第11話 リリーの家族
風車小屋の上で、眼下に広がる町を眺めながら、リリーは静かに語り始めた。
「俺の父さん、町一番の商人だって話したよな? 父さんは自分の足で色々な場所を飛び回って商品を売買してるんだ。それで、父さんが訪れた小さな村で俺の父さんと母さんは出会った。
その時、二人の間に俺が生まれたんだけど。父さんはそれを知らないまま村を出て行ってしまっていた。二人は愛し合っていたけれど、旅に母さんを連れて行くにはあまりに母さんは体が弱かったし、父さんには秘密があったから。
父さんにはその時、この町に残してきた奥さんがいたんだ。その奥さんとの間にも二人の娘がいて、とても母さんをこの町に連れて来られる状況じゃなかった」
この時点でサターンの頭はパンク寸前だった。
「ん? え? リリーのお父さんはリリーのお母さんが好きだったけど、奥さんも別にいて、リリーのお母さんにそれを隠してたってこと?」
混乱するサターンの様子を見て、リリーは自嘲気味に微笑んだ。
「そういうこと。それで母さんは女手一つで俺を育ててくれてた。別に裕福じゃなかったけど、幸せだったよ。でも、俺が生まれて何年も経ってから、父さんは母さんを迎えに来た。奥さんが亡くなったから。母さんは前の奥さんがいたってことを、この町に連れて来られてから聞かされた。騙されたようなものだよな。そしていきなり、前の奥さんの二人の娘を紹介されて、これからはこの子達も実の子として可愛がってくれって言われた。母さんは頑張ったよ。二人の娘のお母さんになろうと努力してた。でも、二人の方は受け入れなかった。
気持ちは分かるよ。自分の母親が生きていたときに父親が別の女との間に子供作ってたなんて、それだけでもショックだよな。その上、母親が亡くなった途端に父親はすぐその女を連れてきて、今日から彼女が母親だ、なんて言われても受け入れられないのは当たり前だ。
だから二人は……姉さんたちは、父さんが帰って来ないのをいいことに、母さんを徹底的にいじめることにした。母さんは姉さんたちよりよっぽど美人で、気立ても良くて、町のみんなからもすぐに好かれたような人だったから、姉さんたちの嫉妬心に火がついてしまったらしくてね。母さんと姉さんたちは親子ってほどは歳も離れてなかったし。
姉さんたちは母さんと俺を使用人みたいに扱った。家の掃除をしたり、買い物に行ったり、ご飯を作ったり。それ自体は父さんが来る前もやっていたから大して苦じゃなかったけど、姉さんたちはいつも母さんと俺をぶったり物を投げつけたりしてた。それだけは辛かったな。
母さんはあるとき俺に魔法をかけてくれた。頭に魔法の粉を振りかけて、前髪を伸ばしなさい、そうすれば姉さんたちにいじめられなくなるわって。言う通りにしたら、本当に姉さんたちは俺のことをぶったりはしなくなった。代わりに、母さんばかりがぶたれるようになったけど。
町の人たちは、そんな姉さんたちと俺たちの関係を心配してくれていた。困ったことがあったら、何でも相談しなさいって言ってくれてね。でも、それを姉さんたちが知って、二人はもっと機嫌が悪くなった。だから、町の人たちに相談なんて出来なかった。相談してたら良かったのかもって今は思うけど。
うちの屋敷には大きな庭があってさ。そこそこ大きい池があるんだ。ある朝俺が起きたら、母さんが屋敷のどこにもいなくて。家中探し回って、母さんが池に浮かんでるのをやっと見つけた。俺が見つけたときにはもう、母さんは息をしてなかった」
母親の死の光景を思い出して、リリーは涙を流していた。サターンはあまりに衝撃的な告白に、驚きを隠せずにはいられない。
「姉さんたちは母さんが足を滑らせたか、自分で飛び込んだんだろうって言ってた。でも、そんなはずないと思う。きっと姉さんたちが母さんを……」
「リリー……」
慰めの言葉も思い付かないサターンに、リリーは笑う。その笑顔は苦しげで、悲しげで、切なげで。見ているサターンの方が辛くなった。
「本当はさ、ここでこんな時間までサボってるとヤバイんだ。昨日もどこに行ってたんだって言われたし。姉さんたちは町であまり好かれていなくて、それが気に入らないみたいなんだ。俺は母さんと違って美人じゃないのに、町の人たちが俺の味方ばっかりするからね。姉さんたちは嫉妬深くて、怖い人たちだから。きっともうすぐ、限界が来るよ。俺も、あの人たちの嫉妬心に押しつぶされて殺されるんだ。そう覚悟してたけど、最期にサターンみたいな友達が出来て良かった。俺と母さんのこと、ちゃんと伝えられて良かった」
そう言う彼は今にも消えてしまいそうで、サターンはその手を強く握って言う。
「ここにいたらリリーは幸せになれないってことだよね?それなら、一緒に行こう。僕と一緒に違う場所へ行こうよ。一緒なら絶対大丈夫だよ!」
けれど、リリーは悲しそうに首を振った。
「他の場所に行ったって、居場所なんかないよ。生きていく術も俺は持ってないし。何も出来ない子供を受け入れてくれる場所なんかあるもんか」
「そんなの、やってみなきゃ分からないじゃない! 僕だって今まで故郷を出たこともなかったけど、仲間と一緒だからここまで来られたんだよ。リリーも、一緒ならきっと大丈夫だよ」
「……それでも、俺は母さんとの思い出があるこの町を出て行くことはできないよ」
リリーの意思が固いことを知って、サターンは俯く。
「……分かった。じゃあ、せめてリリーの家の前まで送らせてよ」
「分かってくれて、ありがとう」
※※※
リリーの屋敷の前まで行くと、何故かそこには人だかりが出来ていた。なにやら言い争っている声が聞こえる。
「あんたら、リリーを酷く扱いすぎじゃないのかね? 前からずっと疑っていたが、あんなにあからさまな虐待をして許されると本気で思ってるのか!」
「うるさいわね、これはあたしたち家族の問題でしょう!? あんたたちに口出しされる筋合いないわ!」
町の人々とリリーの姉の片方が口論していたのだ。周りには野次馬が集まっていて、その姿は人だかりに紛れて見えない。
「何だこれ……!」
「リリー、今家に帰るのは危険だよ! 一回僕の宿屋に……」
サターンが声をかけようとしたそのとき、背後から女の声がした。
「お帰り、リリー」
二人が振り向くと、そこには不自然に微笑んだ一人の女性が立っていた。さほど美しくはない顔、やたら高そうなドレス、そしてその手にはキラリと光るナイフ。
「そして、さよならよ」
彼女は青白い顔をしてそう告げると、ナイフを向けたままリリーに向かって走ってきた。リリーが殺されてしまう。そう思ったサターンに出来たことはたった一つだけ。たった二人、頼れる仲間の名前を叫ぶことだけだった。
「ルトロス! フェルシ!」
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