第39話 祈りの都

 その後の報告で、徐々に今起きていることが明らかになって来た。ホムンクルスの軍勢はゆっくりと、しかし確実に聖都に向けて攻め込んできている。それを率いているのはルトロスとフェルシで間違いないようだったが、彼らはその力で様々な場所に転移して別のホムンクルスの軍勢も同時に動かしているようだった。


「ホムンクルスを使役していたギュラとアセディアが最初に焼き払われたようです。住民には生存者もいますが、保護ができる余裕は誰にもありません。現在スペルビア、アバリティア、インヴィディアが攻撃を受けており、イラの森も焼かれて跡形もなくなったようです」

「今まで僕が二人と旅して来た場所ばっかりだ……二人とも、どうして」


 ショックを受けるサターンに、教皇が悲しそうに眉をひそめる。


「おそらく、断罪が始まったんじゃろうな。君たちが教えてくれた彼らの言葉から考えて、彼らは世界を断罪することで神殺しの力を得ようとしているらしい。じきに、ここも危うくなる。神託を受けることが出来るワシの存在は、彼らにとって脅威になりうるからのう」

「俺たちはどうすればいいんだ!? 俺が神に選ばれた勇者なんだとしたら、俺にあいつらを止める力があるんじゃないのか!?」


 かつて住んでいたインヴィディアが攻撃されていると聞いて、リリーが焦ったように問いかけた。


「いいや、神託を思い出してごらん。この世界の勇者は『白い髪に桃色の瞳、勇者の剣を抜ける者』だ。つまり、勇者の剣を抜かなければ勇者とは認められない。君はあの男に権利を奪い取られてしまったんだよ。今の君はただの人間だ」


 リリーに教え諭すように告げた教皇は、そのままロベリアの方を向く。


「それから、あんたも」

「え?」


 ロベリアは困惑の表情で教皇を見つめた。


「勇者と魔王は世界を再構築するためのスイッチじゃった。そのスイッチを押すものが誰でも良いのなら、魔王に強者をけしかけて、その中で一番強かったものを勇者とすれば良い。じゃが、神はわざわざたった一人の勇者を選んだ。とすると、スイッチを押すものは誰でも良いわけではないことになる。おそらく、勇者と魔王は対になるものなのじゃろう。あんたは彼の魔王だったが、あの男の魔王ではない」

「私はリリーの魔王だったけれど、フェルシの魔王ではない。だから、リリーが勇者でなくなった今、私も魔王ではなくなった、ということ?」

「その通りじゃ」


 それを聞いて、サターンは目を見開いた。


「じゃあ、もうロベリアは死ななくていいってこと?」

「そうじゃよ」


 サターンは思わずその場に崩れ落ちる。こんなにあっさりと、旅立った目的は達成できてしまった。魔王を殺させないために旅立って、たくさんの辛い目に遭いながら、ようやく願いを叶えることができたのだ。それなのに。側にいてほしい二人ははるかに遠い。


「サターン……」


 バンッ!


 サターンを気遣うようにロベリアが声をかけた瞬間、教会の外で爆発音がして、一同が息を飲んだ。


「ホムンクルスの軍勢が聖都に侵入しました!」


 衛兵が慌てて報告する。


「サターン、落ち込んでる場合じゃない。二人を止めに行こう」

「大丈夫、私たちがついてるわ。きっと二人も戻ってくる」


 リリーとロベリアの言葉に、サターンは頷いた。心は晴れないが、ここにいても何も解決しないのは明らかだ。


「ありがとう、二人とも。行こう、ルトロスとフェルシのところに」



※※※



 聖都は大混乱に陥っていた。建物を手当たり次第に壊し、爆発とともに火が上がる。ただ、逃げ惑う民衆には見向きもしないホムンクルスたちの様子が逆に不気味だった。


「これは……」

「待っていたよ。すぐに来てくれて助かった。今の俺はあまり機嫌がよくなくてね。もう少しで教会ごと爆破してしまうところだった」


 異様な光景に目をみはっていた三人の前に、紫の羽根を羽ばたかせてルトロスが飛んでくる。言葉の通り、その表情には明らかな苛立ちが見えた。


「良かった。人は殺してないんだね」

「別に俺は人殺しがしたいんじゃない。犠牲は少なければ少ないほどいい。ただ、罪に対する罰は受けてもらわなければならないが」

「……僕を迎えに来たの?」


 サターンの問いかけにルトロスは頷く。


「その通りだ。最後の審判を下す時が来たんだよ。フェルシが、お前に選ばせろといって聞かなくてね。神殺しには、7つの大罪を断罪しなければならないのに、あの子は1つだけどうしても断罪をためらうんだ。俺たちのしていることが、正しいのかどうか分からなくなったと言う。だから、お前に決めてもらおう、とね」

「僕が、決める?」

「そうだ」


 ルトロスは有無を言わせずサターンを抱きかかえた。サターンは抵抗するも全く敵わない。


「この子は連れていく。お前たちは好きにしろ」


 そしてあっという間にその場から飛び去ってしまった。


「おい、待てよ!」


 リリーが怒鳴るが、その声は届かない。


「どうしましょう……追いかけなくちゃ!」

「まあ落ち着け、二人とも」


 そのとき、教会から教皇がゆっくりと現れる。


「二人の居場所はわかっておるよ」

「え!?」


 驚くロベリアだったが、リリーはその言葉に何かを思い出したようだった。


「破壊された町は、俺たちが今まで訪れていた町……でも、1つだけ足りなかった」

「その通りじゃ。なぜか、ルクスリアの街だけはホムンクルスに破壊されておらん。おそらく、彼らはそこにいるだろう」

「ルクスリア……馬を全力疾走させても、すぐにはたどり着かないわ!」


 すると、教皇が満面の笑みを浮かべた。まるで、このときを待っていたとでもいうように。


「安心せい。ワシがお前たちをルクスリアに届けてやろう。とっておきの魔法でな」


 その言葉に、ロベリアもリリーも目を丸くする。


「教皇様は魔族なの?」

「いいや。人間じゃよ。じゃが、この教会の教皇になると神から一度だけ魔法を使える杖を賜るんじゃ。使う日を待っておったが、今使わないでいつ使うと言うんじゃね?」


 その言葉に、二人は顔を見合わせる。勇者と魔王だったはずの二人は、力強く頷きあった。


「「教皇様、お願いします!」」

「任せておけ! ふぉっふぉっふぉ」


 教皇は側近が持ってきた杖を天高く上げる。その途端、二人は真っ白な光に包まれて消えた。


「彼らの旅路が、幸せに続くものでありますように」


 かつてロベリアが口にした祈りを、教皇も口にして。灰色の雲に覆われた空を、見つめ続けていた。


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