第41話 最後の安らぎ
ルトロスの羽根は、あっという間にサターンをルクスリアに連れて来てしまった。見覚えのあるごちゃごちゃした街の中に降ろされるのかと思いきや、彼はサターンを街外れの池のほとりに連れて行く。見たことのない風景にサターンは戸惑ったが、そこに咲く見事な桜とその下で安らかに眠る二人の姿を見て、ここに連れてこられた理由は分かった。
「フェルシ……と、あの女のひとは?」
「あいつが懸想している女だ。全く、忌々しい」
「けそう? けそうって……え、もしかしてフェルシの好きな人!? いつの間にそんな人つくってたの!?」
「この街であいつが迷子になっていた間にちゃっかりと、な」
「あのとき、僕らすっごく心配したのに! 全く、フェルシったら……」
サターンは頰を膨らます。聖都での緊張感が跡形もなくなってしまい、思わず彼はくすりと笑ってしまった。その笑顔に、ルトロスの苛立ちもいくらか薄れたようだった。
「まあ、フェルシらしいか」
「フェルシらしい……。確かに、そうかもしれない」
「まあ、白い髪のフェルシは全然らしくないけどね。やっぱりフェルシは黒髪の方がいいと思うなあ。でも、ルトロスはあのフェルシの方が見慣れてる?」
「いや、そうでもない。元いた世界を出てからは、あいつはずっと黒髪だったからな。だが、あいつの姿をあいつらしいかどうかで判断したことはなかった」
眠る二人を見下ろしながら、サターンとルトロスはまるで世界が平和だった頃のようにたわいもない会話をする。その声に、フェルシがゆっくりと目を覚ました。
「ん……なんか、やけに楽しそうに話してんなー? なんの話、してたんだよ」
「別に?」
「まあ、ちょっとな」
顔を見合わせて笑う二人を見て、フェルシは不服そうな顔をする。
「なんだよ、俺にだけ隠し事かー? 俺にも教えろよ!」
「えー、どうしよっかなー?」
「さっさと俺に教えろ! さもないと……こうしてやるっ!」
いきなりフェルシに飛びかかられて、サターンは飛びのく。そのまま二人の追いかけっこが始まった。ぎゃーぎゃー言いながら走り回る二人の姿に、ルトロスは毒気を抜かれて桜の下に座り込む。紫の羽根の禍々しい光も、今ばかりは弱まっていた。まるで生まれ故郷の世界でフェルシと幸せに暮らした日々のような、あるいはロベリアの城で少しずつ成長していくサターンを見守ったあの日々のような、穏やかで優しい時間。
けれど、三人ともが分かっていた。この時間は、三人が在りし日のままの三人でいられる、最後の時間だと。これから先、三人それぞれが何を選んでも、このままではいられないだろう。
だから、走り回るサターンも、追いかけるフェルシも、それを見守るルトロスも、三人とも幸せそうに笑っていた。笑いながら、泣きそうになるのを必死にこらえていた。泣けない彼らの代わりに涙を零すかのように、桜の花びらは絶えずはらはらと舞い落ちていた。
※※※
ロベリアとリリーは真っ白な光に包まれていた。目を開けても真っ白な光しか見えないが、妙な浮遊感が着実に目的地へ近づいているという実感をくれる。
もう少しで着くだろうか、と思った瞬間、真っ白な光の中にぶわっと何かが入り込んできた。敵襲か、と二人は身構えたが、入り込んできたものが何かに気づいて驚く。それは、薄桃色の桜の花びらだった。その桜から感じられる優しくて温かい力に、リリーは見せられたフェルシとルトロスの過去を思い出す。
「なあ、ロベリア。この世界は、ルトロスたちが元いた世界のコピー、みたいなものなんだよな?」
「ええ、そうみたいよ。それがどうかした?」
首を傾げたロベリアに、リリーは考えながらゆっくりと告げた。
「俺、魔法とかよくわかんないから、世界のコピーみたいな話も、全然理解できないんだけどさ……。フェルシが前の世界で持ってたのと同じ勇者の剣がこの世界にあったなら、フェルシとルトロスの思い出の桜の木と同じものが、この世界にもあったりして、なんて……そんなわけないか……」
だんだん自信をなくしていくリリーだったが、彼の言葉にロベリアは驚く。そして、目を輝かせて彼の手を両手で握った。
「すごいわ、リリー! その通りだと思うわ。きっと、この桜が私たちを導いてくれているのよ! さあ、行きましょう!」
彼女はそう言って、リリーの手を引いて桜が飛んできた方向めがけて走り出す。
「え、ちょ、待てよ、ロベリア!」
慌ててリリーも走り出した。桜が誘う方向へ突き進んでいくと、いきなり真っ白な光から抜けて外に飛び出す。
「うわっ!?」
「きゃあ!」
二人が投げ出されたのは、ルクスリアの外れのあの桜の木の近く。
「ロベリア……リリー……」
二人の姿を見て、サターンは寂しそうに名前を呼んだ。二人の登場は、フェルシとルトロスと過ごす、幸せな時間の終わりを意味していたから。
「お前たち、どうやってここに……? いや、そんなことはどうでもいい」
ルトロスは眉をひそめるが、すぐに思い直して首を振る。紫の羽根を羽ばたかせて、彼はフェルシの側に降り立った。
「意図してはいなかったが、役者が全て揃うのを待つ形になってしまったな。こうなっては仕方がない。お前たちも、見届けてくれ。最後の審判、サターンの選択を」
そして、最後の審判のときは訪れる。
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