争い、或いは勝利




颯爽と細身の儀礼剣を抜き放ち、詠唱を綴るフィールリンク=バエル。お伽話のような優美さを漂わせているがそこに甘さは一片もない。


「第二術式『疾風ウィンダム』!」


強い風が吹き荒び、俺のことを吹き飛ばそうと突き進む。脅威自体は目に見えないが、その軌道自体は読みやすい。横にステップを踏んで大きく回避を踏む。


だが、当然それは陽動。回避を選んだ俺の眼前には、気付けば黄金の疾風が肉薄していた。


「(速い──!)」


狙いは首元。精神体だろうと肉体だろうと、相手の動きを一瞬で止める事が出来る場所だ。とても温室育ちの貴族が狙うような場所ではない。


咄嗟にデトネイターを引き抜き、グリップの底で剣閃を受け止める。ジンと伝わる重い衝撃に、思わず顔を顰めた。


避けて、受け止める。その何気無い動作でここまで圧を掛けられる彼女は、間違いなく一流レベルの巧者だ。貴族という地位に胡座をかかず、研鑽を積んできた本物の貴族。こういった手合いが、戦う上では一番面倒である。


「フッ──!」


そんな内情に拘ってくれる訳もなく、少女は次なる一手を打つ。グリップから剣を滑らせ、受け止める腕ごと斬り捨てようと真下へ滑降。金属と金属が擦れる甲高い音が響き渡る。


そうは行かない、とグリップの底で剣を押し出し、軌道を変えさせる。膂力では勝てない、と咄嗟に悟ったのか、フィールリンク=バエルは剣に固執せず、その反対──フリーになっていた俺の左脇腹に、右の膝で打ち込む。当然、なんの強化も施していない部位へのダメージは大きい訳で。


声は出なかった。だが、確かに体はよろめいた。そんな格好の隙を、奴は決して見逃さない。


ふらつく体に、鋭い一閃。力強い斬撃が袈裟懸けに振るわれる。この距離で避け切ることは無理、と判断した俺は、反射的に左腕を突き出す。


精神体は、肉体よりも脆い。一瞬のつかえも無く、俺の左腕は肘から斬り落とされた。だが、それを犠牲にする事で戦闘不能だけは免れる。デトネイターを彼女に向け、何発か乱射。生身を相手に考えられた銃では、痛痒になっても致命傷にはなれない。避けきれず何発か受けたフィールリンク=バエルだが、その肩口などに穴がいくつか空いた程度で止まっており、大したダメージには見えない。


だが、これでいい。下がらせるのが目的なのだから。ややバランスを崩した体をゆっくりと持ち上げる。


追撃は来ない。彼女はなぜか訝しげにこちらを伺っていた。


「……僅かな打ち合いだったけれど、大体は分かったわ。貴方、体術に関してはきっと私と同じくらい強い。でも、だからこそ不思議に思う」


鋭い視線が俺の事を射抜く。紅く変わった『魔眼』が、全てを見抜こうと輝きを放つ。


「貴方はどうして、魔術を使わないの?」


ああ、それは何度も聞かれた。何故魔術を使わないのか。何故こんなにも便利なものを使おうとしないのか。何故、何故、何故──


「……ハッ、んなもん決まってんだろ」


ならば俺も答えよう。遥か前から変わることのない俺の答えを。


「──大嫌いだからだよ。クソッタレの魔術とやらか」


遥か昔、神代の時節。人が神によって生み出され、神へと従属していた悪夢の時代。神の気まぐれによって人が殺され、また似たような人が生み出されるというその循環が俺は死ぬほど嫌いだった。


そして、その対象は当然俺の側にも回ってきた。その気味の悪さ、そして何も出来なかった不甲斐なさが俺に決意をさせた。いつか、神を殺してやろうと──。


だからこそ、神が与えたもうた魔術。俺はそいつが死ぬほど嫌いだ。神から与えられただけの物など、俺は決して使わない。後にも先にも、決して。


「嫌い……? 魔術が?」


だが、この魔術至上主義の世界。そういった俺の思考は理解されざるものらしい。いや、そもそも神がいない世界で理解されるとは俺も思っていない。


「確かに貴方が面していた環境は辛いものだったでしょう。だけど、それは魔術を否定する事とは繋がらないわ。そこで諦めて、足を止めては駄目よ。それだけ多量の魔力があるのであれば、きっと大成出来るはず」


……ん? ああ、そういうことか。おそらく彼女は『魔盲』として蔑まれた事を切っ掛けに、俺が絶望して魔術そのものを嫌うようになったとでも思っているのだろう。


なるほど、確かに普通ならそうだ。この魔術至上主義の貴族という世界で俺のような環境にいれば、大抵の者は腐り切って苛立ちを募らせる事だろう。いや、正直苛立ちは募っている。だが、この性格は元からだ。


「悪いが、俺は魔術にこれっぽっちも興味がない。この学院にも半ば強制的に入れられたからな。だから……変な勘ぐりはやめろ」


そう言うと同時に、素早くデトネイターを振り上げる。腕の軌道と同じように放たれた銃弾は、彼女の手首、肩口、首筋を的確に撃ち抜く。


「っ!?」


「精神体といえども、体が傷つけば万全の機能を発揮出来る訳じゃない。足を撃てば動かなくなり、目を撃てば見えなくなる。痛みも後遺症もないだけで、その本質は肉体と同じだ。いや、痛みが無い分寧ろこういった攻撃には鈍い」


首筋の神経が圧迫され、平衡感覚を保てなくなったフィールリンクは呆気なく体勢を崩す。驚愕の表情を浮かべる彼女に、俺はニヤリと微笑んだ。


「ちょっとした本気だ。全部見せるほどサービスは良くねぇが、これで我慢しろ」


動かなくなった彼女の額に向け、軽く一発。たったそれだけで、この戦いは終わりを告げた。








◆◇◆







「……それだけの強さをもって、何故貴方はその立場に甘んじているの?」


対戦後、やや不満気な顔をしたフィールリンクが聞いてくる。彼女は今時珍しい『貴族らしい』貴族。それ故に力を持つ者がのうのうと暮らす事に抵抗があるのだろう。確かに、学生レベルと比べれば流石に俺も負ける気はしない。


だが、そんな小さい世界で力を張り合う気もない。全ての事情を説明してやる義理もない為、ただ一言だけ伝えておいた。


「面倒だからな」

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