第1話 悪役令嬢、競馬場に入り浸るとのこと
セルベリアのパパは決して悪人ではない。公金を横領する理由だって人助けのためやむを得ずだったりするのだから、それでお家取り潰しはあんまりである。ゲームを作ったスタッフは、悪役令嬢に何か個人的な恨みでもあるのだろうか?
俺は公文書が管理されている部屋に忍び込むと、領地の帳簿を確認した。
「ああクッソ! 3000万足りねえ」
きっちり3000万ゴース足りない。
そりゃそんだけ足りなかったらバレますって!
「さて、と……」
俺は帳簿を元の場所に戻し部屋を出ると、歩きながら頭をフル回転させ始めた。
3日以内に3000万ゴースものお金を稼ぐにはどうしたらいいか?
商売する?
いやいや、そんなんじゃとても間に合わない。
お金を借りるか?
いや、問題を表沙汰にするのもおかしい。
体を売る?
ふざけるんじゃない。
「じゃあ、バクチをしましょう。そうしましょう」
『ローズマリアージュ』が乙女ゲーとして異色たる所以
それは無駄に豪華なシステムの同時搭載である。
このゲーム、何故か本格競馬シミュレーションが搭載されている。
このゲーム作ったやつは、これを何ゲーとして売りに出すつもりだったのか?
まあ、現実の世界でも競馬は貴族の嗜みだったけどさあ。
ちなみにシルフィーヌのエンディングの1つに『競馬王エンド』なるものがある。
自分で育成した競走馬で全てのレースに勝利すれば見事エンディング。
おい! 恋愛しろよ! 恋愛!
まあいいや、さっさと出発しよう。
「えっ!? 競馬場ですか!?」
適当に金庫からお金をくすねた後、世話係のメイド、ミルキーに声をかけたらエラく驚かれた。こういう時、侯爵令嬢はロクに一人で外出できないから不便だ。ミルキーはカールした紫の髪を手で触りながら、こちらをマジマジと見ている。好感度メーターは『-15%』相変わらず使用人に愛されていない。
「何か変ですか?」
「い、いえ、お嬢様はいつも『あんなケモノ臭い所はイヤですわ!』とおっしゃっていたので……」
セルベリアなら言いそうだ。
彼女はお茶と舞踊、そして詩歌を愛する生粋のお嬢様だからな。
だが俺はセルベリアではない。
ゲームと女の子をこよなく愛する生粋の男の子(20歳)だ。
「社会勉強をするのです。すぐに準備して!」
「は、はい! かしこまりました」
ミルキーは急いで外出の準備をすると、手慣れた様子で馬車の手配をした。
2頭の馬に引かれた馬車は綺麗に黒く塗られた天井付きで、窓には赤いカーテンが取り付けられている。明らかにやんごとなき方が乗られる物で、俺は少し挙動不審になりながら席に座った。席はフカフカのソファーになっていて乗り心地がいい。これなら揺れてもお尻が痛くならないな。
「競馬場まで」
御者に短く指示を出すとミルキーは俺の向かい側の席に座った。
少しして馬車がゆっくりと動き始めた。
「30分ほどで到着します」
「分かったわ。ありがとう」
俺はミルキーにお礼を述べると、窓の外で流れていく景色に目をやった。
まだ冬の寒さが厳しい季節だが、人々は外に出て農作業に従事している。
「人々が農作業をしているわね」
「はい。私の実家も農家ですが、この時期は美味しい野菜が取れるんですよ」
俺が漏らした言葉に、ミルキーは丁寧に解説してくれる。
「生えてくる雑草を抜いたり、与える水の量を調整したり、私も小さい頃はよく手伝わされました」
「そうやって美味しい野菜ができるのね。頭が下がる思いだわ」
「……失礼ながら、セルベリアお嬢様からそのようなお言葉がいただけるとは思いませんでした。私の親も喜ぶと思います」
ミルキーは笑顔で頭を下げた。好感度メーターは『10%』まで上昇した。
セルベリアお嬢様は、よほど人を褒めたりしなかったようだ。
人々が頑張ってくれるから貴族の生活は成り立つのである。
それを忘れてはならない。
しばらく馬車に乗っていると王都の市街地に入った。
ティルシナ王国は大きい国ではないから、侯爵の領地からでもすぐに着く。
賑やかな市街地を駆け抜け王城を右手に見ながら進むと、目的地が見えてきた。
近代の競馬場だ。
ゲーム内では全体図まで見えなかったが、世界観大丈夫か、これ?
まあ、流石に耳に赤ペン乗せたオッサンがいるわけではないけど。
「競馬場の設備は魔法で管理されています。全天候性の施設ですが、レースごとに天候や馬場条件を変えて競い合っているようですね。公爵さまも、いくつか競走馬を所有されております」
ミルキーは、これまた丁寧に教えてくれるが……本当に無駄に凝ってるな。乙女ゲーの説明書で、わざわざ20ページ割いて説明しているだけのことはある。魔法はもっとファンタジックなことに使ってよね。
馬車から降りた俺は、そのまま建物の中へと足を踏み入れた。中はかなり広い。俺がまごまごしていると誰かが声をかけてきた。
「これはこれは、セルベリア様。珍しい所でお会いしますなあ」
シルクハットを被った金髪の男性は、帽子を脱ぐと仰々しく挨拶をしてくる。まだ若い出で立ちで、セルベリアのちょっと上くらいの年齢であろうか。上に着ている服はスパンコールが入っているようで、派手すぎて手品師かよとツッコみたくなる。誰だっけ、この人?
「アーズノルド侯爵の御三男、ミリアルド様です」
「ああ……あのバクチ好きの放蕩息子」
耳打ちしてくれたミルキーの言葉に反応して、俺は素直な気持ちを口にした。ミリアルドの顔が少し引きつる。
「い、今何か、変な言葉が聞こえたような……」
「いえいえ、気のせいですわ!」
やはりセルベリアは男の前では猫を被っていたのだろう。
しょうもないことだ。
ミリアルドはシルフィーヌの結婚候補の一人でもある。
まあ、初期の頃はセルベリアにお熱なようだが。
ミリアルドは気を取り直すと、腕の時計を確認しながら提案してきた。
「次のレースが最終レースですが、まだ時間もありますしセルベリア様も初めての御様子。どうでしょう、私がご案内しましょうか?」
少しでもポイントを稼ぎたいらしい。
好感度メーター『40%』は伊達ではない。
今まで出会った人間の中では群を抜いて高い。
「では、よしなに」
「かしこまりました!」
俺がOKすると、ミリアルドはピンと気をつけをして張り切った。
なにコイツ、かわいい。
ミルキーもクスクスと笑っている。
俺をゲットできたら次期侯爵の目もあるからな。
貴族の三男坊も大変である。
「この競馬場は3階建ての建物になっていまして、1階部分が平民層。2階部分を我々貴族が。3階部分は王族専用となっております。記念レースなどでは国王様や王子様がご覧になられることもあります」
入り浸っているだけあって、ミリアルドは詳しい。
「レースでは自分の所持する馬を走らせることもできますし、走る馬にお金を賭けることもできます」
「なるほど~」
はい、知ってます。
そのために今日は来たのです。
「では2階に参りましょう」
ミリアルドの案内で2階にある貴族専用フロアまで行く。貴族というのは道楽者が多いのか、フロアには結構な数の男女がいた。俺はあまり目立たないようにフロアの端まで行くと、上半身を乗り出して馬場を見下ろした。緩く傾斜がつけられたレース場は、俺が知っている競馬場と変わらない。ちょうどレースの結果が出たところで、着順が掲載されている。流石にオーロラビジョンは無いけど。
「6、3、1、5、9……か」
呟きながらレース結果を自分の記憶と照合する。
間違いない。レースの結果はゲーム内で行われた結果と相違ない。
今ならシルフィーヌが介入して、ということもないだろうから結果は一緒。
つまり俺には次の最終レースの結果が分かるということだ。
やったね! これで公金も返せるよパパ!
「おや? 最終レースに賭けますか? 私がレクチャーしましょうか?」
「いえ。自分の勘でやってみますわ!」
ミリアルドの提案をやんわり断る。
次のレースは超穴馬が来ます。
しかし全額賭けても、ちょっと足りないんだよなあ。
どうしようかな?
「全額賭けるのですか、お嬢様?」
悩んでいたらミルキーが心配そうな声をかけてきた。
大丈夫! 心配いりませんよ。
「大丈夫! こういう時はバーンと賭けるのよ!」
「ほう! セルベリア様は賭け事の心得が分かっていますなあ!」
気風のいい俺の考えにミリアルドは感嘆の声を上げた。
ああ、そうだ。彼を使おう。
「ミリアルド様、一つ提案があるのですが」
「何でしょうか?」
「私とどの馬が勝つか、勝負しませんか?」
「勝負、ですか?」
「ええ。もしミリアルド様が勝たれたら、ミリアルド様との真剣交際を考えます」
「なっ!?」
想定外の提案にミリアルドは、しばしフリーズした。
その後、口元に手を当てると目をせわしなく動かして考え始めた。
ムダムダ。考えても答えは一緒でしょう?
「わ、私が負けた場合はどうしましょうか?」
「まあ、そうですね。ミリアルド様にはプライドを賭けていただくので、
「……二言はありませんね?」
「乙女に二言はありません!」
「分かりました! 男にだって二言はありません!」
ああ、ゴメンね。
ミリアルド君。
俺は破滅を回避するけど、貞操も守らねばならないんだ。
「セルベリア様が選ばれた馬は12番人気ですよ? いやー、結果が楽しみだ!」
15分後、元気なく
まるで燃え尽きたボクサーのようである。
スパンコールのキラキラが逆に物悲しい。
「今日はありがとうございました、ミリアルド様!」
「は……はは。楽しんでいただけたようで……」
絞り出した言葉は元気がなかった。
帰り際、ミリアルドの好感度を見たが、『62%』に上昇していた。
あいつ、意外とめげない。
いい男だな。
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