ニートドラゴンは竜便屋さん
不屈の匙
第1話 ニートドラゴン、家を追い出される。
ぬくぬくとした空間で、背中を丸め時空の狭間に神経を尖らす。時空竜たるオレであっても、世界の狭間をさらって異世界の小説を読み漁るには集中力が必要だ。
『……アイン、いい加減
『うっせえババア! 面白いモンでも持ってこいよ!!』
どん、どん、とオレの空間を叩く音とともに、ここ数百年でもはや挨拶になった怒声が響く。反射で怒鳴り返すのもいつも通り。
今いいところなんだ。ニートだった勇者が異世界で成長し、名声を上げ、散々コケにしていた奴らをぶっ潰していく真っ最中! かーっ、アツい!
にしても、なんだか今日のババアはしつこいな。いつもなら金銀財宝を積み上げた自分のスペースに戻るのに。なんかあったけ?
『あ、そういえば今日オレの誕生日じゃん。ババア、なんかくれんの?』
ビバ・オレ、生誕500周年~!
『……今日という今日は我慢できん! お前以外の子らはとっくのとうに巣立ったってのに、お前は食っちゃ寝生活、情けない! 勘当だドラ息子おおおお! 二度と帰ってくんな!!!
ぶちいっ、と、比喩でなく魔力供給が切れた。あれ? 物理的にも部屋がババアの
『ちょまっ!!?
あっという間にババアの巣との接点を失う。慌てて再接続を試みたものの、すでにババアが
ババアの魔法に強いられて、オレのいる部屋は時空の狭間を突き進む。
それにしても全然止まらないなあ……。え、これマジでどこにいくの??? オレは実家から出たことないんだが???
『……クソババア、息子が可愛くないのか!? うわああああああああ!??』
ぽい、と放りだされた先には、幼い頃の弟たちの話や異世界の小説にでてきた「人間」の「街」や「畑」だと思われるものが眼下にあった。
久しぶりに漆黒の翼を広げてよろよろと風を受ける。インドアドラゴンを舐めてもらっちゃ困る。
むーん、全体的に魔力薄いな……、
……胸がちくりとするけれど、いい機会だ! 異世界の娯楽本らしく俺TUEEEEEしてやるよ!! えーと、まずは人型になって……。
十数年後。
「いっけえええ!!! 黒の19ううううう!!!」
街の生活にすっかり溶け込み、オレはギャンブルに溺れていた。クルクルと回るチェックの円盤、逆走する銀の球。
カンッ、カン、カン……カラカラカラカラ……。
オレと同じようにチップをかけた人間たちも血走った眼で銀の球の行方を追いかける。
「赤の3」
「のおおおおおおん!!」
「っしゃきたーーー! 今日はツいてるな、よし、全賭け赤11」
ディーラーの淡々とした結果に悲喜こもごものオレたち。まあ懲りずに賭けるんだけど。次は黒だけにしておこうかな。
「ドラさんドラさん、いっつも不思議に思ってたんだけど、魔法使いなんだろ? イカサマとかし放題でウハウハじゃね?」
賭博仲間のエリッツが髭面をニヤつかせて同じく黒にチップを積む。
「バッカ、お前。そんなんで勝っても楽しくないだろ。ルールを守った上で勝つから楽しいんだよ。第一、魔法なんか使ったら即バレるわ! ここのカジノ警報機めっちゃついてるもんよ」
まあ、魔法使いって言ってもオレはドラゴンだし。使えるのは基本的に司ってる時空魔法だけだし。しかもオレTUEEEEEは意外と楽しくなかった。
雑談の間も、目は金を生む銀を追いかける。
カラカラ、カラ、カラ……。
そして赤の37に銀の球が落ち着いた。チッ、今日はマジでツいてねーな。
「ドラさん、男前なのに運の女神に愛されてねえな!!」
「フッ、彼女いない歴500年超えのオレが女を口説けると思うなよ?」
「へたれか!」
ぎゃははは、と笑うエリック。げ、コイツ赤にも保険で賭けてたのか裏切者め。
よーし、もういっちょ。ここでやめたらドラさんの名が廃るってもんよ!! 今月ちょーっとお金がピンチだけど、あと三日で給料日だし! イケる!!!
「じゃあ、次は……」
「あーーー!! アインさんやっぱりカジノにいた!! 仕事ですよ!!」
パーンッ、とカジノの扉をあけ放って叫んだのは、赤いキャップを被ったオレの同僚だ。そばかすのちったちんちくりん。たぶんメス。
かつかつかつ、と足音は絨毯に吸い込まれてオレに近づいてくる。ぷんすか、と言う形容が似合いそうな眼差しで睨んでくるものだから、ついつい軽口をつく。
「コニー、オレの仕事なんて秒で終わるじゃん。遊んでたって変わらないだろ」
「昼間から遊ぶ公務員がどこにいるんですか!」
「昼間は遊ぶもんだろ! 夜もだが」
「だまらっしゃい穀潰しドラゴン!」
「オレは小麦は食わねえよ!」
主食は魔力だっつーの! 魔力さえあれば衣食住いらないもんね! ……嘘です賭博無かったら死にます割と真面目に。
「何か間違いでもありますか、ゴロツキドラゴン?」
「どうせつくならツキがいい」
「博打のことしか頭にないんですか?」
「失礼だな、オレの頭は金を使うことでいっぱいだっつーの!」
金なのに儚い感じがたまらん。泡のように増えたり消えたりするのがめっちゃ好き。
コニーに呆れられたのが解せない。オレは真剣に答えているのに! はい、なんでもありませんです。
「埒が明かない。さっさと行きますよ。エリックおじさん、あとはよろしくお願いしますね」
「おう、まかせとけ。
「そうなんですよー。さ、行きますよアインさん」
エリックがオレのチップをスタッフに預ける。全く慣れたものだ。襟首をつかまれて引きづられるのも、行きつけのこのカジノでは日常茶飯事。他の客も慣れたようにスルーしている。
けどさ! 何人かオレの味方してくれても良くないか? 仲間だと思っていたのはオレだけなのか!? オレはカモなだけだとでもいうのか!?
ああ、ルーレット台が遠ざかっていくっ!
「ちょ……!!! 次こそ絶対大勝だから! あと五回だけ! いやせめて二十!」
「サラッと増やそうとしてもゼロですし。なんなら最初から
「コニー、最近オレの扱い雑!」
「私のドラゴンへの憧れを砕いたアインさんに文句を言う資格はないです。あ、でも職場まで飛んでくれていいですよ?」
「お前を乗せてか? 重いからやだね」
冗談だと分かっているからだろう、ひどーい、とコニーはけらけら笑っている。第一、よっぽどの事情が無いと市街地上空を飛ぶことは禁止されている。
煉瓦造りの街並みを歩きながら、ぴょこぴょことコニーの帽子から跳ねる金の毛を眺めてのんびりぼやく。
「で、わざわざ俺を呼んだってことは急ぎか?」
「アインさんって実は鳥系の魔物なんじゃないですか? 賭けるお金が心許なくなってきたから、一般事務のシフトを増やしてくれって言ったのアインさんですよね?」
「忘れてたわ。うっかり、うっかり」
「もう。職場に行く前にカジノに寄って良かったです。躾がなってないって局長に怒られるの私なんですよ?」
「わりいわりい」
「反省してませんね?」
「反省しても鳥頭らしいから忘れるじゃん? 無駄なことはしない
振り返ったコニーの目には呆れが乗っていた。「まったく不真面目な」、と雄弁に若葉の瞳が語っている。仮契約とはいえ契約者、言わなくとも多少の気持ちは伝わるものだ。
もう少し楽に生きようぜってオレの考えも伝わっているはずなんだけどなあ。しかしまあ、伝わっていても、言わなきゃいけないことっていうのはやっぱりあるもので。
「なあ、働かなきゃダメ?」
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