外伝其の六

共存への第一歩を踏み出し、これまで隠れていた情報が一気に集まってきた。

その中で注目すべき対象。

正体不明、神出鬼没のサーカス団。

情報が出てこないにも関わらず観客は集まり見世物が行われていたという。

見たけど場所がわからない。そんな声ばかりだった。

本当にあるのか眉唾もので半ば諦めていた。

楽しむ人がいる反面、見て嫌悪するものも少なからずいた。

世界が変わったことで情報の届け先が定まる。


ある日、一通の手紙がポストに届いた。


『サーカスを見た。』


それだけ書かれていた。

差出人はおろか、消印もない。

手紙、空間に残った臭い、痕跡を頼りに自宅を探し出した。

インターホンを鳴らす。

気配があるのになかなか出てこない。

諦めずに鳴らし続けた。

「はい。」

ようやく返事が返ってきた。

「手紙の件で来た。」

インターホンが切れる音がして少しすると玄関の鍵が開き声の主が現れた。

情報提供者は感じるかぎり普通の人間であった。

「おじゃまします。」

そのまま家に上がると部屋に通された。


「半妖というのに興味がり、一度見てみたいと思って調べてるとサーカスのことが出てきました。場所、日時は調べても全く出てこない。」

「まあ、そこまでは私たちも同じだな。」

「諦めて、忘れかけていた頃にポストに差出人不明の手紙が入っていたんです。開けてみると日時と場所が書いてあったんですが目を通すとすぐに消えました。それがこれです。」

一見、何の変哲もない封筒と紙がテーブルの上に置かれた。

「ただの封筒と紙に見えるけど、僅かに力の痕跡があるね。」

惠末​はすぐに見破った。

「いわれると確かに。この手紙自体、式神の媒体になってたみたいだね。」

「なってた?」

「うん、今は機能してないね。運搬に使われただけなのかな。」

「消えてなにもなくなったら普通は捨ててしまうだろうから燃えて証拠も残りにくいってことね。」

「それに万が一、拾われても何も書かれてないし心配はない。」

なのになぜ投書をしたのか疑問に思い男に尋ねた。

「ねえ、なんで投書しようと思ったの?」

「書いてあった通りの日時にそこへ向かいました。」

「楽しかった?」

一瞬、男は口ごもった。

「そうですね。人には絶対に真似もできないことが次々を繰り広げられ心が躍りました。」

その正直すぎる感想にちょっと惠末​がむくれていた。

「サーカスが終わった後、スタッフに声をかけられてステージ裏へ案内されたんです。そこでは売買が行われていました。」

売買という言葉に秀耶​の表情が歪む。

「見世物だけじゃなかったのか。」

「はい。見るだけなら楽しかったで終わってたかもしれません。少なく見ても三十人が檻に閉じ込められ売られていました。その場で痛めつける者、犯しはじめる者色々といて嫌悪しました。」

「その中、なぜか惹かれて一人の元へ足が向きました。真っ直ぐな目で私を見ていて『助けて』と頭の中に聞こえてきたんです。」

「それで連絡をくれたわけか。」

「違うとはわかってますが、お金を払ってでも自由にしてあげたい。そう思って金額を確認して絶望させられました。到底払える額ではなかったんです。」

「で、そのまま帰ってきたわけね。まあ、よくも記憶も無事で。」

「そこなんです。落胆していると取引きを持ち掛けてきました。」

「取引き?」

「はい、これも間違ってるということはわかってます。」

「秀耶。」

「ああ、わかってる。」

男が取引きと言葉にした辺りから気配の数が尋常じゃないほど増えていた。

突如として声が響いてくる。

「よくやった。女はくれてやろう。」

「お二人を誘い出し引き渡すこと。それが条件だったんです。」

人間ではそれくらいが精一杯だった。

「さすがに近すぎる。一般人を巻き込むわ。」

「しゃーない。一旦、捕まっておきますか。」

秀耶は札を一枚取り出し、男に手渡す。

「今度は守れるようになれ。」

二人は捕まりサーカス団へ連行された。


「ともかく、潜り込むことには成功したな。」

「そうね。こんな格好で鉄格子に入れられるとは屈辱だわ。」

そう、身包み剥がされて鉄格子の中にいたのだ。

「ようこそ、我がサーカス団へ。」

リーダーらしき者が現れた。

「んー、どこかで見たような・・・。」

「私はたぶん知らんな。」

逆光ではっきりは見えなかったが、惠末はどこかで見たことがあるようだったが記憶があやふやだった。

「余裕だな。ずいぶんと舐められたものだ。」

突如、惠末が苦虫を噛み潰したような顔をし、耐えきれずに秀耶は笑った。

「くっくっくっ。」

「なに?なにがおかしいの?」

「今の舐めるってそういうことじゃないから。」

腹を抱えて笑い続けた。

「もう!あとで教えてよ!」

プンスカして少々怒り気味だった。

「なあ、技量くらい見極めようぜ。単体でもどれくらい強いかぐらいわかるだろ?それに人質として役に立つと思った?」

笑うのをやめて真顔に戻り立ち上がった。

「惠末、時間稼ぎは終わりだ。」

他の拉致された者を巻き込むわけにはいかないので大人しくしていただけであった。

「舐められたものだ。」

言い放つと同時に秀耶の力が跳ね上がり一気に式神と防具の展開され、檻を破壊した。

同時に複製体達が施設に姿を現した。

「貴様らなにをやっている!片付けろ!」

だが、声は帰ってこない。

それもそのはず、潜入用に特化させた部隊が制圧を終えていた。

「くそっ、女狐だけでも!」

急いで拳銃を抜いて向けるが誰もいなかった。

「こんなもので始末できると思われてるとは舐められたものね。」

「こう使えばいいのね。」

男の背後に回り爪を向けて納得していた。

「くっ、いつの間に!」

「探すのに手間取らされたけど、中に入ってしまえばあっけなかったな。」


逆光で見えなかった顔を確認した。

「あー!お母さんの研究所にいた人!」

「なんだ、知ってる人か?」

「貴様のせいで研究所を追われたんだ!」

「あら、追われたのは自分のせいじゃない。確かに両親は私欲で自らの体を研究に使い追放されたわ。でもね、目的は同じ生殖能力を取り戻すため。」

「だが、成果を求め戦争は起こった。どう説明する。」

「あなたが変に騒ぎ立てたからでしょうが。」

「だな。私欲で動き偶然とはいえ一時的に機能を取り戻し想いが形になった。そして、生まれた子はこうして失わず維持し続けている。」

「私は神族であり、同時に人間であり、産むこともできる。研究成果なの。そして誰の物でもないの。」

「まだ解析中だけど、分かったこともある。抵抗はあると思うけど、自身の複製体の核を生きたまま取り込むこと。わずかでも機能していることが条件だけどね。」

男のやったことに飽きれながら爪で触れて心を読んでいた。

「母さんのこと好きだったんじゃないの?」

「そうさ、僕も好きだったんだ。でも、どんなに頑張ろうと振り向いてくれなかった!!」

男の声に対し静かに首を横に振った。

「それは違うわ。」

「みんな!後処理はお願いね。ちょっと行ってくる。」

「は~い、いってら!」

秀耶​に見送られ、念のため男を拘束し抱きかかえ跳躍すると神界で使用していた研究施設へ向かった。

「私も再調査がするまでは知らなかったわ。」

「何をだ・・・。」

「見てのお楽しみ!」


到着すると内部へ足を踏み進める。

「拘束を解くけど暴れないって約束して。」

惠末​の真剣な顔に圧倒され了承した。

「わかった。」

お母さんがいた研究室を目指して奥へ進んでいく。

「入口、崩れやすくなってるから気を付けて。」

「ああ。」

「戦いのせいで施設もボロボロで起動できる管理者もいなくなった。破壊命令が出たわ。」

「そうか。」

「唯一と言ってもいい両親との記憶の場所。それももうじきなくなる。で、再調査という名目で歩き回ってたの。」

「・・・。」

一つの机の前で足を止めると引き出しを開けて二通の手紙を取り出し、差し出した。

一つは娘宛、もう一つはその男宛だった。

「でね、こんのがあったの読んでみて。」

そこにはこう書いてあった。


『これを読んでいるということは何かしらの縁があって手元に届いたんだと思います。

戦乱の世も終わったでしょうか・・・。

私は今の主人が大好き。彷徨い歩いてた時に声をかけてくれて優しくしてくれた。

それだけじゃない。

いつも居場所をくれて、身体のことを真剣に考えてくれた。

最初は悩みを打ち明けて少しでも気持ちが楽になればと思っただけだった。

でも、研究所では見せない彼のお茶目な部分にも触れていくうちに子供が作れなくてもいい、傍に居たい彼を支えたいと思うようになったわ。

けど、やはりあの人の子供が欲しいと思うようになった。

あの人も同じだった。私の子供が欲しいって思っててくれてた。

それからは自分の身体も使って研究を続けてた。

でも、同時にあなたが私に好意を寄せていたことに気付いていました。

気持はとても嬉しかった。

でも、目の前のことで精一杯だったんです。二人同時に同時には愛せない。

どう伝えたらいのか言葉に出来ず、伝える勇気もく、娘が産まれ戦乱が起き双方に多くの死者を出す結果となりました。

あなたの想いに気付いていながら返事をできなかった自分に怒りが募ります。

やがて、監視が付き手紙を出そうにも出せなくなった。

主人の無事は気配で確認できてもあなたの痕跡がどこにも見当たらない。

そのころから半妖を使うサーカスの話を耳にするようになり攫われる者が増えていった。

嫌な予感がしてたまりません。

元気で過ごしていますか。それだけが心配です。

もし、この手紙を誰か読んでいて渡してくれる願っています。

それとお願いです。

私のせいで過ちを犯したのです。どうか彼を責めないでください。』


男が自分宛の手紙を読み終えると惠末​は自分宛の手紙を差し出した。

「私宛だけど読んで。」


『愛しい私の娘、この手紙を読んでいるということはおそらく私はそこにいないのでしょう。

嫌な予感がするのです。

再びここに足を入れられたといことは戦乱が収まったことを意味するのでしょうか。

戦乱がはじまったその時から耳にするようになった物怪を見世物にするサーカス団、同じ研究所で働いていた人が関係しているような気がしてしょうがないの。

でもね、彼が幕を引いているのであれば、私のせいなんです。

私に好意を寄せてくれていた。

でも、二人同時には愛せない。

一人を愛すること、子供が欲しくて精一杯だったの。

どう伝えたらいいのか分からず、勇気もなかった。

それが彼を狂わせ戦乱を引き起こす引き金となった。

私はそこにいないかもしれない。

許しあげてとは言いません。でも、どうか、どうか彼を責めないであげてください。

あなたが無事で伴侶が見つかって幸せならそれでいいの・・・。』


「どう思だった?誰にでも思い違いとすれ違いはあるものなの。伝えられずにいた苦しい気持ちだけはわかってあげて。私からは以上よ。」

「君は恨んでないのか・・・。」

「んー、恨んでないって言ったら嘘になるよ。でも、恨んだところで全てが元に戻るわけじゃないしどうしようもないじゃない。」

ゆっくりと部屋を回りはじめた。

「それにね、今は感謝してる。お陰で今の主と出会えた。」

「で、新たな架け橋になることができて皆が正体を明かすようになると人間界の至る所にいるのがわかって、あれだけのことがあったのに人間のことが好きなままでいてくれたんだなって。」

「既に私達と同じように暮らしてたんだと思うと胸がきゅんきゅんしちゃった。」

「私たちはオープンにする機会を作っただけなんだもん。落ち込むこともあったけど、受けいるてくれる方が多くて微笑ましかったわ。」

「あなたも母を愛してくれた。その気持ちは今でも変わらないのよね。涙がその証拠。」

男は泣き崩れていた。

「俺はなんてことをしてたんだ。愛してたのになぜ!」

母に変わり男をそっと抱きしめた。

「もういいの。辛かったよね。」

「サーカス団は解体すると約束しよう。」

「サーカスはそのままでいいんじゃないかな。やり方はあれだったけど、皆で楽しくやればお客さんもより楽しいわよ。それにお客から楽しかったって聞いたよ。」

惠末はニコニコして男を見ていた。

「そうはいかんぞ惠末。」

久々に感じる重圧。振り返ると大国主命が立っていた。

「戻ってきて昔を懐かしんでるのかと思って見にくれば男連れか。話は聞いている。例のサーカス団の長だな。」

「はい。」

「惠末よ。誰かが責任を取らねばいかん。」

腰にぶら下げた剣をおもむろに抜きはじめた。

男の前に惠末が立ちはだかる。

「待って!」

「どけ、今ここで責任を取ってもらう。」

本気だった。身体が動かない。

剣を突き刺すと惠末の頬をかすめ男を貫いた。

「これで男は死んだ。」

伸びた髪の毛だけ切り落とされさっぱりした頭になっていた。

「生きてる?」

「これで死んだ。今から誠と名乗るがよい。生きて償え。」

男は深々と頭を下げると帰っていった。

「よかったね。皆への説明と協力は手伝うよ。最高のサーカスを披露してと最高の自分を愛してあげなさい。きっと、あなたにも最高の人が現れるわ。」


今後のことを話しながら帰ると空になっているはずのテントに誰かいた。

「団長、おかえりなさい。」

「私は必要なさそうね。いってらっしゃい。」

男の背中を推して送り出した。

「なぜここに、酷いことをしたのに・・・。」

「たしかにそうですね。内に秘めた想いを知っていました。でも、あなたはあの人しか見えていなかった。傍にいることしかできなかった。」

男に歩み寄り手を握った。

「いつか戻ってくる時のためにこの場所を守りたかった。時間はありましたから。」

「ありがとう。」

それまで暗かったテントに明かりが灯った。

「こ~ら~、二人だけでいい感じになってるな~。」

客席からヤジが飛んでくる。

男には見覚えのある顔ぶれだった。

「おまえらもどうしてここに!」

「少なくともここにいる皆はお帰りをお待ち申し上げてました。」

「裏でやってたことはあれだったけど、サーカスは好きだったぜ。」

「自分の能力も発揮できるしね。」

「サーカスの時は団長も生き生きとしてたしね。」

「団長がいないと始められないの!」

遅れて秀耶もテントに入ってくる。

「よお、色男。仲間もいるし、想ってくれる人もいるじゃないの。」

膝をつき、床を叩き涙を流していた。

「くそっ、こんなにも付いてきてくれる人がいたなんて、なんてことを・・・。」

そっと惠末​が声をかけた。

「恋は盲目。これからは彼女たちのこともちゃんと見てあげてちょうだい。」

そこへ秀耶の電話が鳴り響く。

「もしもし。どうもお世話になります。」

「それなら広さは十分そうですね。」

「んー、駅から少し遠いけどなんとかします!」

「はい、もちろんです。その代わりお手柔らかお願いします。」

皆がなんの話だろと注目し、電話を終えると話し出した。

「えー、重大発表があります!」

「サーカスのお引越し先が見つかりました!」

「!!」

「秀耶、いつの間に!」

「二人を見送った後、この先どうしたいかを皆に尋ねたら団長の帰りを待つって言うからさ。どうしたらいいものか考えててね。そしたら施設のスポンサーになりたいって連絡があったのを思い出したんだ。」

「なるほど、サーカスのスポンサーになってもらおうってわけね。」

「それだけじゃない。保護は一時的なものだからいずれは出ていってもらわないといけない。生活に戻れない苦しい子達もいるからどうしたらいいか考えてたのさ。そのまま、自分に合った働き方をしてもらえばいいじゃないかなって。」

「もうそこまで考えてたのか・・・。」

「既に基礎はここにあるからね。あとは団長の帰りとこの連絡を待つだけだったんだ。善は急げだよ。」

秀耶が一回手を叩くと屋外に明かりが灯り、肉を焼く匂いがしてきた。

「ほんとになんと御礼を言ったらいいのか。」

「礼には及ばない。既に至る所で共に生活をしていた。私達が現れたことにより自由な姿で生活できるようになっただけさ。サーカスのことは頼んだよ。」

肩をポンと叩くと立ち上がった。

「あー腹減った!」

惠末は髪を結い食べる気満々だった。

「明日から忙しくなるよ。スタミナ付けてちょうだい!」


翌日から引っ越しをはじめてチラシを配りはじめると『噂のサーカス』としてネットでもたちまち広まった。

初日から大盛況だった。演目内容は毎回変わりリピーターもその度に楽しんでいた。

人離れしている種族だからこそできる芸当でもあった。

「順調そうね。」

「はい。皆が支えてくれるから大丈夫です。もう道を誤ることはありません。」

帰り際の後ろ姿、一人の女性と控えめに小指で手を繋いでいたのが微笑ましかった。

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