第31話 赤と、白と、桃色の世界

 そして、剣は振り下ろされた……はずだった。


 覚悟を決めて目を閉じたルトロスは、いつまで経っても何の痛みも襲ってこないことに戸惑う。恐る恐る目を開いたルトロスは、振り下ろされたはずの剣が自分の目の前で寸止めされているのを見た。


「やっぱり、無理だよ」


 彼の声も、体も、寸止めされた剣も、全てが震えている。ポロポロ涙を零しながら、フェルシは無理やり微笑んだ。


「ルトロス、俺を拾ってくれて、一緒にいてくれて、ありがとう」


 もう一度、彼の体を操る力が剣を振り上げる。けれど、フェルシは渾身の力を込めて抗った。その剣の切っ先を、くるりと回して自分に向ける。ルトロスは真っ青になった。


「だめだ、やめろフェルシ!」


 そんな叫びを聞きながら、フェルシは幸せそうに笑っていた。開け放たれた窓から、なぜか大量の桜の花びらが部屋に舞い込んでくる。その桜の花びらが、フェルシを連れて行ってしまう気がして。ルトロスは必死に手をのばした。その手は花びらだけを掴み、愛する勇者には届かない。


「さようなら」


 桜の花びらが、まるでルトロスを守るように彼を包み込んで、その視界から崩れ落ちるフェルシを覆い隠した。気付いた時には、血まみれの床にフェルシの長く白い髪と桜の花びらがぶちまけられていて。まるで趣味の悪い芸術作品のようだった。


「——!」


 赤と、白と、桃色に支配された世界の静寂の中で。孤独な魔王は一人、声無き声で絶叫する。彼を慰めるように、はらはらと桜の花びらが舞っていた。

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