第14話 初めてのホームシック
「あー! ムカつく!」
この森に来てから三日目の夜、リリーは焚き火の前に転がって叫んだ。三日間ずっとフェルシを相手に打ち合いを続けていたが、一度も出し抜くことができなかったのだ。全ての攻撃を見切られ、隙を見逃さずに突いてくる。
「フェルシって強かったんだね。剣の訓練やってるところはよく見てたけど、カッコつけたいだけかと思ってた」
サターンの意外そうな言葉に、リリーは力無く首を振った。
「俺がまだまだなんだろうけど、全然あいつに勝てそうな気がしないよ。でも、ルトロスには一回だけ勝てたから、やっぱりフェルシは強いんじゃないかな」
二日間休養していたルトロスは今日になってやっと調子を取り戻してきて、少しの間フェルシの代わりにリリーの相手をしていた。ルトロスも決して弱くはないのだが、そのルトロスから一回でも勝ちをもぎ取ったリリーの才能には目を見張るものがある。
「リリーだって強いよ。フェルシがとても筋がいいって言ってたし。リリーが良い生徒だからフェルシも張り切っちゃってるみたい」
「そんなこと言われるとなんか照れるな……。それにしてもあいつ、俺が汗だくになって必死に剣を振ってるってのに、汗一つかかないで涼しい顔してんだよな。魔族って汗かかないのか?」
「そんなことはないと思うけど。僕は汗かくよ?フェルシはそういう体質ってだけじゃない」
「そっか……。やっぱり、全然変わらないんだな」
リリーの言葉にサターンは首を傾げた。
「何の話?」
「人間と魔族って全く違う生き物かと思ってたけど、見た目も中身もほとんど同じなんだなって。体の丈夫さとか、寿命とかは違うんだろうけど、そんなの人間の中でも個人差があるしな。魔王もお前たちと変わらないのか?」
リリーに聞かれて、サターンは魔王の姿を思い浮かべる。故郷で自分の帰りを待っていてくれているだろう、姉のような母のような、かけがえのないひと。
「ロベリア・セシリフォーリアも、人間とは全く変わりないよ。でも、その辺の人なんかよりはよっぽど綺麗だな。長い髪は真っ黒で、瞳は曇りのない紫なんだ。声もなんだか透明で、笑うと花が咲いたみたい。ロベリアはいつもみんなに優しくて、みんなの幸せのために頑張ってる」
どこか楽しそうに、嬉しそうに魔王のことを語るサターンを見ていたら、リリーもなんだか優しい気持ちになった。サターンの肩を抱いて、彼は笑う。
「素敵な人なんだな。俺も会ってみたい」
そう言われて、サターンは想像した。あの光の届かない故郷の町にリリーを連れていって、ロベリアに彼を紹介するのだ。きっと彼女は自分に同年代の友達が出来たことをとても喜んでくれるだろう。あの透明な声で、サターンの大好きな本をリリーにも読み聞かせてくれるはずだ。とても素敵な日になるだろう。忘れられない思い出になるだろう。
「そうだね。いつかリリーにも会わせてあげたいよ。絶対、ロベリアのこと好きになると思う。ねえ、この旅が終わったら僕の故郷に招待するよ。みんなとっても優しいから、きっとリリーのことも歓迎してくれるはず」
故郷で待つみんなの顔を思い浮かべていたら、何だか胸が苦しくなってきた。思えば、こんなに長い間ロベリアや町のみんなに会わないことは今まで一度もなかった。ルトロスとフェルシがいつもそばにいるし、旅の間は大変な事ばかりだったから、そんなこと今まで全く気づかなかったけれど。
「みんなに、会いたいな……」
一度そう思ってしまうと、心のダムが決壊したみたいに、会いたい気持ちが溢れて止まらなくなった。故郷を旅立つまでのたくさんの思い出が次から次へと思い返される。
「ロベリアに、会いたいよ……!」
ぼろぼろと溢れる涙を止めることは出来なくて。うずくまって泣き顔を隠そうとするサターンの背中を、リリーは黙って撫でてやった。彼が泣き止むまで、リリーはずっと隣で肩を抱いたままでいてくれて。その優しい体温がサターンにはありがたかった。
寄り添う二人の少年を、ルトロスとフェルシは少し離れた場所で、いつまでも見守り続けていた。
※※※
ロベリア・セシリフォーリアは決意した。もう、十分待ったのだ。これ以上待ち続けても意味はない。彼女はそう考えた。
「ロベリア、本当に行かれるのですか」
心配そうな側近の言葉にも、心を揺さぶられることはない。
「ええ、行きます。心配しないで、命を投げ打つつもりはないから。でも、いつ勇者が現れるかと怯えて暮らすのはもう終わりにしたいのよ」
勇者が選ばれたという神託が下ってから、町の人々は来たる戦いに備えて準備をしていた。もちろん負ける気は無いのだが、やはり戦いへの恐怖は大きい。人々から日に日に笑顔が消えていっているのは明らかだった。
「私が勇者を討ちに向かいます。彼らは私が自ら出向くとは思っていないでしょう。その不意を突いて勇者を倒します。そのためには同行者は少ない方がいい。ですから、一人で行きます。サターンたちの後を追って合流するつもりです。彼らと一緒なら貴方たちも安心でしょう?」
その言葉に側近はためらいながらも頷く。魔王を一人で行かせたくはないが、町一番の強さを誇っていたルトロスとフェルシが一緒なら安全だろうと言われると反動できなかった。
「何を言っても、無駄なのでしょうね」
切なげに呟く側近に、ロベリア・セシリフォーリアは申し訳なさそうに笑う。
「心配をかけてごめんなさい。貴方たちの気持ちはよく分かるわ。普通に考えて、魔王を一人で敵地に行かせようとは思わないに決まってる。でも、私は行きたいの。必ず帰ると約束する。だからどうか、私を信じてはくれないかしら」
側近は一筋の涙を流すと、必死に笑顔を作った。彼女に心配をかけぬよう、精一杯の強がりだ。
「ずるいですよ。そんな風に言われたら、貴方を送り出す他ないでしょう」
魔王の足元に恭しく跪いて、彼女の白い手にキスをする。
「貴方を、信じます。どうか、ご無事で」
その言葉に、魔王ロベリア・セシリフォーリアは強く頷くのだった。
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