第3話 仕事終わり

 男は書庫から出ると階段を上がり、1階に出る。広間を抜けて長い廊下を足早に歩き、その突き当たりで足を止める。大きな両開きのドアがあり、その前には槍を持った鎧姿の男が2人立っていた。


「ほれ。」


 手にしていた小さなビンを、鎧の男の1人に差し出す。その中で、白い光を放つ丸いものがふよふよと浮いていた。鎧の男は黙ってそれを受け取ると、頷いた。


 今鎧の男に手渡されたものは、ライラの魂である。最後にライラの部屋で男が指を鳴らした瞬間に様々なことが、それぞれ約1秒ほどの感覚を開けて起きていた。1つ目は、ライラの魂が抜かれ、男がポケットに忍ばせていたビンの中に吸い込まれたこと。2つ目は、たった今起きたことを、レイラの記憶から消したこと。3つ目は、ライラが死んだ場面にまで物語の時が戻されたこと。最後は、男が物語の世界から抜け出し、絵本を取り出した本棚の前まで戻ってきたこと。そして男は今、その魂を鎧の男にあずけた。彼らのうしろにある重そうな扉の向こうには、他にもビンの中に入れられた魂が大量に保管してある。鎧の男たちは、その部屋の番人なのだ。


 タキシード姿の男はとくに何も言わず、男たちにくるりと背を向けると、来た廊下を戻った。これで彼は仕事を、一通り終えたことになる。


 ところで、勘のいい方はお気づきかもしれないが、彼らの目的は物語を終わらせることではない。それは建前で、その過程として行われる魂の抜き取りが彼らの真の目的である。甘い言葉で登場人物を誘惑し、願いを叶え、その代償として相手の命を奪う。そうしてビンに入れられた魂は厳重に保管され、男たちの「主」が美味しく食すことになっている。その魂が「主」に力を与え、それはやがてこの男のような手下たちに、見えない管のようなものを通して分配される。彼らはその魔力をもって願いを叶えたり、物語を進めたりするのだが、魔力は仕事がよくできる者にほど、多く与えられる。従って下っ端になればなるほど与えられる魔力は少なく、行える仕事も少ない。そのため下の者がなかなか上に上がって来れないというなんともブラックな形態を、この屋敷内ではかれこれ何十年も維持している。


 男は壁にかかっている時計を見た。午後11時30分。この男はライラの物語の前に、3つの物語で同様に仕事を行なっていた。屋敷には彼と同じ仕事を持つものが大勢いるが、彼らの一日当たり「成功」する仕事の数は、2回だ。4回も行えば、もうベテランの領域である。


 ちなみに「成功」しない仕事はどのようなものかというと、相手の魂を抜き取れなかった場合である。願いを叶えた報酬として魂ではなく、高価な宝石を持ち帰ってくるケースが多い。原則として、魂を1つ抜き取るためには、その魂1つ分に値する願いを叶えなければならない。一番わかりやすいのは、さっき男が行なった魂同士の交換である。魂とそれに関するもの以外での取引を行う場合は、相手の細々とした願いを、魂1つ分に相当するまで叶え続けなければならない。100円玉1枚と10円玉10枚の両替を思い浮かべて、100円が魂、10円が相手の願いだと考えるとわかりやすいだろうか。


 等価交換が絶対なのである。どの程度の願いが魂いくつ分であるのかは、どんなに下っ端であろうと熟知している。そこから魂を得られるかは、本人の話術や発想力に任されているが。あまりに失敗を重ねると「主」に「不要物」とみなされ、「主」の気分次第で一瞬にしてこの世から消されてしまう。それゆえ皆仕事に取り組む姿勢は、感心するほど立派である。


 男は長い廊下を抜け、広間に出た。その奥にある大きな扉を開け、中に入る。

 広い部屋の真ん中にあるソファに、小柄な男がちょこんと腰掛けていた。先客に気づくなり、男はチッと舌打ちをする。


 小柄な男はグラスに入ったワインを一口飲むと、ドアの前で突っ立っている男に手を振った。


「カイ、お疲れ! 一緒にワインでも飲まない?」


 その声はワインを飲むにはあまりにも早すぎると思われるほど幼く、声変わりをしていない少年のそれだった。

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