第2話 不明郵便調査課


 通販会社 Dot,ドット。それが俺の勤める会社だ。

 有名かどうかと聞かれたら、正直答えに困る。まあ、控えめに言って中の下。本音を言えば下のギリ中間といったところだろうか。

 扱っている商品は幅広く、日用品からファッション関係(主に女性もの)まで。有名ブランドではなく自社製品なので値段設定も低め。そんなわけで主なターゲット層は主婦が圧倒的に多い。


 そもそも、通販会社に何故『不明郵便調査課』なるものが出来たのかと言うと、インターネットが主流のこのご時世、この会社はあろうことか郵便DMでの案内を頑なに続けているほかならないからだ。

 知名度は低いものの我が社は設立こそ古く、当時は郵便での案内が当たり前だったのだろう。それを頭の固いお偉方達は「顧客との繋がりを大切に」などと言って未だに続けているわけだ。


 今時、誰がわざわざ圧着タイプのハガキをベリッと開いて『☆この割引コードを入力するとお会計時に10%OFF☆』なんて、書かれた通りにちまちま打ち込むか?

 俺が普段使ってるサイトなんて、トップページに飛んだとたん割引クーポンが表示される。それこそタップ一つでゲットだ。


 …まあ、上の決めたことにぐだぐだ言っても仕方が無い。

 とにかくそんなもんで、やれ引っ越しだ転勤だで会社には日々うんざりする程の数のDMが戻ってくる。

 一月には新年セール。二月にはバレンタイン。三月にはホワイトデー。四月は新春セール…日本人てのはこうもイベント好きなものか、と毎度毎度、戻ってくるDMを見ては代わり映えのしない内容にため息もつきたくなる。


 元々、この業務は総務課が行っていた。

 けれど育児休暇を終えて戻ってくるはずの社員が、旦那の転勤が決まりそのまま退職することとなり。加えて、今年新たに一人出産の為、長期休暇を取ることが決まったらしく、このままじゃ通常の業務に差しさわりが出ると上が判断したようだ。


 更に付け加えるならば、お偉方の「顧客との繋がりを大切に」精神から、DMが届かない=顧客へのサービスが行き届いていない、ということにより、本年度から新たに立ち上げられたのがこの【不明郵便調査課】というわけだ。

 どうでもいいけど、このネーミングセンスの無さにはビックリする。


「貴志」


 シュレッダーを終え、空になった台車を押しながら来た道を戻っていると、高塚たかつかが声をかけてきた。


「おう、お疲れ。今戻り?」


 トレンチコートを脱ぎながら、高塚は頷く。


「ちょうど良かった。今日、このあと飯行かない?」

「めずらしいな、定時なんて」

「今週監査ヤバいんだと。もう週残ギリだから早く帰れってうるさくて」


 うんざりと顔をしかめる高塚に俺は笑う。


「それ置きに戻るんだろ? 報告終わったらすぐ行くから、表で待ってて」

「分かった」


 早足に駆けて行く後ろ姿を見送ると、俺は再び台車を押しながらゆっくりと歩き出した。

 誰もいない部屋に戻ると台車を所定の位置に片付け、施錠確認をし、レコーダーで退勤のスキャンをする。本日の業務終了。


 会社を出てすぐ、目の前のガードレールに寄り掛かりスマホをいじっていると十分程して高塚が走ってきた。


「悪い、思ったより時間食った」

「いや。今日はどこ行く?」

「美味そうな店見つけたんだよ。そこ行こうぜ。こっからだとー…十五分くらいか。ほら、前に話した潰れそうで潰れないあの店の」

「ああ、あの辺り? へー」


 営業担当なだけあって、高塚は話のネタになるような安くて美味い店を見つけるのが上手い。

 この日も連れていかれたこじんまりとした入口の居酒屋は、飾り気のない外観とは裏腹に店内は広く清掃が行き届いていて、居酒屋にありがちな騒がしく忙しない感じも無かった。

 ほどよく混んでいて、ほどよく賑やか。良い店だ。


「どうなの、最近」


 そう言って、高塚は手にしたネギマに食らいつく。

 含みを秘めた物言いに苦笑しつつ俺は「まあ、相変わらず?」と曖昧に返す。そっか、と短く答えた高塚の手は、次いで軟骨へと伸びる。


「あ、そうだ。今度さ、映画観に行かね? 俺観たいのあって」


 テーブルに伏せていたスマホを手に、高塚が見せてきたのは最近よくCMで見かける話題作だった。

 人気の少女マンガが原作で封切り前から何かと話題だったが、原作ファンをも唸らす出来だったと金城さんが言っていた。どうやら娘さんが主役のファンらしい。


「レイトショーなら空いてるだろ。行けそうな時あったらメールしろよ」

「ん、分かった」


 気遣いを感じさせない強引さが、かえって救われる。


 ――大丈夫?

 ――平気?

 ――無理しないでね。


 そんな優しさに満ちた言葉が、余計に苦しさを増長させることもあるのだから我ながら扱いに困る。


 高塚とは大学からの付き合いだ。

 当時付き合っていた俺の彼女の親友の彼という、ありがちなきっかけで知り合った俺らは、Wデートだなんだとよく顔を合わせた。

 が、俺と彼女が別れたことにより四人で会う機会は無くなり、けれど俺と高塚の付き合いはなんとなく続いていた。

 単純に馬が合ったんだと思う。こうして社会人となった今でも酒の席を共にするくらいには。

 今の俺にとっては、数少ない貴重な友人の一人だ。

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恋文は郵便事故 三枝 侑 @evol19

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