愛の証

春風月葉

愛の証

 愛なんて目では見えないから、そこに愛があるのだとわかる証が欲しかった。

 だって愛なんて私は知らなかったんだもの。

 私も愛が欲しかった。

 皆が当たり前のように持っているそれが何かはよくわからなかったけれど、私はそれが羨ましかった。

 最初に私を愛していると言ったのは確か小太りな中年の男だった。

 駅の前のベンチで声をかけられた。

 その日の夜、連れられたホテルで彼に愛していると言われ、私は初めて愛を手に入れた。

 そして私はその愛に証を求めた。

 彼は証をくれたけれど、次に会うことはなかった。

 その後も多くの人から愛され、その証を残した。

 首筋に歯型を残していった人なんかもいた。

 名前は知らないけれど、彼らの残していった証が自分を愛してくれた彼らのことを思い出させてくれる。

 だから私は自分が愛されていると思えた。

「それは愛なんかじゃないわ。あなたの身体に残っているのは証じゃなくて傷、あなたは愛され方も愛し方も知らないままよ。」

 そう言ったのは同じくらいの歳の一人の少女だった。

 彼女も駅の前のベンチで声をかけてくる誰かを待っている。

 私達はそうして今日自分を愛してくれる相手を待つのだ。

 少女は自分の右の腕にある大きな痣を薬指の折れた左手で撫でた。

「じゃあ、あなたは愛を知っているの?」

「いいえ、もう忘れてしまったわ。」

 私の質問に彼女は下を向いたまま答える。

「あなたは嘘つきね」

 私は言う。

「そうね。私は嘘つきかもしれないわ。」

 彼女は溜め息を吐いて立ち上がった。

 ベンチに座った私の前に彼女が右手を差し出す。

 私はいつものようにその手をとる。

 いつもと違うのは手を引く彼女の向かう先がホテル街ではなく駅の改札だったことだろう。

 駅のホームまで少女に手を引かれたのは覚えている。

 そこで私は彼女に強く抱きつかれた。

 その先がどうしても思い出せない。

 そうして私は永い夢をみる。

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愛の証 春風月葉 @HarukazeTsukiha

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