第26話 世界に愛されなかった少年
フェルシは泣いて泣いて泣き続けた。声が枯れるまで泣いて、声が枯れてもまだ泣いていた。ルトロスを失った今、彼に生きる意味はもう無かった。
泣き疲れた後も何もする気が起きなくて、彼はぼーっと草原に寝転がって空を見つめる。流れる雲を延々と見つめ続けていた時だった。
ひらり、ひらり。
そよ風が吹いて、フェルシの目の前にいつかルトロスと見たような桜の花びらが舞い降りてきた。
その時、桜は咲いていなかった咲いていないはずの桜の花びらが二枚、寄り添うかのように宙を舞う。フェルシが手を出すと、それは彼の手のひらに優しく乗った。
「ルトロス……」
その花びらが現実に存在するものだったのか、きっとフェルシには分からなかっただろう。傍観者として見つめていたサターンにも、それが幻かどうかは分からなかった。
ただ、その花びらは確実に、フェルシの心を変えた。生きる意味を見失い、希望を失ったフェルシに、もう一度立ち上がる力を与えたのだ。
「そうだ。約束したんだ、ずっと一緒だって。ルトロスは自分からいなくなったわけじゃない。きっと、今も俺と一緒にいたいって思ってるはずだ。だから、助けに行かなくちゃ」
一歩ずつ、ゆっくりと。けれど確実に、少年は歩き出す。
「もう一度、ルトロスと一緒にあの桜の花を見るんだ!」
そう大声で宣言して、フェルシは森を旅立っていったのだった。
※※※
ところが、世界はフェルシに少しも優しさを見せてはくれなかった。森の中で育った彼はあまりにも多くのことを知らなかったし、世間は得体の知れない少年を受け入れるほど甘くはない。お金の概念すら分からぬ少年は、ルトロスを探す手がかりを見つけるどころか生きていくのにも窮するようになった。
ルトロスが連れ去られた方角へ向けて、ひたすら歩き続ける。彼がどこに連れて行かれたのか、見当もつかないフェルシにはそれ以外にどうしようもなかった。ひたすら歩き、腹が空けば盗みを働いて、たまには捕まってこっぴどく殴られる。そんな荒んだ生活を続けながらも、フェルシはルトロスを探し続けた。
何もかもが変わったのは、神託が下ってからだ。ある日教会が広めた神託は瞬く間に世界中に広がり、世間をざわめかせる。そんなことは知らないフェルシは今日も立ち寄った町で盗みを働こうと画策していた。露店のパンを盗もうと手をのばしたその瞬間、その腕を掴まれる。
「!?」
驚くフェルシと同じくらい、腕を掴んだ相手も驚愕していた。強い力でフェルシの腕を掴む男は、周辺の人間全員が聞こえるような声で叫んだ。
「勇者だ! 神託通り、白い髪に桃色の瞳の男がいるぞ!」
その言葉に、町中の人々が押し寄せてきた。たくさんの人間にもみくちゃにされて、彼は意識を失った。
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