第30話 振り下ろされた剣
世界を救わない。
そう決めた勇者と魔王に残された道は、もはや一つしかなかった。魔王を倒さんとする世界中のすべての生き物の攻撃を退ける。そのために数え切れないほどの血が流れ、フェルシもルトロスも傷ついた。それでも、フェルシにはルトロスを殺すという決断だけは出来なかった。
けれど、二人はまだ知らない。『神』は絶対であるということ。絶対でありながら、愚かであるということ。その意思が勇者と魔王を『スイッチ』に仕立て上げようとし続ける限り、いつか勇者は魔王を殺すということを。
※※※
良く晴れた昼下がりだった。青空がどこまでも広がり、白雲がゆっくりと流れていく。そんなのどかで穏やかな景色を、フェルシは魔王城の玉座の間にある大きな窓から眺めていた。その後ろ姿を、ルトロスは少しやつれた顔に微笑みを浮かべて見守る。一見微笑ましい光景だが、二人のいる部屋は床も壁も血で汚れていた。
その時、不意に空が暗くなる。先程までなかった雨雲が一気に空を覆い、そこからただならぬ気配がこちらへ向かって降りてくるのを二人は感じた。それはものすごい勢いでフェルシの元に降りて来て、勇者の剣に乗り移る。すると、剣はフェルシの意志を無視して動き始めた。
「なんだこれ!? おい、やめろ、やめろって!」
フェルシが両手で剣を止めようとしても全く効果はなく、逆にフェルシの体も剣に操られてしまう。勇者の体は魔王を殺すべく、剣を振り上げて魔王に近づいていった。
「嫌だ! なんで言うこと聞かねーんだよ、俺の腕!」
フェルシの努力もむなしく、彼の剣は魔王を切り殺せる間合いに辿り着く。それを黙って見つめるルトロスは、悲しげな顔をするだけで逃げることさえしなかった。
「ルトロス、逃げろ! 頼む、逃げてくれ!」
ルトロスは悲痛なフェルシの叫びに首を振る。これでいいんだ、と言わんばかりの笑顔がフェルシの心を抉った。
「やめろ!」
そして、剣は振り下ろされた。
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