第2話 悪役令嬢、戦う術を身につけるとのこと

 お金を稼ぐついでにミリアルドを完膚なきまでに打ちのめした俺は、ミルキーとともに屋敷へと戻ってきた。


「後はよろしくね」

「かしこまりました」


 馬車やら何やらの後始末をミルキーに任せた俺は、稼いだ大金を背負ってセルベリアのパパがいる執務室を目指した。無駄に広い屋敷の中をクロスウォークで闊歩かっぽした後、そのまま元気よく執務室の扉を蹴り開ける。立派な扉が豪快に音を立てて歪む。はーい、パパ。ちょっと遅めのサンタクロースですよー。


「ど、どうしたんだセルベリア? そんなもの背負って……」


 部屋に入るとセルパパ……ジュスト=バローズネルは驚いた顔で俺を見る。

 いや、正確には俺が背負っている物を見た。

 そして俺はジュストの上にある好感度メーターに目をやる。

 『15%』

 やだ! この子、父親にも愛されていない。


「お父様、お話があります」

「話?」

「お父様、人助けのために公金を使い込んでますわね?」

「なっ!? 何故、それを……」


 イベントだから知ってます、とは言えない。

 まあ、なんだ。適当な理由を付けよう。


「お父様が助けられた方の友達の息子の又従兄のお祖父さんから聞きました」

「ず、随分と人脈を広げているようだな……」


 妙な感心の仕方をするな。

 少しは反省なさい。


「いやー、人に頼まれる嫌とは言えなくてな。気づいたらエライ額になってたわ」


 そう言ってジュストは顎鬚あごひげさすりながら大笑いする。

 この窮地で笑うとは。

 意外と器が大きいのかもしれない。

 まあ、仮にも侯爵様だからな。

 ただし、器の底は抜けているようだが。


「そう思って、私がお金を稼いできました。これで補填してください」

「そうか。いやー悪いな、セルベ……おっ?」


 俺は差し出した袋を、渡す直前で手元に引き寄せた。

 せっかくだから、こちらのお願いを聞いてもらおう。


「一つ、条件があります」

「な、何だい?」

「私に武術や魔法を習わせてください」


 この先の死亡フラグを回避するためにも必要です。

 魔法は個人的に使いたい。


「しかしセルベリア。お前は侯爵令嬢だから、そんなもの習わなくても」

「もし私がさらわれたらどうするのです」

「お茶とか舞踊とかの方が……」

「舞踊より、武力が先です! お茶で暴漢がシバけますか!」


 そう言って俺はカンフーのポーズをして見せた。

 ジュストは、それを見て思わず苦笑いをする。


「『男子三日会わざれば括目して見よ』と言うがセルベリア、お前は昨日までとエライ違いだな」

「『女子は、よそ見してたらすぐ変わる』世の中は何事も時短されているのです」


 俺は適当なことを言いつつ、父親から習い事の約束を取り付けたのだった。



 2日後、バーグマン=エッシェンバッハを名乗る人物が俺の元に訪れた。

 バーグマンは凄腕の元傭兵で、本来ならシルフィーヌに武術を教える人間である。シルフィーヌと親子ほども年が離れているくせに、結婚候補の一人だったりする。石を投げればイケメンに当たる『ローズマリアージュ』の世界においては珍しくコワモテの非イケメンだ。もちろん武術とは無縁のセルベリアと面識などあろうはずもない。


「さて、どうやって教えたものか」


 バーグマンは傷だらけの顔を曇らせながら俺を見る。

 まあ、侯爵令嬢に武術を仕込むのは初めてだろう。

 大丈夫。中身はド平民の野郎だから。


「よろしくお願いします」


 動きやすい服装に着替えた俺は、丁寧に頭を下げた。

 ガチで命がかかってるんです。

 

「とりあえず型の稽古をしましょう。まずはお手本を見せます」


 バーグマンは中庭の木にマットをくくりつけると、パンチをしてみせた。

 腰の入ったパンチはマットをしているにも関わらず、小気味のいい音を立てる。

 衝撃で木の葉がパラパラと舞った。

 流石に年季が違うな。


「力は要りません。型をマネてください。変に力を込めると手首を痛めるので」


 そりゃそうだ。

 女の子の体だぞ?

 それに俺だって元々インドア派の人間。

 変に力なんか入れたら、手首グキッってなる。


「では、優しく」


 そう、優しく。

 マットにポフッとなるように――


 バキャッ!!

 メキメキメキ

 ズーーーーーン!!


「「ふぁ?」」


 同時に声が出た。

 軽く叩いたはずのパンチはマットをぶち破って木をなぎ倒した。

 おや? 何が起きたのかな?

 セルベリアの身体能力はどうなっているのかな?

 セルベリアはPCじゃないし、戦闘要員でもないからパラメーターとか分かんねえよ!

 あ、でも3000万ゴース分の金貨はとても軽かったよ、そういえば。


「…………」


 沈黙の時間が流れる。

 バーグマンはしばらく考えた後、結論を出した。


「お嬢さんに武術は必要ありません」


 至極真っ当な結論だった。

 俺もそう思います。

 よし! 武術は止めて、午後から魔法の勉強しましょうね。



 食堂で昼食を存分に平らげた後、屋敷の一室で魔法学の授業が始まった。

 魔法学の先生はシリウス=ルーデンス。まだ12歳の超天才魔術師だ。

 緑のクセ毛にクリクリとした大きな目をしてる。小動物みたいで可愛らしい。

 だが、男だ。

 まだ、あどけなさが残る彼はもちろん攻略対象の一人。乙女ゲーに野暮なこと言いたくないけど、もう少し女性キャラが関わってもいいと思うんだ。俺は彼女が欲しいんだよ!


「セルベリア様は魔法についてどのくらいご存知ですか?」


 俺の気持ちなど知るはずもない彼は、その大きな目で俺を見つめる。

 なんか、守ってやりたいオーラがあるなコイツ。

 世のお姉さま方はきっと放っておかないだろう。


「魔法は何かこう、不思議な力でバーンとやるんじゃないの?」

「では、まずそこからお話ししますね」


 どうやら違うらしい。


「魔法は3つの段階を経て発動します。1つ目は空気中にある魔力の源『魔素』を集める段階。2つ目は魔素を詠唱で紡ぐ段階。最後に魔法名を唱え、発動する段階です」

「ほえ~」


 その1 魔法で使う魔素を空気中から集めましょう

 その2 イメージしながら詠唱し、魔素を形にしていきましょう

 その3 最後にかっこよく魔法名を言って、魔法を発動させましょう


 ということらしい。

 意外と魔法って理論的なんだな。


「魔素を集めた結晶を用いれば、最初の段階を飛ばせます。また、あらかじめ詠唱を込めた指輪などを装備することで詠唱段階を飛ばすことも可能です」

「ほ~」


 魔素結晶を用いる→魔素を集めなくても魔法が使える

 詠唱道具を用いる→道具に応じた魔法が無詠唱で使える


 魔法って面白いなあ。

 いやー、ファンタジーって感じがしますよ!


「では例をお見せしますね」


 シリウスは目を閉じて集中する。

 少しすると彼の右手に何かが集まって行くのが見える。

 おお、これが魔素か?


「冷厳なる精霊の力宿りて、我ここに顕現せん」


 おお! これが詠唱か。

 厨二病くせえ。

 でも、かっこいい。


「アギラ!」


 シリウスが魔法名を言うと、右手から小さな炎が出る。


「おお!!」

「これはアギラという火の初級魔法です」

「すげえな! 手に何か集まって、それから詠唱したら火が出たな! 俺にも使えるかな!?」

「セ、セルベリア様?」


 おっと、いかん。

 あまりの感動に興奮して、つい地が出てしまった。

 シリウスが固まっているではないか。


「コホン。練習すれば私にも使えるかしら?」

「そ、そうですね。というかセルベリア様、不思議なこと言いませんでした?」

「え? 何かしら?」

「手に何か集まって――とか」


 ああ、何だ。そっちか。


「そうそう。手に何か集まってるのが見えたわ」

「それって魔素が見えてるってことですよね? ちょっとスゴイですよ、それ」

「そうなの?」

「魔素が見えるのは精霊に愛された、ほんの一握りの人たちだけなんですよ!?」


 ほーう、そうなのか。

 きっと本当にすごいことなのだろう。

 シリウス君の好感度メーターが『70%』まで急上昇してるからな。


「ちゃんと練習したらセルベリア様はスゴイ魔術師になれますよ」


 シリウス君は目をキラキラさせながら尊敬の眼差しを送ってくる。

 何かスーパーな扱いになってるが、たぶん普通にゲームを進めたらセルベリアのその才能が生かされることはないと思う。スタッフは何故使わない設定をセルベリアに盛りまくったのだろうか? 遊び心かな?


 その日シリウス君と頑張った結果、俺はいくつかの魔法を習得できてしまった。

 まあ、この先何が起こるか分からないから、武器は多い方がいいよね。

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