第4話 悪役令嬢、ラスボスに宣戦布告されるとのこと
主人公シルフィーヌ=クローズウィッシュは健気で純朴な少女である。
以前、俺はそう言った。
しかし、それは真実だろうか?
乙女ゲーム『ローズマリアージュ』は恋愛シミュレーションゲームである。
主人公の行動によって迎えるエンディングは大きく変わる。
だから努力を重ねて自分を磨き王子に愛される人生を歩むシルフィーヌもいれば、自分を磨くことなどそっちのけで金を稼ぎ、最終的には大量の男を侍らせてハーレムを築くシルフィーヌもいる。
それが同一人物であるとは、俺にはどうしても思えない。
まあ、そういうのはパラレルワールド的なお話だから仕方ないけど
今のシルフィーヌがどういう人物であるか、俺は急に気になり始めた。
そんな折である。
春になって『園遊会』なるものが開かれる。
一年の節目ということで各領地の貴族が一堂に集まって会議をするのだが
親が会議している間、それにつき従った貴族の子女が王城の庭で仲良くお茶やら歓談やらをする。
父親のジュストは当然参加するので、俺もそれについて行く。
シルフィーヌの父親も地方領主の貧乏貴族とはいえ、貴族だから当然参加。
ゲームにおいては、それについて行ったシルフィーヌが王子に初めて出会うというイベントである。
ちなみにこの時、セルベリアはシルフィーヌをこれでもかと罵倒する。
まったく、悪役御苦労さまである。
シルフィーヌをいつもイジめるというセルベリアの思考から外れた俺が、シルフィーヌに会うのは初めてである。
一体どんな子だろうか?
「では、行ってくるよ。くれぐれもお淑やかにな」
「行ってらっしゃいませ」
当日、王城に到着した俺はジュストに念を押されてから別れた。
別れ際、俺は左手を右の拳でパシッと叩き合わせ一礼した。
武道家の礼である。
間違っても侯爵令嬢の礼ではない。
安心してください。あなたの娘は今日も破天荒ですよ。
ジュストは特に反応しなかった。
いやー、慣れって怖いね!
「さて、とっとと探すとしますか」
王城の庭は物々しい警備の中、貴族の子女であふれ返っていた。
適当に石を投げても、たぶん当たる。
フランス革命を題材にした某少女漫画もかくや、と言わんばかりである。
現実世界でこんなパーティーに参加したら、自分がミジンコになったみたいな惨めな気持ちになるだろう。
今の俺ならパイタッチをしても許されるのではないか?
すれ違うオッパイを見つつ邪なことを考えていたら、声をかけられた。
「あら、セルベリア。御機嫌よう」
美しい金髪を縦ロールにしちゃった赤いドレスの少女が、不敵な笑みを浮かべている。
この子の名前は確か――
「あら、こんにちは。クロワッサン」
「クロワッサンじゃありません! ワロックサンですわ!」
ワロックサンはちょっと広めのおデコを真っ赤にしながら間違いを指摘する。
そうそう、ワロックサンだ。名前の元は絶対クロワッサンだけど。
ワロックサン=クロイツ。クロイツ侯爵の娘で、何かとセルベリアをライバル視している少女だ。何でもすぐに突っかかってくる。でも好感度メーターは『50%』悪くない。ツンデレかな?
セルベリアは油断するとすぐ没落するから、ライバル視しても仕方がないと思うんだけどなあ。
「コホン……」
ワロックサンは気を取り直すと、俺に向かってこう宣言した。
「この間、デートをしたようですが……ランスロット様は渡しませんわ!」
結構、大きめの声である。
ランスロットに聞かれたらどうすんだ。
というか、ランスロットあげるから
愛してやってくれよ。
あいつ、寂しがってるからさ。
「じゃあ、差し上げますわ」
「……っ!? そ、そんなこと言って油断させようとしてもムダですわ!」
俺の言葉を聞いたワロックサンは、そう言いながらもかなり動揺が見られる。
えっ!? ウソ!? マジ!? という感じだ。
素直になれない、そんな君が好き。
まあ、それはいいんだけど――
「ところでシルフィーヌ知らない?」
「シルフィーヌ? ああ、地方領主の冴えない娘? そこにいるじゃありませんか」
「え? そこに――」
ワロックサンの指し示す方向に目をやった俺は二の句が継げなかった。
瀟洒な服を着て優雅にティータイムを楽しむこの場所で
ソレはズタボロの作業服を着て、ツルハシ担いだままイスに座って紅茶を
「ん? んん?」
俺は目をこする。
人間違いかな?
でもソレの上に表示されている好感度メーターは『-120%』
波動砲か!?
エネルギー充填完了ってか!?
いや、そうじゃなくても近づけねえよ!
一揆起こしに来た農民か、お前は!?
ツッコミ所が多すぎて、ツッコミきれん。
誰か! ヘルプ!
「何考えているのか。よく分かりませんわ」
ワロックサンは口元に扇子を当てて、眉をひそめる。
うん、その意見に賛成だ。
周りの貴族たちも遠巻きに見ている。
ヒソヒソ話が聞こえる。
「何かの余興のつもりかしら?」
「貧乏貴族の考えてることなんて分からないな」
なんか転校初日にクラスで浮いちゃう子みたいな感じになってるな。
いや、当人に多大な理由があるんだけどさ。
しかし、こんなルートは知らない。
そういうの困る。セルベリア的に困る。
未来が予知できないから。
さて、どうするか……。
「セルベリア様、おかけになって下さい」
うわーい。シルフィーヌから指名が入りました!
やったね!
はあ……避けては通れないか。
俺は大人しくシルフィーヌの対面に座る。
何だろう、この感覚。
あれだ。
問題起こして教師に呼び出された生徒の感覚。
「……ませんの?」
「え?」
シルフィーヌの言葉がよく聞こえなかった。
「今日は私をイジめませんの?」
シルフィーヌは俺をちらりと見ながら言う。
いや、あの、この状況でそれを聞かれましても……。
好感度『-120%』とツルハシが組み合わさって、凶悪に見える。
だが、誤解は解いておきたい。
今の俺はシルフィーヌをイジめるつもりなんて毛頭ない。
そんなことより、俺は彼女が欲しいんだ!
シルフィーヌでもいい! 微乳だけど!
いや、シルフィーヌもいい! 美乳だから!
「私はね、シルフィーヌ。あなたと仲良くしたいのです」
「へえ……今までのことを無かったことにしろと?」
ですよねー。
そりゃ、積もり積もった恨みというものがありますよね。
「では、どうしたら許してくれるかしら?」
「決闘いたしましょう」
「決闘!? け、決闘って、剣とかでビシバシやる、あれ!?」
「細かい方法は追って連絡します」
それだけ言うとシルフィーヌは席を立ち、庭の外へと去ってしまった。
本当にお前は何しに来たんだ……。
いや……え……いやー、こんな隠しルートがあるんだ。へー。
「って、そんなルートねえから!」
「セルベリア。あなた、なに一人で盛り上がってますの?」
ワロックサンにツッコまれてしまった。
この出来事のインパクトは凄まじく、この後、誰とどんな会話をしたかまるで覚えていなかった。
この日、俺はベットの中で一人悶えていた。
いや、エッチな意味じゃないよ?
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