第2話 ニートドラゴン、定時まで働く。
「なあ、働かなきゃダメ?」
あー、不労所得ほしいいいいい!
いつものようにコニーの目が凍るけど、慣れたもんね! 怖くないもんね!
「別に働かなくてもいいですけど。多少効率が悪いものの、
「そうなんだよなあ……」
「竜便屋と魔物避けで結構なお給金でしょう? なんで三日やそこらでなくなるんです?」
コニーの言葉はまったくもって正しい。
オレは他の騎竜の餌代と、本能強めで実力強めの魔物がオレを恐れて街に寄ってこないために浮いた防衛費の一部をもらっている。それに比べれば微々たるものだけど、一般局員の給料ももらっている。
一ツ星冒険者に比べても相当な賃金を弾んでもらっているわけだけど、遊ぶ金はいくらあったって足りやしない。
遊ぶ金欲しさに過去には何度か自分の鱗を毟ったり涙を小瓶に詰めたものを売ったりしたものだが、物価が狂うからと領主に数量制限されたし。まあ鱗剥ぐとめっちゃくちゃ痛いからあんまりやらないけどね!! かといって抜け鱗は薬にも武器にも使えないらしくて売れないし。
「金は回してなんぼだろ?」
「ドラゴンは普通財宝を蓄えません? よく冒険者の方が竜種の巣から財宝盗んできますよね?」
「まーなー。経済を回さない悪の象徴だよな」
内政チートなる本にそう書いてあった。だからオレは正しいドラゴンの姿をしているはずだ。うん、間違いない。
「いやいや、一般人にとっては略奪とか恐怖の象徴ですって。この街はアインさんの縄張りだからか、近くに魔物はあんまりいませんけど」
「感謝してるならもっと素直に言ってくれていいんだぜ?」
「童貞のサボりドラゴンに素直にお礼を言うって、屈辱ですよね。うわ、想像だけで鳥肌が」
「なにおう、見せてみろ。……嘘じゃねーか」
「えへ」
ふざけてるって知ってた。上機嫌に歩けば目的地もすぐそこだ。
領主の館の横。竜舎を後ろに備えた、こじんまりした赤い屋根の建物。それがオレたちの職場、竜便局辺境シェースバーグ支部だ。最近の竜舎はオレのせいで閑散としているけど。
「で、オレの仕事は? 無いよな?」
「あるに決まってます。配布物の仕分けと代筆代読、どっちがいいですか?」
「仕分けで」
「ええ~、アインさんが代読だと街のお姉さま方がやってきて、儲けとしてはウハウハなんですが」
コニーは不満げに客のいない受付に座り、オレも支給されている赤い腕章とキャップを被る。なんだかんだ馴染んできたそれ。
実際、オレがドラゴンの姿で郵便物を届けることは少なく、むしろ事務といってさしつかえない。
パチン、と指を鳴らせば、仕分けた手紙が指定の街に転送される。一度訪れた街には魔法印をつけるから、この国の領地なら非生物を送るのは一瞬だ。今も目の前から隣の領行の荷物の山が消える。
そのせいで、この支部に配属される騎竜は極端に少ないのだが。
「恋愛小説とか持ち込まれて役者みたいな真似させられてみろ、トラウマにもなる」
「全く仕方がないですねえ。そういえば、アインさんってご家族にお手紙書かないんですか?」
「書かねえよ。何度言われてもな」
書こうとしたことは何度かある。なんなら
けど、それは言わずにいた。
パチン、ともう一度指を鳴らせば、他の領からこの領宛の手紙が届く。料金は余計にかかるものの、この支部を経由する速達便なんてサービスもある。時代は時空魔法だぜ!
「書いたところで、届かねえしな」
「え、なんかすみません……」
「ばーか、死んでねえよ。単にどこに住んでいるのか分からないだけだ。早々死にゃしねえよ、ドラゴンは最強種だぜ?」
「それもそうでしたね」
誤魔化すために新しく言葉を重ねれば、コニーは気まずそうな顔をした。無用な心配だが。
そこらの竜種ならいざ知らず、オレたちは神に準ずる最高位の竜だ。コニーも納得したらしく、一つ頷いて帳簿を書きこみ始めた。
オレも届いた手紙を領内の地域ごとに仕分け、馬車や飛脚で運ぶ一般郵便物、騎竜で運ぶ急ぎの竜便物に分類していく。商人や偉い人、それから
さて、ノルマ終わったしカジノ戻ろうかな。イイ感じに日も傾き始めているし。
「コニー君、アイン君、ちょっといいかね」
「はーい」
「よくない」
声を掛けてきたのは、丸いメガネをかけた白髪交じりの副局長だ。柔和な顔で問いかけてくるものの、相手が断るなんて全然考えていない偉そうなヤツだ。
よりにもよって出鼻を挫くように来るあたり、オレのこと嫌いなんじゃねえかと疑わざるをえない。
「今回は生き物を運んでもらうから、アイン君に指名配達だ」
「マジかよ。オレの生き甲斐の時間が! カジノ漬けの休暇が!」
「いつも遊んでるじゃないですか」
「オレは! 遊んで! 暮らしたい!」
「アイン君は相変わらずだね」
よって、生物を運ぶなら街を離れなければならない、よって、よって……、賭け事ができない! これじゃあ禁酒する竜も同然だ! 賭け事しないと力が出ない……。
「はあ、ったく。別に騎竜でも運べないわけじゃないじゃん、なんでオレ?」
時間と
恨めしく副局長をにらんだら、コニーに肘でつつかれた。こういうとき、契約者に内心がバレるのは不便だ。へいへい、ちゃんと聞きますよ。
「今回は移民希望者の回収らしい。山脈を越えた反対側の街が壊滅した。この街はアイン君がいるからここ数十年スタンピードはないがね……。だからこそ難民を受け入れろという勅命らしい」
「うへえ。国一番の山脈を越えるってなると、確かにオレしか無理だな。あそこは騎竜も喰らえる魔物がいたような」
「その通りだ。しかも山頂付近は暴風が吹き荒れていて、騎竜で人を大量に運ぶとなると、山脈を迂回して何体も出動させねばならん。ただでさえスタンピードで荒んだ人々が長い旅で更に疲弊するのは忍びない」
ぼやあっと山脈方向にかるく空間把握の魔法を飛ばせば、
副局長がしたり顔で頷いているのがムカつく。
「で、本音は?」
「アイン君、最近運動不足じゃないかね?」
「オレはインドア派だ! そもそもドラゴンに運動の必要はない!」
「建前は領主様の言葉だ。別に嘘じゃない。ああ、山脈には竜がいるという噂もある、くれぐれも気をつけたまえ。ではコニー君、あとは頼んだよ」
「はい!」
「コニー! 返事なんかするなよ、お前は働きすぎだ!」
「私は定時にあがってます。アインさんがその前に帰るからそう見えるだけですよ」
ぐぬぬ。オレ的にはもう残業気分なんだが? 背を向けてひらひらっと手を振った副局長はもう帰り支度を始めているのに。
ちぇー。仕方がないからコニーの横の受付に腰を下ろす。どうせもう客は来ないだろう。
「ったく。半分寄こせ」
「アインさんも大概律儀ですよねえ。追加の仕事だけは付き合ってくれますし」
「半分だけな」
くすくす笑いながら、キッチリ半分を目の前に置かれる。バツの悪さを乗せて、備え付けのペンは必要な情報を埋めていく。なんだかんだこういう作業も慣れてきた、と思う。字も上手くなったと思う。
「にしても結構大変な仕事ですねえ。でも、久々にアインさんと飛べると思うと楽しみです」
「まあオレはイケドラだから?」
「しゃべらなければイケメンなんですけどね~、残念ながら三枚目です」
「は? コニーは視力落ちたんじゃねーか?
「あはは、私の目が悪いんじゃなくて、アインさんが水面でしか自分の姿見たことないからじゃないですか~?」
軽口をお互いに叩きつつ、地図を見ながらルート選択の打ち合わせ。それから使用許可のおりた魔法を確認、その他もろもろ。どっちにしろ、コニーだけじゃなくてオレもやらなきゃいけないことだ。
だから指名配達は嫌いなんだ。
「じゃあ明日の内に準備しましょうか。出動は明後日ですね。持っていくものは領主様の方でまとめてくださるみたいですから」
「さて、朝になるまで遊ぶぞ~!」
「お疲れ様でした。アインさんまた明日~。明日も明後日もちゃんと来てくださいよ?」
「おう、じゃあな」
なんだかんだ定時まで働いてしまったのは不覚ッ……!
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