第15話 巨大都市の片隅で
「「うわー!」」
サターンとリリーは声を揃えて叫んだ。叫びはしなかったが、ルトロスとフェルシもかなり驚いて目の前の光景を見つめていた。
「すっごーい!」
「こんなでかい街、見たことないよ……!」
彼らの目の前にあったのは、背の高い建物がひしめき、道には人がごった返す巨大都市だった。道沿いの店はどこもド派手な看板がかかっていて、歩く人々の服も見たことがないくらいカラフルで目を引いた。
「ルクスリアはとても豊かな街だって父さんが言ってるのを聞いたことがあったけど、想像以上だ!」
リリーは今にも飛び上がらんばかりに興奮して言う。サターンも見たことのない大都会にワクワクしていた。
「これは一度はぐれたら二度と会えなそうだな……。フェルシ、迷子になるなよ」
「なんでガキどもじゃなくて俺に言うのよ!?」
「いや、一番はぐれそうなのはお前かな、と」
「そんなことねーよ!」
フェルシはルトロスの言葉に不服そうな顔をする。不機嫌になったフェルシを見て、ルトロスは楽しそうに笑った。
「じゃあ、行くか。みんな、絶対にはぐれるなよ」
「「はーい!」」
「へいへい」
※※※
「なあ、まだ終わんねーの? 何時間見てんだよこの店?」
フェルシはイライラしながら他の三人に問いかけた。しかし、三人からの返事はない。彼らは目の前の大量の本を物色するのに夢中だったから。
人で溢れた大通りを歩いていたら、一行の目の前に巨大な本の形をした看板が現れたのだ。それを見た瞬間、吸い込まれるように三人が店の中に入っていくのを止めることなど、フェルシに出来るはずはなかった。
「なんて素晴らしい店なんだ……!」
見上げるほど大きな本棚にぎっしりと本が詰まっているのを見て、ルトロスは見たこともないくらい幸せそうな顔をしていた。薬草事典や街の周辺の地図を収めた地図集などの実用書が並ぶコーナーに立って、次から次へと本を立ち読みし始める。
「リリーが本好きだとは思わなかったな、なんか意外」
「姉さんたちに怒られない遊びって、読書ぐらいしかなかったからさ。そういうサターンこそ、本なんか読まなそうだけどな」
「ロベリアがいつも読み聞かせてくれてたから、本は好きなんだ」
「へえ……。あ、サターン、この本読んだことあるか?」
「ない! どんな話なの?」
「これは泣けるやつなんだよな、主人公は足が不自由で……」
サターンとリリーは物語の本が並ぶ本棚の前で好きな本について語り始めた。フェルシが背後でうろうろしていても、全く相手にしてくれない。そんなこんなで気付けばかなりの時間が経っていた。
「つまんねー……」
本屋の中を十周ほどうろうろ歩き回って、さすがに飽き飽きしてきたフェルシは新鮮な空気を吸おうと一人店の外に出る。近くに何か面白い店はないものか、と歩き出してしばらくすると、背の高い建物の間に薄暗い裏路地を見つけた。元々人混みがあまり好きではないフェルシは人気のないその裏路地に避難しようと思い、猫のようにするりと暗い路地に入っていく。
やっと落ち着ける場所を見つけた、と思った瞬間、誰かが裏路地に入ってきた気配がして反射的にしゃがみ込んで隠れてしまった。別に悪いことしてたわけじゃないのに、なんで隠れたんだ自分。彼は自分自身にツッコミを入れながら息を潜める。やってきた人間のことをこっそり伺うと、それは派手な格好をした男女だった。
男はいかにもチンピラというような風体の男で、険しい顔で女を睨みつけている。女の方は息をのむほどに美しく、儚げな雰囲気を漂わせていた。高そうな宝石のついたイヤリングやネックレスがキラキラと輝く。露出の少ないドレスを纏っていてもその胸の豊満さは隠しようもなく、薄桃色の髪はフィッシュボーンに編んでいて、その姿は清純な乙女にも奔放な娼婦にも見えた。
「なあ、何度も言ってるだろ? 俺の女になれ、アンジェラ。そうすりゃ、お前の弟の病気を治すための金は全部払ってやるから」
「その申し出はありがたいけれど、私は誰のものにもならないの。私との恋は一夜で終わりだと最初に約束したはずだわ。その約束が守れないなら……」
その途端、男は女を壁に押し付けた。ドン、と壁を殴り脅迫めいた声色で告げる。
「守れないならなんだよ? 俺にお前みたいな女がなにか出来ると本気で思うのか? 言うことを聞かねえってんなら、お前の弟をぶっ殺してやってもいいんだぞ! ああ!?」
それでも女は男の瞳をまっすぐに見つめて、毅然とした態度を取っていた。彼女の白い手は小さく震えていたから、本当はとても恐ろしいのだろう。それでも、彼女は決して脅迫に屈しようとはしなかった。
「弟のことは、私が守る。あなたみたいな最低の男なんかに傷つけさせたりしないわ」
それを聞いて、男の怒りは頂点に達したようだった。怒鳴り散らしながら、拳を振り上げる。
「たかが娼婦のくせに、粋がってんじゃねーぞ!」
女は殴られる間際、目を固く閉じた。そのまま衝撃が襲ってくるのを待ったが、いつまで経ってもその気配がない。不審に思って彼女が目を開くと、驚くようなことが起こっていた。
「弱いくせに粋がってんじゃねーよ」
ずっと暗がりに隠れていたフェルシが、男の腕をねじり上げて羽交い締めにしていたのだ。そのままフェルシは男の大切な部分を蹴り上げる。
「うっ!?」
「これ以上痛い思いしたくなかったら、さっさと俺の視界から消えろ」
凶悪な笑みを浮かべて告げれば、男は真っ青になって一目散に走り去っていった。
「全く、どこの世界にもどうしようもねークズはいるもんだ。あんた、大丈夫だったかい」
男の後ろ姿を見送り、女の様子を尋ねようとそちらを向いた瞬間、フェルシは思わず息を飲んだ。まっすぐにフェルシを見つめる女は、脇から覗いていた時よりずっと美しく見える。女はしばらく呆然とフェルシを見つめていたが、やがて彼にふわりと微笑みかけた。その笑みを見ただけで、フェルシは心臓が止まりかける。戸惑うフェルシに、女は甘く優しい声でこう告げた。
「助けてくれてありがとう。もし良かったら、ついでにもう一つお願いを聞いてくれないかしら」
「べ、別に良いけど」
どこの誰かもわからない女の頼みなど普段なら相手にもしないはずなのに、気付いたらそんな言葉が口から飛び出ていた。次の瞬間にはそのことを後悔したけれど。彼女はフェルシの答えを聞いた途端、彼の腕を取って恋人のようにしがみついた。
「今夜、私を買ってちょうだい」
その言葉を聞いて、フェルシはめまいがするのを抑えることが出来なかった。
※※※
魔王ロベリア・セシリフォーリアは、ただひたすらに黒馬を走らせていた。黒いローブで顔は隠しているが、どうにも隠せない体つきの細さから女の一人旅であることは容易にバレてしまうだろう。もちろんその辺のチンピラやゴロツキなど彼女の敵ではないのだが、自分が魔王であると知られる危険のある行動は些細なことでも避けたい。だから彼女はどの町や村にも寄らず、一途に目的地を目指して駆けていた。
旅立つ前、ルトロスは勇者を探すためにオラシオンを目指すと言っていた。未だ勇者が現れていないということは、彼らも順調に旅を続けているに違いない。もちろん、サターンに旅を諦めさせてどこかに定住してほしい、と旅立つルトロスに告げたのは本心だったのだが、どうせサターンに甘い彼らのことだ。サターンの願いのままに、勇者を倒す旅を未だ続けているだろう。
「ごめんなさいね。お前も辛いでしょうけれど、頑張ってちょうだいな」
駆ける愛馬に優しく声をかけて、彼女はひたすら聖都を目指す。そこで彼女を待ち受けているのが栄光でも破滅でも、ロベリアには進む道しか残されてはいなかった。
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