第9話 新しい友達、現れぬ勇者

「ルトロスもフェルシも、僕にいっぱい隠し事してる! 勇者を倒すために旅に出たのに、二人はそれを忘れちゃったのかな? 何で勇者と戦う前に、二人とケンカしなきゃいけないの! 今までは僕が何を言ってもそうだね、その通りだよ、としか言わなかったくせに! 二人とも大嫌い!」


 サターンは昼下がりの町を、一人ぶつぶつ呟きながら駆け抜けていた。故郷を出てからだんだん自分の知る二人とは違う二人の一面を見てしまって、サターンはむしゃくしゃしていた。思い通りにならないことが多過ぎる。ろくに前も見ないで適当に走っていたせいで、曲がり角を曲がった瞬間誰かに思いっきりぶつかった。


ガツン!ゴロゴロゴロゴロ!


「いたっ!」

「うわっ!?」


 何かが転がり落ちる音がして、サターンは振り向く。そこには沢山の丸い芋が転がっていた。


「ごめんなさい!」


 サターンは慌てて謝り、芋を拾い集める。ぶつかった衝撃で立ち上がれないままの相手が持っていた紙袋に芋を詰め込むと、手を差し伸べた。


「大丈夫ですか?」


 その言葉に、下を向いていた相手が顔を上げた。お世辞にも綺麗とは言えないくすんだ茶色の髪が胸元あたりまで伸びている。前髪はその両目を覆い隠してしまうほど長かった。


「あ、ありがとうございます……。こちらこそ避けられずすみません」

「そんな! 前を見てなかった僕が悪いんです。あなたは謝らないで」


 話をしていてサターンはその相手が自分と同じ年頃の少年だと気づいた。故郷の町で子供は自分しかいなかったから、同年代の人に会うのは彼にとって初めてだった。彼の中で好奇心が生まれる。


「えっと、もしかして僕たち同い年くらいかな? 敬語やめてもいい? 僕、サターン。君は?」


 にこりと笑いかければ、相手も微笑み返してくれた。


「リリー。敬語なんかいらないよ。多分同い年くらいなんじゃないかな?よろしくな」

「よろしく!」


 リリーと名乗る少年に、サターンはキラキラした瞳を向ける。


「ねえ、リリーはこの町の人? 良かったら町を案内してくれない?」


 その言葉にリリーは困った顔をしてしばし考え込んでいたが、やがてこう提案した。


「この芋を家に持って帰らなければいけないんだ。その後なら案内してあげられると思う」

「本当? 全然いいよ! 僕、今日一日やることないんだ。君の家までついて行っていい?」

「もちろん!」

「やった!」



※※※



「うっわ……なんか、すっごい大きな家だね」

「まあ、そうだね……。父さんがこの町一番の商人なんだ」

「こんなに大きな家なら使用人とかいそうなのに、リリーが家のお仕事やってるの?」

「俺は居候させてもらってるようなもんだから。住まわせてもらえるだけでありがたいよ」


 サターンはリリーの服が目の前の豪邸にそぐわないぼろぼろのものであることに気づいて思わず尋ねてしまう。


「居候? リリーはここの家の子じゃないの?そんなにぼろぼろの服を着せられてるのはどうして?」

「……ちょっと、色々あってさ。芋を置いてくるから、少しここで待っていて」


 リリーは苦笑いをして、そう告げると家の中に消えて行った。サターンは本日二度目の置いてけぼりを食らって、ちょっと悲しくなる。けれど、リリーはどう見てもワケありっぽくて、文句を言うわけにもいかなかった。


「……やっぱり、ルトロスとフェルシって優しいのかな。僕のやりたいこと、なんでもやらせてくれてたもんね」


 そう呟いてから、ぶんぶんと首を振る。


「いーや、絶対あんな二人許してやらないんだから!」


※※※



「ごめんな、待っただろ?」


 小走りで豪邸から出てきたリリーは申し訳なさそうに手を合わせた。サターンは笑って首を振る。


「そんなことないよ! それより、早く町を案内してよ!」

「分かった。じゃあまずは市場に行こう!」



※※※



 この町はサターンが見たこともないくらい、賑やかでありながら治安の良い町だった。市場には美味しそうな野菜や果物が所狭しと並び、色とりどりの衣服も売っている。大道芸人や吟遊詩人も広場で歌い踊っていて、町のみんなが楽しそうだった。


 だからこそ、サターンはリリーのぼろぼろの服がより不自然に見えた。町の住人に彼ほどぼろぼろの服を着た人はいない。それに、住人たちがリリーを見て口々に声をかけてくるのだが、みんな優しくも哀れみのこもった視線を彼に向けていた。そんな人々に、リリーは明るく朗らかに挨拶を返す。その姿は健気で、どこか痛々しかった。


「これでもう町の案内できるような所は全部行ったかな……。満足してくれた?」

「うん、すごく良い町だってことがよく分かって楽しかった。ありがとう、リリー」

「気にしないでくれよ。俺も、久し振りに町のあちこちに行けて楽しかった」

「……ねえ、リリー」

「ん?」

「僕、リリーとはさっき会ったばっかりだけどさ。同い年くらいの子供にあったことが今まで一度もないんだ。だから、リリーと友達になりたい!」


 サターンは一世一代の告白とでもいうように、顔を真っ赤にして必死に告げた。リリーはその必死さに驚いていたが、やがてにっこり笑って頷く。


「もちろん。俺も、サターンと友達になりたいな」

「本当? じゃあ、今から僕たち、友達かな?」

「ああ、友達だよ」

「やった!」


 もう空は夕焼け色に染まっていた。リリーはハッとする。


「もうこんな時間か! 今日は時間が経つのが早かったな……。夜ご飯を作りに帰らなくちゃ。サターンは明日も町にいるのかい?」


 その問いかけにサターンは戸惑った。フェルシもルトロスも様子がおかしかったし、何か隠しているようだったから、明日の予定すら聞けていない。悩んだ末にサターンはある結論に至った。


「僕がいたいって言えば、きっとあと一日くらいここにいてくれると思う! だから明日も一緒に遊ぼうよ!」

「本当かい? じゃあ、サターンの泊まってる宿まで迎えに行くよ。また明日な!」

「うん、また明日!」


 リリーと別れたサターンは、明日のことを想像しながら上機嫌で宿へと帰って行った。



※※※



 魔王ロベリア・セシリフォーリアは戸惑っていた。勇者が選ばれたという神託が下ってから、彼女は臣下と共に勇者を返り討ちにする準備を進めていた。しかし、待てども待てどもその知らせが来ないのだ。勇者が魔王城に向かっている、という知らせが。そしてとうとう、その事実が明らかになった。各地を回って情報を集めていた臣下たちが戻ってきて報告するのを、彼女は憂いを帯びた表情で聞いていた。


「これは一体どういうことなのかしら……?」


 勇者に黙って殺されるつもりは無い。万全の体制を整えて、迎え撃つつもりだった。だがまさか、こんなことになるとは思ってもみなかったのだ。


「勇者が、未だに見つかっていないなんて」


 迎え撃つべき敵が存在しない。戦略を考えようにも、これではどうしようもなかった。勇者が魔王軍の目を逃れて存在しているというわけではない。勇者の条件である、勇者の剣を抜いたものがいないというのだ。この世界の勇者は未だ見出されていない。それだけは明らかだった。


「白い髪に、桃色の瞳、勇者の剣を抜ける者……」


 ロベリアの鈴のような声が、勇者の条件をそらんじる。その声色はどこか、未だ現れぬ愛しい人を待ちわびる乙女にも聞こえた。

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