返答、或いは戦闘




「それで、俺は一体どこ連れていかれるんだ? まさかあのウァフォレルと同じ事しようってんじゃ無いだろうな。生憎と、サンドバッグになった覚えはねぇぞ」


「それは私に対する侮辱? こっちもあんな奴と同じになった覚えは無いわ。礼儀は気にしないけど、口には気を付けなさい」



知らぬところで罵倒されているウァフォレル先輩、哀れなり。心にも無いことを思い密かに祈りを捧げる。


そんな下らないことを考えてしまうくらいには、現実逃避したい気分になっていた。前を進むフィールリンク=バエルの背を見つめ、次いで大きなため息。ここの所ため息を吐く機会が多いな、などとどうでもいい事をふと思った。



「てか、あのもう片方のお方はどこ行ったんだ? いっつも二人でワンセットだったじゃねぇか。もしかして、俺が嫌でこなかったとか? だったら悲しいなぁ」


「ああ、ラプラスの事? 別にいつも二人でいる訳じゃ無いわ。あの子にはあの子の用事があるし、私には私の用事があるもの。それと、仮にも貴族なら自らを貶めるような言葉はやめなさい。それは即ち、家格を貶める事にも繋がるのだから」


「……自虐ネタが通用しないなんて、大貴族サマは随分と高尚なご趣味をお持ちのようで。俺のような庶民地味た感覚には到底理解できませんよ」


「別に大した事はしていないわ。『貴族らしくあれ』とお爺様から育てられただけ。あなたも心掛ける事をお勧めするわ」



皮肉が通じないタイプの人間である。故意にしろ天然にしろ、こういった人種はやり辛い。


というかこうなるともうコミュニケーションが取れない。共通の話題などある筈も無し、ただただ向こうから投げかけられる話題に受け答えをする事しか俺には出来ないのだ。これが友人がいない者の悲しい性である。


こういう時ばかりはミハイルの図々しさが羨ましくなる。全く、本当に肝心な時ばかりに居ない奴だ。というかこの一日で奴のことを考える機会がやけに多い気がする。



『もしかして、これが恋?』



などと下らない事を上目遣いで、なおかつ頰を赤らめながら話しかけてきたミハイルの幻影を頭の中で殴り飛ばす。むしろこの心の荒ぶりは……そう、苛立ちである。



「てか、いつまで歩くんですかねぇ。俺もう疲れたんですけど」


「だらしないわね。でも安心なさい、もう着くから」



見覚えのない廊下を抜け、やけに重厚な扉を開いた視界の先。そこには見たことの無い、しかし理解する事が出来る光景が広がっていた。


辺りを囲む客席。流れ弾への配慮かその席を覆う巨大な魔力で強化されたガラス。そして何より、中央に広くスペースが取られた……練武場。


そう、ここは自らの武や力を鍛え上げる場所。学生らしい研鑽の場であり、そして俺の様な不良学生には相応しくない場でもある。



「……あー、なんだ。こいつは一体どういう事だ?」


「見て分かるでしょう? 試合よ、試合。私が、貴方と手合わせする為に来たの」



頭が痛くなって来た。昨日のカツアゲといい、今日の模擬戦といい、一体世界は俺に何の恨みがあるのか。確かに前世辺りで一回ほど神を殺してしまったのは事実だが、それにしても試練が降りかかりすぎだろう。


苦い顔をしている俺を気遣う事もなく、彼女は淡々と受付を進める。どうやら受付は自動式らしく、魔力を注げば先客がいない限り誰でも使用許可が下りるようだ。俺には縁のない話である。



「それにしても、誰もいないのは都合が良いのだけれど。誰一人使っていないのは向上心が見られないわね。折角エリート校に来たのだから、こういった施設は活用するに限るというのに」


「……色々言いたいことはあるが、そもそも先客がいたらどうするつもりだったんだ。待ってる間に俺が帰るとか考えなかった?」



ふと浮かんだ疑問を何気なくぶつけてみる。すると彼女は、コンソールを操作する手をピクリと固めると。



「……その時はその時よ」



そう言って操作を再開した。お茶目か。



「……先約だなんだと言ってた割には、案外段取り考えてなかったんだな。序列第一位サマも割と人間らしいとこがある──」


「う、煩いわね!」


「うおっ!?」



グイ、と唐突に引っ張られる。抵抗出来ない力ではなかったが、不意をつかれた為そのまま彼女のなすがままに引き摺られてしまった。結果、練武場へと足を踏み入れてしまう俺。


目の前で非情にもガラス戸が音を立てて閉まる。その瞬間、体が分離するような奇妙な感覚に襲われた。


 魔術による精神体と肉体の分離。練習試合や命の危険を冒したくない場合に使われる、特殊な技術だ。こうすることで精神体にどれだけダメージが掛かろうが肉体には一切傷がつかない。どれだけダメージを受けようと、精々が暫くの間昏睡状態に陥るだけだ。


 ……とはいえ、どれだけ便利であろうとこれも魔術による干渉。腹の底から湧く苛立ちと不快感だけは避けられない。



「コホン、では始めましょう。ルールは単純、降参した方が負け。武器はなんでもあり。実にシンプルでしょう?」


「いやまあ確かにそうだが……ていうか本当にやる必要ある? 別に俺そんな腕自慢した覚え無いんだけど。ただの平凡な落ちこぼれ生徒なんだけど」


「よくいうわね。昨日あのウァフォレルが返り討ちに遭ったって言うから、その顔と腕前を拝みに来たっていうのに。知ってるのよ? 一連の顛末くらいは。なんでも、軍用魔術の『フレイム・ランス』を素手で掴んだらしいじゃない」



 バレている。今度こそ全てがバレている。こうなると流石に逃げ切れない。どうにか誤魔化しきって、この場を何とかして切り抜けなければ。



「あー……まああの日は偶々調子が良かったっていうか、なんというか」


「それだけじゃない。貴方、何でも『魔盲』って陰口を言われてるんですって? とんでもない、私には分かるわ。貴方のその身に流れる、圧倒的なまでの魔力がね」


「……おたく、なんか視えてる?」


「ええ。生まれ持っての特徴で、魔力の流れには敏感なの」



 やられた。恐らく彼女は、世界に満ちる魔力が視えるようになる『魔眼』の持ち主。それをもってして俺の事を見抜かれれば、隠し続けてきた秘密を知ることも容易いだろう。


 『魔眼』とは、かつて神が特殊な人間に与えた力の名残。気まぐれに人に与え、増長した人が神と僭称する様を観察し、最後には無様に叩き潰す。そんな悪趣味な遊戯が残した残滓の一つだ。現代の人々は特殊な力に酔い持て囃したりするが、俺からしてみれば罪禍の象徴以外の何物でもない。


 まあ、俺自身の好悪の話などどうでもいい。問題は、それを所持されている時点で俺の嘘が既にバレているという事だ。こうなってしまえば平凡な一生徒という言い訳で逃げ続けることが出来ない。ついに年貢の納め時か、瞑目する。



「さあ、構えなさい。私も全力で行くわ、貴方もその隠した力を存分に発揮して!!」


「……はぁ、無茶を言いなさるなって」



 全力? そんなもの、初めから出せていれば苦労していない。今も昔も、結局俺は何一つ変わっていないのだから。

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