第43話 君が愛した世界

「今まで、よく頑張ったね。みんなを守るために頑張ってくれて、ありがとう」


 サターンの言葉に、フェルシもルトロスも呆然としていた。子供っぽい、サターンの温かい体温が彼らに伝わる。


「フェルシも、ルトロスも、難しいこと言ってるけど、本当はただたくさんの人を助けたいだけなんだよね。フェルシが勇者だって知ってから、なんだか二人とも僕の知らない人みたいで怖かったけど、そんなこと全然なかった。いつだって二人が僕を守ってくれたように、二人は世界中の人を守ろうとして頑張ってただけだったんだね。二人とも、えらい、えらい」

「え……?」

「サターン……?」


 一生懸命背伸びして、自分より背の高い二人の頭を撫でるサターンに、二人は戸惑い瞬きした。そんなサターンの様子は二人が思っていたほど子供っぽくはなく、旅立った頃とは見違えるようだった。


「二人は神様に会ったこと、あるの?」


 その質問の意図がわからず、フェルシとルトロスは顔を見合わせる。


「いや……? 神が存在していること自体ははっきりしているが、それがどういう姿をしているのか、どういう考えを持っているのか、そういうことは一切わからない。ただ、俺の《禁忌》の力は神の力を否定する性質のものだから、勇者の剣にその力を集めれば神を殺せる、ということは間違いない」

「そっか」


 サターンはそれを聞いて、それなら、と笑った。


「じゃあ、ここまで頑張った僕たちの姿を見て、言葉を聞いて、神様も考えを変えてくれるかもしれないってことだよね?」

「「はあ?」」


 その笑顔に、二人は揃って首をかしげる。全く想像もしていなかったような言葉が、サターンの口から次々と発せられた。


「だってさ、もしかしたら神様も子供かもしれないよ? まだ何にも知らなくて、だからひどいことをしてるのかも。だって、僕も二人と旅立つまで、全然分かってなかったよ。たくさんの、大切なこと。フェルシとルトロスが僕にそれを教えてくれたように、神様にも誰かが教えてあげなきゃいけないんじゃないかな」


 そこにいる全員が、これまでの道のりを思い出す。ゴスラーの町で、みんなに愛され甘やかされてきた幼い少年だったはずのサターンは、もう世間知らずで考えなしの子供ではなくなっていた。


「……なんとなく、お前は一生子供のままなんじゃないかと思っていた。気づけば、こんなに大人になっていたんだね」

「ついこの間までぎゃーぎゃー泣くだけの赤ん坊だったくせに……生意気になりやがって」


 二人に成長を認められて、サターンはえっへん! とポーズをとる。せっかくの大人っぽい雰囲気が一気に台無しになって、ルトロスとフェルシは思わず声を上げて笑った。


「そんなこと、考えたこともなかった。だが、変わらないものなど存在しない。お前も、俺も、フェルシも、この旅を通して変わっていった。そんな俺たちの姿を神がずっと見ていたなら、確かに何かは変わるかもしれない」


 それはあまりにも不確実で、希望的観測にすぎない考えだった。楽観的と言ってもいい。だが、今までずっと不可能を可能にしてきたこの少年が言うのなら、出来るような気がしてしまったのだ。


「信じてみたいな、俺。神が実はサターンくらい甘ったれのガキで、俺たちにした仕打ちは全部、なーんも考えてなかったから起きたただの不運な出来事で。それのせいで俺らがこんなに苦しんでることを知って反省して、今頃おいおい泣いてたりしたら……。今までのこと全部、許せはしないけれど。でもきっと、そんな神様なら、これからの未来は安心だと思う。そうだったらいいなあ」


 まるで夢物語のようだけれど。フェルシは本気でそんなことを思ってしまった。


「だってさ、俺らここまでめちゃくちゃ頑張ったもん。数えきれないほどの世界の未来を背負って、ここまで全力で走ってきたよ。だからきっと、みんな許してくれるって。最後に、そんな未来を信じてみても」

「……そうかもしれないな」


 ルトロスは思い返す。この世界にたどり着いて、ゴスラーの町の人々、そしてロベリアに受け入れられて、人生で初めての平和で優しい日々を過ごした。旅に出てリリーと出会って、剣の練習をするリリーの姿が幼い頃のフェルシと重なって見えて、昔を懐かしく思い出したこと。フェルシが初めて恋をしたことが、微笑ましくも寂しい気持ちになって。


「ああ、ダメだな。俺としたことが、いつの間にかこんなに心を動かされていたなんて」


 世界の全てから距離を置くつもりだった。いつか崩壊する世界、犠牲にせざるを得ない世界に愛着を抱いたって苦しいだけだから。けれど、こんなにこの世界を愛してしまったのは、この世界で見た景色にはいつだってサターンがいたからなのだろう。


「俺の負けだ、フェルシ、サターン。俺にはもう、この世界を見捨てることはできないだろう。お前たちのせいだぞ。お前たちが、この世界で、あんな風に笑って、泣いて、怒って、愛したせいだ。責任を取ってくれ」

「責任って、どうしたらいいの?」


 首をかしげるサターンに、ルトロスは微笑んだ。息をのむほど美しく、鮮やかな笑み。それを見て、フェルシが目を見開いた。


 バリバリバリッ!


 そのとき、ものすごい轟音から頭上からして、全員が空を見上げる。そこには、かつてルトロスたちの過去を見た時に見たような割れ目が生まれていた。世界が、完全な崩壊を迎えようとしている。


 それを見て、ルトロスは心を決めたかのように、一人頷いて。そして、祈るような声で最後の願いを告げた。


「俺を、殺してくれ」

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