通りの先が急に色めき立つ。

 何かな? と視線をやると、あまり見たくない人物が目に入った。

 とっさに顔を隠したが遅かった。


「これはこれは、通りに咲いた大輪の花、我が愛しき婚約者セルベリアではないか!」


 ランスロットだ。

 キャーキャー言う貴族女子をかき分けてやって来る。

 相変わらず糖分オーバーキルな発言をバラ撒く。

 ヒルディングが膝をついて礼をするので、俺も仕方なくスカートの裾をたくし上げて礼をする。


「いや、いいんだセルベリア。君はこの間のように、たくましくあってくれ」


 ランスロットは首を横に振りながら「違う、そうじゃない」と言ってくる。

 気に入ったのか?

 前回のワイルドな立ち振舞いが気に入ったのか?


「ランスロット様、今日はなぜこちらに?」

「もちろん君のためさ。詳細は伏せさせてもらおう」


 ランスロットは右手で髪の毛をファサッとかき上げながら気取る。

 口にバラをくわえていたら完璧だったな。


「セルベリア、君こそ。なぜここに?」

「母上の付き添いで――」


 そのセリフを言いながら宝飾品店を指差した、その時である。


「強盗だーーっ!! 強盗が現れたぞーーっ!!」

「キャアアァァ!!!」


 宝飾品店から叫び声を上げながら人々が飛び出してくる。

 顔から表情が消える。

 指差した手が震える。

 フラグが……回収されてしまう……。

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