真水の鯨/他

比良野春太

真水の鯨

 鯨の死骸が琵琶湖疎水の出発点である三井寺辺りで『詰まった』と聞き、僕は大急ぎで現場に向かった。淡水性の鯨と言えば淡水性のクラゲであるマミズクラゲがとつぜん夏の終わりにすっかり真緑色の小学校のプールや粘性の高そうな濃い土色の水を湛えた用水池などに大量発生して地方新聞の隅を埋めたりするのと同じように、春の陽気に誘われてか少し大きめの池ににゅっと現れたかと思うと、しゅ、という音とともに控えめに潮を噴いて虹を描き、その噴気を浴びたものは百十一まで病気なく過ごすという言い伝えが残っているとまで言われる全長二メートルにも達しない小さな妄想だ。

 そのいわゆる『マミズクジラ』は海水性の鯨と違って潮を吹く鼻孔が頭頂部の三カ所にあり、古来から貴族はマミズクラゲを庭園の噴水として珍重したらしいが、マミズクラゲ同様、この鯨の寿命は短く、一か月以上生存した例は日本では確認されていないらしい。更に容易に想像される通り、このマミズクジラからごく僅かに採れる龍涎香は古来から中国で幻の香、万病の薬として重宝されて来たが、この鯨の龍涎香は取り扱いが難しい。というのもこの『涎』には幻覚作用を引き起こす化合物が含有されていて、『胡蝶の夢』という余りに有名な故事の類語として少なからず知られている『水鯨の涎』とはこの鯨の龍涎香を嗅いだものが現実から戻ってこれなくなり、本当に真水に住む鯨が存在するという馬鹿馬鹿しい幻覚に取り付かれてしまうほどだ、ということに由来していることは想像に難くないだろう。



 山科に差し掛かった辺りで『異臭がする』とのSNSでの書き込みが相次いでいることを知る。そういえば鯨は死んで岸に漂着するといわゆる『鯨の爆発』が起こらないか懸念されるところだ。読者の方々は『鯨の爆発』をWikipediaなどで参照されたい。簡潔に言えば座礁鯨の死骸の腐敗が進むと内部にメタンガスなどが溜まり膨張し、何かの拍子に爆発して血と臓物を撒き散らすという悪夢のような現象だ。ちなみに僕は爆発の映像は怖くて見れていない。確かYoutubeに『危険』『ヤバイ』という余りに平凡なフォントの赤文字とクジラの土佐衛門に大きな矢印が突き刺さったようなサムネイルの動画が幾つも上がっていたと記憶しているが、それを開く勇気がない。

 ここまで書くと小型のマミズクジラなのだから爆発も小規模なのでは、と考えたくなるが、先ほど書いたようにマミズクジラは妄想でありしかもその龍涎香はややこしいが妄想の癖に幻覚作用を持っているのであって妄想に妄想が重なると天才と狂気は紙一重というよく分からないものとよく分からないものはたぶん似ているという経験則に頼めばこれは現実に違いない。海に棲む通常の鯨は腐敗が進めば爆発して濃い絶望を含んだ血と臓物を撒き散らすが、何とマミズクジラが爆発すると逆に幻覚作用に付随する夢と希望を撒き散らすのだ。



 びわ湖大津駅についてその異臭は電車のドアが開いた瞬間に車内の空気を蹂躙した。一瞬にして阿鼻叫喚、地獄絵図、それらの言葉では足りぬ、まさか嗅覚だけで人間はここまで狂うのか、誰もが吐しゃ物で服を汚し、気を失って泡を吹く老婆、泣き止まない子供、カップルは接吻したまま吐しゃ物を交換している、僕はそういうことが起こることを既に知っていたから出町柳からガスマスクを装着していており難を逃れた訳だが、どうやら装着するのが早すぎたらしい、乗客からバイオテロを計画していると思われたのだろうか、出口には通報を受けた警察が待ち構えていた。その警察たちはやはりガスマスクをしており、ガスマスクをしているだけで通報されたのだ、と言うと「この異臭では仕方がないでしょう、よくこの惨状がお分かりでしたね」と言って身分証を確認すると直ぐに解放してくれたというシミュレーションをしながら改札口を出て直ぐの橋の足にマミズクジラは引っかかっていたのだった。


 見物客もみな思い思いの重装備をして鯨の死骸を見守っていた。


 中には哲学の道から十数キロを辿ってこの三井寺まで辿り着いたという大学生たちもいて、どうやら彼らは琵琶湖疎水の流量が明らかに減っていたことを不審に思ったらしく、講義の後にその原因を確かめるべく歩いてきたのだそうだ。山科から大津に至るまでの峠を越えるのは大変だった、と彼らは言ったが、その目はどこか焦点が定まっておらず、千鳥足で、酔っ払いの中年男性のような雰囲気をまとわせて死骸の詰まった橋の周辺をふらふらとしており今にも疎水に転落してしまいそうだ。どうやら幻覚作用が既に現れているらしい、僕も気付かぬうちに淡水性の鯨が存在していてしかもそれが死んでしかもそれが疎水に詰まっていてしかも爆発すると夢と希望を撒き散らしてしまうなんて思い込んでいるのだから十分にこの『涎』は人を狂わせていると言って良いだろう。この大学生たちはファンタジー文学研究会に属していてこのようなファンタジックな出来事を見逃す訳にはいかないと頬を上気させて鼻息荒く語っているが、いつの間にかその手には市の粋な計らいで配られた簡易ガスマスクが握られていた。


 いつ爆発するのかとそわそわしているパンフレットを手に持った中年女性の集団が『夢鯨救世会』という新興宗教の連中であることは誰の目から見ても明らかだった。彼女たちはマミズクジラがどこかで発生するたびにその発生は『全てを飲み込む大災害の前兆』であり、マミズクジラこそは『ノアの箱舟』であるとしてヒステリックに保護を訴えているのだ。存在しないただの妄想であるマミズクジラの保護を訴えるだけならまだ良い(もちろん精神に疾患を抱えているかどうかの検査は必要だ)が、狂信者たちは裸になってマミズクジラの背中に乗ろうとするのだから手の施しようがない。そうしているうちに彼らのほとんどは鯨の涎に当てられて二度と現実と妄想と区別が付かなくなり、半分は廃人になって瞳を閉じると瞼の裏に浮かんでくるあの模様にマミズクジラの幻影を見出して一向に眼を開こうとしなくなり、半分はマミズクジラに乗って大災害から逃れたという世界観に囚われて生きてゆくことになったという。


 マミズクジラの死骸はまるで巨大なビニル袋のように流れに押され橋に押し付けられるようにしてそこにあるが、妄想なのでそこにはない。波に揺られて仰向けになって異常に膨張した腹部が露わになるたびに教団の連中が黄色い歓声を挙げる。警察官たちは彼女たちが興奮して全裸になってダイヴしないように注意深く見守っているが、彼らも幻覚に陥るのは時間の問題だろう。


「あっ」


 と、父親に肩車されているガスマスク姿の少女が鯨の腹部を指し示した瞬間、ワンセグでニュースを観たり、SNSに注目していた皆がスマートフォンから手を放し、一斉に鯨のほうを向いて、僕らは鯨の腹部がゆっくりと膨張している瞬間を確かに見た、あ、もうすぐ爆発するぞ、というような、いわば風船に針を突き立ててだんだん力を入れてゆくような気分はその場の皆が共有していたと断言できる、幻覚の作用もありその場は不思議な一体感を帯びていた、おそらくこの鯨が爆発したら歓声とともにハイ・ファイブが始まるに違いない、もう誰も全裸で疎水に飛び込んでも文句は言わないだろう、阪神が優勝したら道頓堀に飛び込むようなものだ、鯨が爆発したら夢の希望が満ち溢れる琵琶湖疎水に飛び込むのだ、太宰みたいな暗い入水じゃなくて。それから僕たちは思い思いの夢と希望をかみしめて日々を生きよう、何、大丈夫、皆はそんなの夢の話だって言って笑うだろうけど、他人の夢や希望は誰にだって笑えるもんじゃないんだから、それであの日の爆発を思い出して少しはあのマミズクジラが可哀想だったかもしれないと思うことだってあるだろう、そういう一体感が溢れて、ついに爆発するのだ、この鯨は、そうして鯨が最高潮に膨れ上がるとびわこ競艇場のボートレースの爆音が鳴って琵琶湖はきょうも巨大で鯨なんてものがいるはずもないだろう。暗い青を湛えている。吸い込まれそうな暗青の絶え間なく移り変わる水面の凹凸に春の陽ざしが乱反射して暴力的な色彩が目を覆って何も見えないから。(了)


 





 


 


 

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