第3話 悪役令嬢、婚約破棄を所望するとのこと
季節はまだ冬だが少し寒さも和らぎ、日差しには暖かさを感じる。
こういう日を小春日和と言うのであろう。
澄んだ空気が微かな花の香りを含み、何とも言えない気持ち良さがある。
こんな日は草原で寝転ぶのが一番ですよ。
え? せっかくのドレスが汚れる?
そう、関係ないね。
いやーサイコーだなあ。
「今日は本当に良い天気だな。セルベリア」
ああ、ホント。
これが野郎とのデートでなけりゃな。
俺は隣にいる金髪長髪イケメン野郎、ランスロット=フォン=ティルシナを睨みながらそう思った。ランスロットはティルシナ王国第3王子にしてローゼンハイム公爵であらせられる、やんごとなきお方。セルベリアの婚約者でもある。甘いマスクと歯の浮くようなセリフの連発で女性たちを虜にしていく。
まあ簡単に言えば、俺の敵だ。
「しかし君の笑顔に比べれば、太陽も雲に隠れたくなるだろう」
これですよ。
ずっと、こんな調子。
こっちは朝から糖分過多だよ。
糖尿になっちまう。
飲み物を飲みましょう。
「それではランスロット様。お茶にしましょう」
俺は用意してきた物品をミルキーから受け取ると敷物を広げ紅茶セットを準備し、敷物の上にドカッと
「セルベリア、今日の君は刺激的だね」
ランスロットは若干、目のやり場に困りながら感想を述べる。
しかしセリフは、めげない。
たぶん脳みそに都合のいい情報変換装置でも持っているんだろう。
今日の目的は、この男に婚約を破棄してもらうことである。
実は放っておけば勝手に婚約解消してくれるのだが、俺としては有意義な時間を確保したいので一刻も早く別れてしまおう。
好感度メーターは『65%』
たぶんセルベリアが全力で猫を被ってきた結果だろう。
よーし! 今日は張り切ってエンゲージメントブレイクだ!
あんまりやり過ぎると色々とマズイので
できる限り自然にフラれてみせよう。
「では、紅茶を淹れますわ」
「君の作法、見せてもらうよ」
紅茶を淹れようとしたら突然そんなことを言われた。
はて?
紅茶の作法とは何ぞや?
俺は首を傾げながら、置いたティーカップを3回転ほどさせてみる。
なんか違うな。
だいたい茶碗回すのは茶道だろう。
とりあえずティーポットに入れた茶葉に持ってきたお湯を注いで少し待ち
ティーカップに注ぐと砂糖をドバッと入れてから渡した。
お待たせ、甘党。
「くっ……くっくっく……」
ランスロットは必死に笑いを堪えている。
紅茶の作法なんぞ、知らんわ!
「甘い紅茶はお嫌い?」
「いや、そんなことはないよ。いただこう」
ランスロットは真顔に戻ると、俺が淹れた紅茶に口をつける。
表情は変わらないが、さぞかし甘ったるいことだろう。
砂糖の代わりに塩を持ってくればよかった。
俺は自分で注いだ無糖の紅茶を口にしながら思った。
それにしてもローゼンハイム公爵領は広い。ティルシナ王国でも1,2位を争う広大さだ。森林部分も多いが、そのお陰で木材や畜産物が特産品として売りに出せるのだから問題はないのだろう。自然が多いため野生動物も多い。
「見てごらん、セルベリア」
ランスロットの指し示す方を見ると、少し離れた所に二頭のムツマジジカが仲良く並んで草を食べている。見たところカップルのようだ。ゲーム内では美味しいお肉として紹介される。
「あのシカは、オスとメスの仲が良いことからムツマジジカと呼ばれているんだ」
「安直なネーミングですね」
シカを見るランスロットの目はとても優しい。
ロマンチックな男だ。
「普段は大人しいがオスはメスを守るためなら命を懸けて戦うそうだ」
「へー」
「私も男として、かくありたいものだな」
「では、試してみましょう」
俺は勢いよく立ちあがると、シカの方にズンズン歩きだした。
ランスロットはキョトンとしている。
「セルベリア、一体何を……」
「肉です。肉を狩るのです」
それだけ言い残して、俺はシカ目がけて猛ダッシュした。
草原をヒールでダッシュする侯爵令嬢。
なかなかレアな光景だ。
「ヒャッハーーッ!! 肉だーーー!!」
俺は走りながら両手に意識を集中する。
雷の魔素を集めながら近づいていく。
およそ20mほどの位置まで近づくとシカが動き出した。
「逃がさん! 迅雷来りて矢となり汝を穿たん」
両手を矢をつがえた弓のように開くと、間に電撃が走る。
狙いを定めて――
「ライトニングボウ!」
魔法名を叫びながら右手を離すと、電撃は矢となって飛びムツマジジカのメスの首元に突き刺さった。
一瞬で体に電気が流れ、メスシカは痺れて倒れた。
オスは倒れるメスなどお構いなしに逃げ去ってしまった。
「おやおや、仲
俺は仕留めたメスと逃げるオスを交互に見比べながら感想を述べた。
さて、仕留めたもののお肉にするためには解体しなければなりません。
どうしようか?
「はぁはぁ……私が解体します」
「あら、ミルキー」
わざわざ走って追いかけてきたのか、ミルキーが息を切らせながら言った。
右手には解体用のナイフが握られている。
「随分と用意がいいのね」
「最近のセルベリアお嬢様に合わせて用意しました」
ミルキーは笑顔で答える。
そう、それは良い傾向ですね。
こんなこともあろうかと用意したわけですか。
おまけに解体までできるとは従者の鏡ですね。
血抜きもお願いします。
解体をミルキーに任せた俺は、悠然とランスロットの元まで戻った。
「ランスロット様、バーベキューにしましょう」
「セ、セルベリア。今日の君はとてもたくましいね」
「オスは逃げました。野郎は貧弱すぎてダメですね」
ムツマジジカのオスはメスを守ったりしない。
それが学べたランスロットの顔は流石にひきつっていた。
ここまでワイルドな振舞いをすれば、キレイにフラれることだろう。
美味しいお肉も食べられて一石二鳥だな。
やがて解体を終えたミルキーが戻ってきた。
額に薄らと汗をかいている。
肉も運んできてるし、結構重労働だな。
「大した道具も無いので串焼きにします。美味しい部分だけ塩を振って食べましょう。残りは魔法で冷凍し、運んでおきます」
ミルキーはテキパキと火の準備をすると、串に肉を刺し塩を振って焼いていく。
解体したばかりのお肉は適度に霜降りになっており、美しいピンク色をしている。
それがジュウジュウと美味しそうな音を立てながら、茶色に変わっていく。
熱で溶けて滴る肉の脂が食欲をそそるな。
「こちらはもう召し上がれますよ」
「そうですか。ではランスロット様、どうぞ」
「お、お待ちください!」
ミルキーのOKが出たので俺がランスロットに串を差し出したら、ランスロットの従者プレディアに止められた。このゲームの常識に漏れず美少年である。今日の俺はこのプレディアに睨まれっぱなしだ。おおよそ、侯爵令嬢らしい振舞いはしていないからな。
「ランスロット様ともあろうお方が、こんなものを本気で召し上がる気ですか?」
「いいんだプレディア。それに私の婚約者が仕留めたものを『こんなもの』とは失礼に当たるよ」
「で、ですが……」
プレディアの制止を振り切って、ランスロットは肉を口にした。
「うん! 美味しいよ!」
「それは、よござんした」
なかなか良い笑顔をするじゃないか。
俺も早速、一串もらって口にする。
香ばしい肉の味に、爽やかな草の風味が重なる。
「ウマイ、ウマイ。これはウマイ!」
ああ、ビールがあれば最高なのになあ。
俺は人目も気にせずバクバク食べる。
ふと気がつくと、ランスロットが手を止めてこちらを見ている。
「どうされましたか、ランスロット様?」
「いや、本当に美味しそうに食べるなあと思ってね」
「そりゃ、本当に美味しいですから」
「……そうだね。私もこんな美味しい料理を食べたのは初めてだよ」
ランスロットは
何をおっしゃる、お坊っちゃま。
あんた貴族どころか、王族でしょうが。
平民に殴られますよ?
「ランスロット様はいつもの食事が美味しくないのですか?」
「そんなことはないけど、なんて言ったらいいのか……。こうやって食べるのが美味しいんだ。楽しいと言ってもいい」
「楽しい?」
「うん。父や母はいつも忙しくて一緒に食べる機会はないし、私自身こんな身分だからね。会食を共にする者は、こちらの顔色ばかりうかがっていて……正直楽しくない。料理も毒見役が食べてからだしね」
ランスロットはプレディアの方を見ながら言った。
見られたプレディアは目を伏せる。
「それが私の役目ですから」と言いた気な感じだ。
振舞いたいように振舞えず。食べたいように食べられず。
考えてみれば貴族というのも大変だな。
俺も短い間ではあるが侯爵令嬢として暮らして、そう思う。
暑い夏にウチワをあおぎながらパンツ一丁でビールを一杯、とはいかない。
「少し前まで、君もそんな感じだったのだが……今日の君は楽しいね。上手く表現できないけど、見た目からは想像できない行動で、とても楽しいよ!」
「ははは、御冗談を」
それはギャップ萌えって言うんですよ。
この男に新しい魅力を提供してしまった。
結局、好感度メーターは『80%』まで上昇。
フラれるべく動いたはずが、逆に好感度を押し上げる結果となってしまった。
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