第1話 あて所に尋ねあたりません
目の前に置かれたハガキの山は、もういつ崩れてもおかしくなかった。
「今日の分、これでラストでーす」
ドサリ、と容赦なく追加される山に、さっきから黙々と作業を続けていた
「さー、ちゃっちゃとやって帰りますか」
俺は気を取り直して次の山に手を伸ばすと、
「もちろんよー! 今日、六時からタイムセールなの。食べ盛りがいるとホント大変なんだから」
と、金城さんはケラケラ笑う。
「そうそう。あたしも今日は早く帰りたいんですよね。久しぶりに彼氏とデートなんで」
そう言ったのは、さっき追加の山を運んできた
高校受験を控えた子供のいる金城さんとは違い、彼女は大学生。今どきの子らしく、週末はやれ行列の出来る店に出向いては、インスタに写真を投稿しているらしい。
そして俺、
独身。彼女ナシ。趣味、寝ること。年齢、二十八歳。肩書き、今この三人がいる部署【
「それにしても毎度毎度、よくもこんなに戻ってきますよねー。みんな気付かないものなのかなあ」
そう言って、柚木さんはヒラヒラとハガキを振ってみせる。
ベリッと剝すタイプの圧着ハガキ。公共料金の支払いとかでよく見るアレだ。
「まあ、支払い関係ならまだしもDMだから届かなくて困るってことは無いんだろうけど…それにしても、すごい量よねぇ」
二人の会話は、いつものことだった。
俺は話題には加わらず、黙々と手元のバーコードリーダーをハガキにかざす。ピッと短い電子音がして、バーコードを読み取り、読み取ったデータはUSBケーブルを通して目の前のパソコンへと転送される。
転送されたデータは、顧客ごとに割り振られた番号を基に、会員データ欄にこう記録を残す。
【DM郵送戻り:宛所尋ね当たらず】
「よし、っと。柚木さん、その山こっちくれる? 俺やるから」
「ホントですか? そしたらあたし、終わった分のシュレしてきちゃいますね」
「うん、お願い」
はーい、と大学生らしい軽快な声で返事をすると、読み込み前のDMと混ざらないよう『済』と書かれた段ボール箱に入っているDMの山を台車に乗せ、部屋を出ていく。
この部屋にはシュレッダーが無い。
業務上欠かせない備品だと何度も上にかけあったものの、その都度予算がだの、空きが出たらだの、のらりくらりとかわされてしまう。けれど、それすらも言い訳でしか無いことは分かっていた。
「残り一山か」
「なんとか終わりそうねぇ。あともう一息っ」
言うまでも無いとは思うけれど、金城さんも柚木さんもアルバイトだ。
金城さんは月・水・金、柚木さんは大学の授業でシフト変更が多いけれど、一応契約上では水・木。二人が重なる今日は必然的に水曜日となる。
時間は金城さんが九時から午後五時まで。柚木さんは、これまた大学の授業で変更が多いけれど、一応、午後一時から五時まで。聞いたところによると、他にもバイトを掛け持ちしているそうだ。
俺はハガキを一枚手に取ると、会社ロゴの横に押された横長の赤いスタンプに目をやる。
『あて所に尋ねあたりません』という文字の下には、英語で『RETURN UNKNOWN』の表記。その隣に担当の地域、そしておそらく局員と思われる人の印鑑が二つ――。
面白いもので、使われているスタンプの種類は同じに見えて、その実、地域によって微妙に異なる。あて所~の文字のフォントだったり、文字を囲っている四角の形だったり、文字と文字の間隔だったり。
違いに気付いた時にはちょっと楽しくなって、自分好みの地域が無いか探してみたりした。
一日で飽きたけれど。
それに、そんな悠長なことをしてられる程、時間をかけていられない。二人のいない火曜日なんて、それはもう大変だ。
一人で台車を転がし、各チームを廻って戻った郵便束の回収。そして鬼のように入力作業を行い、再び台車を転がしシュレッダーにかける。
この作業がまた地味に時間がかかる。前に使った人のシュレッダーゴミが溜まったままだったりすると、ゴミ袋の入れ替えだなんだと更に時間を取られるのだ。
「終わった~!」
五時のチャイムと同時に柚木さんが大きく伸びをする。なんとか月曜から今日戻ってきた分までのスキャンは終えられた。
「お疲れ様でした。二人は上がってください。俺、それやっとくんで」
と、『済』と書かれた段ボール箱(追加分)を指差す。
お疲れ様でしたー、と二人が帰った後で、俺は部屋の隅にある台車を引き、段ボール箱を乗せる。
RETURN UNKNOWN。
あて所に尋ね当たらず。
一日の内に一番目にする言葉は何か、と問われたら、俺はきっとこう答えるだろう。『あて所に尋ねあたりません』と。
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