第3話 ニートドラゴン、空を飛ぶ。

 というわけで、指名配達の朝。竜舎から外へと開いた離発着上に立ち、封じていた竜の魔力を解放する。

 ぶわり、と風をはらむように人の産毛が逆立ち雪崩のように腕、脚、顔と、漆黒の鱗がびっしりと浮かんでは覆っていく。魔力が表面を渦巻くように飽和した瞬間から、骨と筋肉が音を立てて膨張し、やがて頑強な角と翼と尾が伸びゆき、余剰な魔力が物理的な風となって爆散していった。


『―――――ッ!』


 叫びだしたいほどの圧倒的な解放感を我慢して――最初に本性に戻った時、街中の、というか近辺の生物がことごとく気絶した――グッと首を反らして四肢と翼を広げる。

 やっぱり竜の姿は落ち着く。万能感がヤバい。とはいえ、カジノで楽しむには人型じゃないといけないからそうそう戻らないのだが。


「やっぱり竜の姿のアインさんはカッコいいですね~」

『竜の姿も、だろ? ま、この格好だとカジノに出入りできないからな』


 コニーは弾むように竜騎士の装備を整えていく。オレサイズであつらえた特注サイズだ。よほど空を飛ぶのが楽しみだったらしい、鼻唄さえ聞こえてくる。

 オレはオレで、領主が用意していた移民運搬用の箱舟を異空間ポケットに仕舞いこんでいく。うへえ、わかってはいたけど結構あるな。これは運ぶより収容の方が面倒かもしれない。


「荷物よーし、鞍よーし、飛行帽よーし、安全よーし、離陸準備よーし」

『へいへい。時空結界ルアン・ゼ・アブテーレ快適空間ゲッセルシャフト

「アインさん、出発しゅっぱーつ!」


 騎乗者を守る魔法をかけて、青い空へと滑りだす。あっという間に領都は眼下に遠くなる。

 しばし日常ギャンブルとはお別れだ。辛い。


「ん~、いい景色ですね~。騎竜だと私が指示出したり魔法使わなきゃいけませんから、景色を楽しむ余裕なんてないですけど」


 一般的な騎竜の竜騎士の場合、騎乗者を保護する魔法は自分でかける。コニーも自分でかけられるが、どうせ大した手間ではない。コニーを疲れさせて仕事が延びるより、さっさと片付けて遊ぶ方が有意義だ。


「にしても平和だなあ」

「この山脈越えでそんな台詞が言えるのアインさんだけですからね? めちゃくちゃ強い気配ありますからね? アインさんに怯えて逃げてますけど」


 雲の山々をときおり突き抜け、誰もいない、飛行する魔物たちさえいない空を悠々と進む。大穴を当てた時ほどではないが、びゅうびゅうと吹きすさぶ嵐を切っていくのもなかなか爽快だ。

 ……ん? なんか今ごつい魔力に突っ込んだな? 竜の巣ドラク・ガルデン並みの。しかもなんか覚えがあるような……?


『あれ? この気配……、まさか兄さん?』


 げ。ドライじゃん、しかもババアの一番のお気に入り。スルーだな!!!


「アインさん、なにか言いました?」

『……ん。気のせいだ。気にするな』

「言い淀むなんて珍しいですね、いつも減らず口が止まらないのに。まあ、難民の方たちも待っているでしょうし、急ぎましょうか」

『そうだな』

『え!! ちょ、兄さんってば! 無視するなんてひどいよ!? おーい! 兄さんのあほー、どじー、まぬけー! 母ちゃんでべそーーー!』


 しかも仮契約のせいか、中途半端にコニーにも聞こえていたらしい。せっかく促されたことだし、早々に離脱することにする。

 加速する背中にセンスのない挑発が届くが無視無視。つーかそれお前の母さんでもあるんだが?


「……アインさん、今、私のことでべそって言いました?」

『言ってねえよ! 第一、異種族のメスの腹になんて興味ねーよ!」


 とばっちりもいいところだ!

 コニーが楽しんでいるから多少のんびり飛んでいたけれど、本気でさっさとこの辺りを離れよう。あと三回くらいはばたけば着くはずだ。


「わ、はやっ……! こんな速度まででたんですか!?」


 ってわけでコニーが驚いてるうちに着いた。上空を旋回すれば、焼け焦げて魔物の血に染まった大地が目に入る。ついでに火葬の煙も。隣の領の中でもかなり大きな都市だが、街の外壁は半壊し家々も瓦礫と化している。


「アインさん、南の白い旗は見えますか? そっちに移民が集められているそうです、信号が来ました。そちらに寄せてください」

『ほいさー』


 オレの上で手旗のやりとりをしていたらしい。こればかりはオレも覚える気にならない、というか、竜の手は旗を振るのに適さない。

 それはともかくとして、指示通り白い旗の側に着陸し、広く空いたスペースに箱舟を取り出せばオレの仕事はいったん終了。近くに陣取って寝そべる。久々の日光浴はオツなんだが、死臭が鼻に突くので台無しだ。快適空間ゲッセルシャフトっと。

 コニーはオレから飛び降りると、こちらで待機していた役人たちとクルクルと働きはじめた。元気だなあ。

 こちらの役人に任せればいいものを。


「なあ、竜騎士の姉ちゃん、父ちゃんも乗せてくれよ!」


 だから面倒ごとに巻き込まれるんだ。

 大方、男手は街の復興に残し、子供やその母親は移民として外に預ける算段なのだろう、ここの領主は。泣きそうな子どもの声を聞き、様子を窺うべく横に目を向ける。コニーまで悲しまなきゃいいが。


「申し訳ありませんが、シェースバーグ領で受け入れられる方は、この街の領主さまから割符を持っていらっしゃる方のみです。例外は認められません」

「こら、エル。わがまま言っちゃいけないよ。昨日さんざん話し合っただろう?」

「でも……」


 お。存外素直。子供が父親に抱き着いてしゃくりあげ、髪を撫でられているところを見るに、家族内で穏便に収まりそうだ。

 よきかなよきかな、と安心したのだが。そこの父親と同じようにあぶれた者たちによって、横合いから醜く濁った詰りがコニーに向けられる。


「……お役人は良いよなア! 高給取りで安全なところから指示ばかり! 下々のことなんてどうでもいいってこったろ!」

「そうだ、そうだ! 竜に護られた領都は平民にとっちゃ憧れの的だ。お前らはぬくぬくと暮らしやがって! おい、どうせなら国全体を護れってんだ」

「アインさんになんてことを言うんですか!」

『……人間ども、我が最高位の竜だと忘れているのではあるまいな』


 はっきり言って不愉快だ。仮とはいえ契約者を軽んじられるのは。

 目には目を、歯には歯を。返礼は三倍で。

 地面に這わせていた頭をゆっくりともたげ、できるだけ恐ろしくなるように、意図的に魔力を荒らし唸り声を混じえて睥睨へいげいする。腰を抜かしたり気絶するくらいなら言わなきゃいいのに。ふん。


『我が気まぐれで人間の街にとどまっているだけのこと。貴様らの家族を運ぶのも盟約者の頼み故。今ここで貴様らの親類縁者を焼き尽くしてもいいのだぞ。なに、魔物の生き残りがまだ居ったと報告すればいいだけのことだ』

「アインさん……」


 コニー、そこはオレのこと見直すところだから。「なに柄にもなくカッコつけちゃってんのコイツ」って目で見ないで。恥ずかしくなってくるだろ! オレだってキャラじゃないなって思うよ!

 なんだかんだ言ってコニーは騎士の位を正式に持っているから、こんな騒動慣れっこなんだろうけど。


『全く、人間は弱いな』

「お金にとことん弱いアインさんに言われても」


 あーあー、聞こえないー。

 心の耳を塞ぐオレを放置して、コニーはさっきの子どもに声をかける。最後まで面倒を見るつもりなのだろう、よくやるなあ。


「エルくん。お父さんにお手紙を書こう?」

「手紙?」

「書いたら、私たちが責任をもってエルくんのお父さんに届ける。お姉さんたちは普段は竜便屋さんなんだよ」

「エルはまず、字の練習からかしらね」

「うん、がんばる」


 えぐえぐと泣く子どもにちゃっかり営業をかけるあたり、本当に仕事熱心だなあと思う。領をまたぐ竜便配達は高い。一般市民の二か月分の給料だったはず。

 子どもはそんなことを知らないんだろう、小さな希望を真面目に捉えている。伝えられる環境というのは、貴重なのだ。


「では、アインさん行きましょうか」


 予定していた人数を箱舟に収容しおえ、コニーが再びオレの背に飛び乗る。オレが魔法を使えば離陸準備は完了だ。


『……時空結界ルアン・ゼ・アブテーレ時空接続ルアン・ゼ・ヴァービンダン快適空間ゲッセルシャフト


 箱舟を保護してオレとの相対位置を固定し、空を飛んでも快適な環境を維持させる。空を飛ぶには必須の魔法だ。コニーにもキチンとかけた。

 夕暮れに向かいつつある空に翼を広げ、地上に残された民衆の上を一度だけ旋回した。いざ領都カジノへ!


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