第4話 ニートドラゴン、巣立つ。
事前に決めていたように、しぶしぶ行きと同じルートを辿れば、青と銀の鱗にまだらに覆われた竜が待ち構えていた。薄い皮膜は昆虫の翅を水晶で作ったような竜だ。めっちゃ見覚えがある。
やっぱり居たかー。居る方に賭けてたけどさ、正直居ない方にもちょびっと賭けてた。オレってほんとにツいてない。
「!! 風竜……、いや天竜!? こんなところにこんな大物がいるなんて!」
『もう、兄さん! 無視するなんてひどいじゃないか!』
「アインさん逃げましょう!」
『あー、コニー、こいつオレの弟。ドライ、久しぶりだな』
焦るコニーに落ち着けと促し、ざっくりとお互いを紹介する。そうすればドライもコニーを認識したようで、人間にも伝わるように声を調整する。天候を司るドライからすれば声の波長を変えるなど朝飯前だろう。
『コニーさん? よろしくー、兄がお世話になってますー』
「あ、そうもご丁寧に。コニーです。そんなに久しぶりなんですか?」
『そうそう、兄さんとは二百年ぶりくらい? 僕が巣立ってから、
「なるほど」
『コニー、本気で相槌打たなくていいから。悲しくなっちゃうだろ』
たとえ今ギャンブルに嵌ってほぼカジノ住まいだとしてもだ。あんまり納得したようにチラ見しないでほしい。泣くぞ?
あとお前たち仲良くなるの早すぎない? ちょっと寂しい。
『まあそれはいいんだけど。なんだかんだいって母さん心配してたよ』
『マジで?』
『大マジ。ちゃんと魔力吸収できてるのかな、友達できたかな、とかなんとか。ちょっと顔出してやってよ。帰るたびに言われて面倒なんだよ』
『今さらどんな顔して会えっていうんだよ? 大体、
『母さんも強情だなあ』
そういうドライはババアの巣への転移許可をババアからもらっているんだろうなあと思いつつ。
べ、別に気にしてなんかないんだからね!
「似た者親子なんですね」
『そうなんだよコニーちゃん、分かってくれる? いっつも妥協しないから下の僕たちが奔走してさあ。……いや、苦労してるの僕とセシェだけだった』
『いやお前らも大概問題児だったじゃん』
お前もババアの宝物庫から宝石盗みだして散々叱られてただろ? そんで盗んだのをオレのせいにしただろ? あのあと、ババアは宝物庫を新しい空間を作って移動させたんじゃなかったっけか。忘れたとは言わせねえぞ。
『まあ、オレら仕事だから。じゃあな』
『え、働いてるの?? 兄さんが?? ニートまっしぐらだったのに???』
「そこ、ドラゴンなのに? って聞くんじゃないんですね」
『いやー、割と気に入った人間と一緒に空を飛ぶ同族っているよ? 千年に一頭いるかいないかくらいだけど。それにしても、ふーん? 兄さんが真面目に働いてる、友達もできたみたいだって母さんに伝えておくねー?』
『バッ、やめろよ! そのニヤケ顔もよせ!』
『ど~しよっかなあ。せめて伝言があれば違うんだけど~?』
ぐぬぬぬ。兄に対する敬いの念が欠けすぎていると思う。
兄ちゃんはそんな弟に育てた覚えはないぞ!
『チッ』
「ちょっとアインさん、お行儀悪いですよ。いつもですけど」
さっきの家族の別れがちらついて、オレは
やっぱり渡したくないし、仕舞おうかな。そう思ったところで、手紙はドライの風の魔法にさらわれる。しまったと思ったときには、それはドライの目の前に移動していた。
『ん、手紙? 兄さんの字って汚そうだよね』
『……中身見るんじゃねーぞ』
『ええ~、どうしようかなっ、て怖い怖い怖い! 兄さん自分がヤバいって自覚してよね! ちゃんと未開封で母さんに届けるってば!』
怒気を迸らせれば、ドライは即座に
よし。もう用はない。
『ふん、じゃあな』
『え~、もう行っちゃうの?』
『
お前と違って仕事中なんだぞ、アピールすればドライも納得したらしい。
仕方ないな、という雰囲気で頷いた。
『兄さんもモノ好きだよね。ま、今度遊ぼ』
『お前が街に来い。人間の遊びは面白いぞ?』
ギャンブルとか、ギャンブルとか、ギャンブルとか。あああ、思い出したら早くやりたい!!
「ちょっとアインさん? なに弟さんに賭博を教えようとしているんです?」
『別にオレは素人の弟から巻き上げようなんて考えてないぞ?』
「もうっ! 街にドラゴンが来るなんて一大事なんですよ? わかってます?」
『へいへい。んじゃな』
『ばいばい~』
「あ、ドライさんまた!」
邪な思考がコニーにも伝わったらしく諫められたが、楽しいものは楽しいのだ。別に違法じゃないから止められる筋合いはないもんね。
なんだかんだずいぶん話し込んでしまったので、事前に予定していた到着時刻が迫っている。急げば何とかなるだろう。
背を向けて翼をはためかせ、空を置き去りにすれば、赤く沈みはじめた街が小さく見える
「んー、帰ってきましたね」
『そうだな』
街の外周に沿って、正門付近に滑るように着陸する。だいたい予定していた時刻だ。
手続きのための役人たちがわらわらと門から出てきて、箱舟の扉を開けると移民たちが押し合うようにドバっとでてきた。詰め込んだんだからそりゃあ狭かったよな。
そんな中から小さな影が列から
「竜騎士の姉ちゃん、ドラゴンさん! ありがとう!」
「どういたしまして」
『対価はもらっている、気にするな』
「てがみ書くから、ぜったいにかくから。届けてくれるんだよな?」
うるむ目はオレたちを睨む。ちっとも怖くない。
コニーがにこやかに頷けば、半分泣きながら手を振って母親のもとへと駆けていった。
「なにカッコつけてるんです? それとも人見知りしてるんですか?」
『なぜバレたし!?』
契約者だからですね、はい。
逃げよう。竜の肉体を構成する魔力を解放する直前まで緩めて、グッと心臓に引き寄せれば、ほどけるように人型に。むりやり膨大な魔力を収めるのは、いつも胸焼けするような、喉が詰まるような、吐きそうな気分になる。
「んじゃ、オレはカジノに」
「ちょっと! まだ報告書作成が残っているんですけど」
「明日やる! 定時過ぎるし! 今月は給料日! ひゃっはー!」
「ええええ~!」
背中から翼だけ伸ばして、門までをショートカット。灯りはじめた優しい人の営みに、目を細める。
今夜は幸運の女神は振り向いてくれるだろうか。
◇
吹きぬける草原と高い山々を写しとった時空の狭間の
もっとも手のかかっていた息子もようやく巣立ち、空の巣症候群に襲われているのだろう、やや覇気がない様子だ。そんな彼女の目の前の空間が揺らぐ。
『おや、ドライからかい? あの子はマメだねえ、ちょっと前に会ったばかりなのに』
現れたのは手紙だ。彼女も若い頃は人間たちの住む世界でブイブイ言わせていたので、それくらいは分かる。しかし手紙なんて使わずとも、一番上の息子以外には巣への転移魔法を付与している。
直接会いにこずに文字におこしたのはなぜか、と彼女は長い首をかしげた。
『母さん? 兄さんから手紙預かったよ~。元気そうだった~』
『あんのバカ息子!』
罵る声とは裏腹に、手紙に添付されたであろう三番目の子供の声を聞き、彼女は即座に人型になって端のよれた手紙を広げた。
出だしの一行目、「母さん」という文字を書いたのだろう。しかしインクでぐしゃぐしゃに潰し、「クソババア」と上に書き足してある。
二行目の左端にだけ、ぽつ、ぽつと点がある。ペンを置いたものの、結局なにも書けなかったようだ。
『ふん……。あの子らしい』
彼女はぽろりと笑みをこぼした。しばらく眺めてパチンと指を鳴らすと、手紙は彼女の手のひらから忽然と消える。
貴金属や宝石が山とつまれた彼女の宝物庫に、なんの変哲もない手紙が一通足された瞬間だった。
ニートドラゴンは竜便屋さん 不屈の匙 @fukutu_saji
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