第27話 勇者と魔王
「君は勇者だ」
連れて来られた教会で、フェルシは偉そうな聖職者たちにそう告げられた。
「は? 意味わかんねー。勇者って何? なんで俺がそうだって分かるんだよ?」
「白い髪に桃色の瞳、勇者の剣を引き抜けるもの。これすなわち世界を救う勇者なり。そう、神託が下ったのだ」
そう言って、彼らはフェルシを礼拝堂の真ん中に置かれた剣の前に連れて行く。剣は硬い大理石でできた台座に埋まっていて、とても引き抜くことなど出来そうになかった。
「勇者よ。抜いてみせたまえ」
「嫌だよ、なんであんたらの言うこと聞かなきゃならねーんだ」
「抜きたまえ!」
フェルシの抵抗など気にも留めない聖職者たちの様子に、フェルシは諦めるほかなかった。少しも力を入れずに剣を握る。ところが、彼が剣を触った瞬間眩いほどの光が剣から溢れ出た。
「おお!」
「これは……!」
聖職者たちの歓喜の声は、フェルシの耳には届かない。彼は剣から溢れる強大な力に飲み込まれないよう必死に抵抗していたからだ。そして、剣はフェルシが少しも力を入れることのないまま、ひとりでに抜けてしまった。
「やはり……! 我々は間違っていなかった! 君がこの世界の勇者だ!」
フェルシはその言葉を聞きながら、握りしめた勇者の剣を見つめる。それは柄が金色で、鍔の真ん中に桃色の宝石が嵌められていた。それを見てサターンは息を飲む。それはサターンたちが教会で見たあの勇者の剣と全く同じ形をしていたのだ。
「さあ、勇者よ! 今すぐ旅立ち、魔王を倒すのだ!」
フェルシは訳が分からないまま、教会の人々の説明を聞く。勇者は魔王を倒すために存在すること。もし失敗すれば世界が滅ぶこと。魔王の居場所。
「なんで俺が世界を救わなきゃいけないんだよ? 誰も俺を助けてくれなかったくせに、なんで俺がみんなを助けてやらなきゃなんねーんだ!? 俺は命かけて魔王を倒したりしたくない。俺はルトロスを探したいんだ、そんなことしてる余裕はねーよ!」
そんな彼の叫びを聞いてくれる人間は誰一人いなかった。こっそり逃げ出そうとしてもすぐに連れ戻されて、仲間とは名ばかりの監視役の戦士や治療師と共に、魔王退治の旅へと出発させられてしまう。フェルシはルトロスを探す望みがどんどん遠ざかっていくのを感じていた。
※※※
地獄のような旅路だった。フェルシはあまりに荒んだ日々を過ごしてきたせいで、誰も信用出来なかった。仲間たちと打ち解けることも出来ないまま、死にそうになりながら魔物たちと戦い続ける。そんな中、仲間は途中で一人、また一人と傷つき倒れていった。それに悲しむことも出来ないまま、もう自分の望みさえ忘れかけて、フェルシはひたすら魔王の元へと歩み続ける。その先の悲劇など想像もしないまま。
「やっと辿り着いた……!」
フェルシは魔王城の扉を開く。そしてそこにあった光景に目を見開いた。
魔王城にはおびただしいほどの魔物の死骸が転がっていた。魔物を統べる王のすむはずの城でなぜこのようなことが起きたのか、フェルシには想像さえ出来なかった。何もかもが分からないまま、彼は魔王の待つ玉座の間へと走る。大きな扉を乱暴に開けて、フェルシは玉座の間に飛び込んだ。
「久しぶりだね」
その声を聞いた瞬間、フェルシはその場にへたり込む。勇者の剣が彼の手から滑り落ちてカランと音を立てた。玉座に座る青年の姿から、フェルシは目をそらすことが出来なかった。
紺色の髪、蒼い瞳、優しい笑顔と安心させるような低い声。
「大きくなったな、フェルシ」
「なんで……なんであんたがここにいるんだよ!? 俺、ずっとあんたを探してたんだぞ! こんなところにいたんじゃ……見つけられっこないじゃんか……!」
魔王退治のことなど、もうフェルシの頭には残っていなかった。フェルシはゆっくり立ち上がり、おぼつかない足取りで玉座に近づく。そこに座る青年に、彼は思いっきり抱きついた。
「ルトロス……!」
ポロポロ涙をこぼして縋り付くフェルシの頭を、ルトロスは前と変わらぬ笑顔で優しく撫でるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます