外伝其の七
「あーつーいー。」
玄関が開くなり惠末の気だるそうな声が聞こえてきた。
「おかえり。」
惠末と過ごし始めて初めての夏。
山奥でさえ、例年の涼しさと裏腹に異常な暑さであった。
「だよなー。もう少しだけ耐えてくれ。」
集中力が維持できなくなった惠末は動物の姿へ戻ってしまった。
そこで、秀耶は氷柱を少し砕きタオルに包むと首に巻いてあげた。
「ほい、氷。」
エアコンの設置が来るまでの間、氷柱を置き毎日を耐え忍んでいた。
「秀耶はよく大丈夫ね。」
惠末の参った表情が日陰でもよくわかる。
「まあな・・・。と言いたいところだが冷蔵庫に寄りかかりっぱなしだ。」
冷蔵庫ドアにもたれかかると多少ひんやりしていたが無いよりはマシであった。
「それ、腰が痛くならない?」
惠末は苦笑していた。
「それも含めて限界だ。」
すると、チャイムもないのでドアをノックする音が聞こえた。
「はーい。」
返事をして動物の姿のまま飛び出そうとする惠末を制止して抱きかかえドアを開けた。
「どうぞ~。」
一瞬、声と性別が一致しなかった作業員の顔が一瞬キョトンとなる。
「荒川さんのお宅ですね。よろしくお願いいたします。設置場所の確認を先にさせていただきますね。」
「では、こちらへどうぞ。」
エアコンはリビングダイニングと惠末そして自分の部屋に設置をする。
指示を終えるとテーブルの椅子に腰を掛けた。
「狐がいらっしゃるんですね。」
そういえば、まだ抱きかかえたままだった。
「ええ、ちょっと住み着いちゃいましてね。」
その言葉に反応し秀耶を見つめ眉をひそめ、秀耶には機嫌がわるくなるのがよくわかった。
「(あっ、言い方、まずったな。)」
惠末は抱えられていた腕からスルッと抜け出すと自分の部屋に引っ込み、それを作業員達と一緒に見送った。
「あら、行っちゃった。では、始めますね。」
まずはリビングから取り付けてもらう。
手慣れたものだ。
一人は室外機を設置し配管を部屋の前まで通し、もう一人は壁に穴を開けはじめた。
一時間半ほどで下準備が終わり秀耶の部屋から取り付けがはじまった。
惠末がいつの間にか台所に戻ってきていてカキ氷を作っており、秀耶は嫌な予感しかしなかった。
「カキ氷をどうぞ。」
他人行儀に出来上がったカキ氷を出す惠末の顔が少しニヤついていた。
秀耶は覚悟を決めてスプーンを手に取った。
「いただきます。」
香はなく透明のシロップ。氷の冷たさで感覚が一瞬マヒするがすぐに襲ってきて顔が歪む。
「ん゛っ!!」
よりによって激辛だった。
顔を真っ赤にしながら咳き込み、台所へ向かい水を飲んだ。
「仕返しじゃ。」
意地悪気に微笑んでいた。でも、やはり惠末だった。
「はい、口直し。」
ひぃひぃしている横で新しいカキ氷からスプーンですくい差し出してきたので口にする。
「ん、甘い。」
仕返しが終わったら気が済んだようだった。
「ごめん。」
秀耶が口にすると惠末が口を開く。
「わかればよろしい。」
取り付けも終盤にさしかかったので氷柱の大半は不要になる。
大きめのブロックを切り出してお昼の準備に入る。
「大したものしかないですけど、皆さんも休憩がてらどうぞ。」
作業員たちにも振舞ったのは氷の器に入ったそうめん。
「んー、ちべたい!」
さっそくつゆにくぐらせ、啜って食べて呟いた惠末の顔は満足げだった。
「それはなにより。」
細切りにしたハム、卵焼き、キュウリと一緒にあっという間に平らげてしまった。
食事が終わると後半戦がはじまった。
ソファーでゆっくりテレビを見ていると時間があっという間に過ぎていく。
くっついてきて暑いけどしあわせな時間。
ウトウトしてきた途端に足元を涼しい風が流れた。
「終わりましたー。」
作業員から声がかかり現実に引き戻され、時計を見ると午後三時を過ぎていた。
「ありがとうございます。」
秀耶はお礼を言うために立つと片付けをはじめていた。
ほどなくして片付けも終えて車に乗り込む。
「お気をつけて〜。」
道中の水分補給を兼ねて竹筒に入れた冷茶を人数分手渡した。
「やっと終わったね。」
声が聞こえたリビングを見ると惠末がさっそくエアコンの下に陣取り涼んでいた。
「風邪引くなよ〜。」
惠末を気遣い優しく声をかける。
「はーい。」
山の夜は早い。
存分に涼んでいる間にまだ少し早いが夕食を秀耶は作りはじめた。
軽快な包丁の音が台所から聞こえてくる。
少しすると炒める音がし、醤油の香ばしい香りが漂って惠末がつられてやってくる。
「ごっは〜ん。」
声が聞こえ振り返るといつの間にかダイニングテーブルに座ってこっちを見ていた。
「だよ~。」
皿に盛りつけ終わると箸と一緒に食卓へ運ばれる。
「はい、そうめんチャンプルー。」
温かい具沢山のそうめんのごちゃ混ぜ炒めを見るなり、
「冷たいのがよかったなー。」
と言うが冷たいものばかりも身体によくないので
「だーめ。冷やしてばかりじゃ身体壊すよ。」
と秀耶は返した。
渋々了承し、箸を手にとり口にする。
「ほわっ。」
心地よい温かさが身体に染み込んできてようやく惠末は理解する。
「うん、悪くない。ホッとする。あの時の感覚と同じだぁ。冷たいものばかりはダメね。」
惠末は倒れて助けられた時のことを思い出しながら幸せそうに食べていた。
その顔を見つめていると
「なに?」
と声がかかる。
「いや、おいしそうに食べてるなって思ってさ。」
あの雨の日、助けて一緒に暮らす決意をしてよかった。
そう思う秀耶であった。
狐な彼女 あらや @SANYA
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