第10話 いつか来るそのときに

 翌朝、リリーと会うのが楽しみ過ぎて、サターンは普段なら考えられないほど早く目が覚めてしまった。太陽はまだ昇ったばかり、賑やかな町もまだその喧騒を取り戻していない。サターンは起きてすぐに全ての支度を整えて、隣の部屋で眠るルトロスとフェルシに会いにいった。

周りの迷惑にならないように、控えめに扉を叩く。すると程なくしてフェルシが部屋から滑り出てきた。部屋の様子が見えないくらい素早く扉を閉める。


「おはよう、サターン」

「フェルシ? もう大丈夫なの? なんか、いつもより目が赤くない?」


 一日ぶりに見たフェルシは一見全く変わりなかったけれど、真っ赤な瞳の色がより赤く染まっているように見えた。まるで血のような赤に見えて、サターンは戸惑う。


「ん? ああ、昨日からずっと寝てたから充血したんじゃねーかな? ま、気にしないでくれ!」

「そ、そう? じゃあまあいいけど……ルトロスは?」


 そう尋ねれば、フェルシは苦い顔をした。


「それなんだけどさ……俺の看病につきっきりだったせいで、あいつちょっとダウンしちゃっててさ。悪いんだが、あともう一日だけこの町で休ませてやってもいいか? 明日の朝一番で出発するからさ」

「いいよ!」


 サターンは思わず即答してしまう。あまりに明るい返事にフェルシは面食らったものの、サターンが予想に反して機嫌がいいことに安心したらしかった。


「お、おう。なんか機嫌いいな? この町ってそんなにいい場所だったのか? それなら今日も自由に遊んできていいぞ。暗くなる前に帰って来いなー」

「わかった! じゃ、行ってきます!」


 そういうなりすごいスピードで宿屋を駆け出していったサターンの後ろ姿をフェルシは微笑ましく見つめる。彼の姿が見えなくなって、フェルシは一つ小さなため息をついた。誰にも部屋の中を見られないよう再び素早く扉を開けて中に滑り込む。無防備にベッドで眠るルトロスを見て、フェルシはその脇に座り込んだ。


「いつか来るそのとき、本当のことを知ったら、あの子はどう思うのかな」


 隠し通せないほど露わになった相棒の真実の姿は、とても愛し子に見せられるものではなくて。自分の真実だって決して知られたくはない。けれど、自分たちが隠し事をすることで、サターンの気持ちが離れていくこともよく分かっていた。


「ねえ、ルトロス。俺たちがやってきたことって、正義だったんだよね。俺たち、間違ってなんかいないよね」


 問いかけても、答えはない。いたたまれない気持ちになって、フェルシはうずくまって独り涙を流し続けた。



※※※



 宿屋の前でワクワクしながら待っていたサターンは、リリーのくすんだ茶色の髪がちらりと見えた瞬間、走って彼に飛びついていた。


「うわ!? びっくりした! おはよう、サターン! もしかして待たせた?」

「ううん! リリーと会うのが楽しみ過ぎて、僕が早く起きちゃっただけだから気にしないで!」

「そっか、それは良かった! 今日は俺だけが知ってる秘密の場所に案内しようと思ってさ」

「え、いいの!? 秘密なのに、僕を連れてっても?」

「良いよ。昨日は言えなかったけど、実は俺も友達が出来たのって初めてなんだ……。いつか友達が出来たら連れて行きたいって思ってて。夢、だったから」


 そう言うリリーの顔は真っ赤になっていて、サターンは感激のあまり思いっきり抱きついてしまう。


「嬉しい……リリー、ありがとう!」

「ちょ、離れろよー! 恥ずかしいだろ?」

「えー?」

「ほら、早くいくぞ」

「おっけー!」



※※※



「うわあ……」


 サターンは思わず感嘆のため息をついた。町全体が一望できるその場所は、鬱蒼と茂る町外れの森の中にある。森の中の小高い丘の上に立つボロボロの風車小屋の上の部屋から眺める町並みはまるでおもちゃのようだ。


「すごいね!」

「だろ? ここ、使われなくなった風車小屋なんだけど、町からは森の木に隠れて見えないからみんな知らないみたいなんだ。ここから町を見つめていると、嫌なことを忘れられる」


 町を見つめるリリーの姿に、どこか寂しげな空気を感じてサターンは固く握り締めた彼の手を優しく握る。


「ねえ、リリー。僕で良かったら、聞くよ。君の話。愚痴でもなんでも良いからさ」


 リリーはしばらくサターンを見つめていたが、やがてフッと笑った。


「じゃあ、聞いてもらっても良いかな? 俺の話」


 そうしてリリーの口から語られたのは、あまりに壮絶な物語だった。

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