面倒、或いは面倒
それは放課後。隣に纏わりつこうとするミハイルの事を軽くあしらいながらそそくさと教室を出た直後の事だった。
「やあアンドラス君。突然だけど少し僕達についてきて欲しいんだ」
胸元に青色のブローチを付けた男子生徒が三人。恐らく一年上の上級生だろう。トキメキもしなければ乗り気にもならない彼らの提案に、げんなりとした顔を浮かべてしまった俺はきっと悪くない。
だってそうだろう? 見目麗しい女性ならともかく、平凡な顔つきの男に無理やり誘われて嬉しい男がどこにいるというのだ。まだミハイルから誘われた方が、ギリギリまで審議した上でマシだと判断できる。
「あー、俺これからアレがアレでコレなんで。悪いんですけど他を当たってくれませんか」
「嫌だと言っても付いてきてもらう。他でもないウァフォレル様からのお達しだ。心当たりくらいあるだろう?」
「ウァフォレル……? いいえ、知りませんね。てか知らない人について行っちゃダメって教わったんで、そういうのやめて下さい」
「は、魔盲は知識まで摩耗しているのかい? 序列第六位のウァフォレル家を知らないとは、とんだ貴族の面汚しだね」
うるせぇ、何『上手いこと言ってやった』みたいな顔してんだ。お前のドヤ顔なんて需要ねぇよ。あと知ってるに決まってんだろ、面倒臭いから知らないふりして切り抜けようとしただけだ。間に受けてんじゃねぇ。
パッと頭に思い浮かんだだけでもこれだけの罵倒が浮かんだが、まさか口に出す訳にもいかない。いや、言ってもいいのだが、多分言った場合はこれ以上にろくな事にならない。さてどうしたものかと考えていると、視界の端にミハイルの姿がチラリと映る。
男だというのに何故女生徒用の服を着ているのか、という疑問は今更些細な事だ。とにかくこの場を切り抜ける一助になってもらおう。そう思って視線だけで伝えてみようとするも、彼は気まずそうな顔をしてスッと視線を逸らす。全く肝心な時に使えない奴だ。
さて、ここでむざむざついていくのも癪だ。どう考えても行き着く先は先日の焼き直し。それに付き合ってやる義理も必要も無い。
とはいえ言葉で丁重に断っても、それを受け入れるほど彼らの心が広いとは思えない。というか心が広いならこんな事はしない。ならばあと自分に思いつく手段は実力行使以外に無いのだが、まさかこんなところで乱闘騒ぎを起こしてしまえば直ちに学院長の元まで連絡が行き、その後に教育という名の折檻を受けかねないだろう。
いや、肉体的苦痛ならまだいい。ちょっとやそっとの衝撃で根を上げるほど柔じゃない。問題は、彼女の折檻のメインが言語責めである事だ。
自分自身そこまで学がある訳では無い為、小難しい単語をベラベラと列挙されれば黙るほかない。しかも大体言っている事が正しいのだから始末に負えない。結局言葉の刃がぐさぐさと突き刺さって一方的に傷付けられ終わるのみである。
「あー、じゃあそういう事なんで俺もう帰りますね。そのウァなんとかさんにはすいませんって言っといてください」
「おっと、だから逃がさないって言ったでしょ? 一緒に来てもらわなきゃこっちも困るんだって」
眼前に回られ、さりげなく行き場を無くされる。いくら子供のする事とはいえ、こうもしつこいと流石に鬱陶しくなってきた。気付かれない程の音量で舌打ちをする。
──いっそ本当に騒ぎを起こしてしまおうか。そんな剣呑な考えが頭に浮かんできた。
どうせ面倒ごとは避けられないのだ。ならばより楽な面倒ごとへと流れた方がよっぽどいい。それに、問題を起こす生徒としてついでに退学処理まで行われるのであればなお良しだ。うん、それがいい。そうしよう。
「ふぅ──めんどくせぇ」
「……? 君、何を言って──」
まずは眼前のクソ野郎へアイアンクローをかまし、そのまま壁に叩きつける。怯んだ隙を付き右の奴を裏拳で処理。さすがに左の野郎は動き出すだろうが、恐らく魔術を発動させるよりこちらが襲い掛かる方が早い。詠唱で動けなくなっている所を引っ掴み、窓から投げ落として──
「貴方達、そこまでよ。この場でそれ以上の狼藉は見過ごせないわ」
と、思考を回し後は実行するだけ、と来たところで突然横やりが入った。
鈴を転がすような、それでいて芯の通った女性の声。この二日で聞き覚えは無いが、はて誰の声だろうか。思わず俺は振り向く。
「な……き、いや、貴女様は……!?」
「あら、誰かと思えばウァフォレルの所の腰巾着じゃない。彼に向けていたような、偉そうな態度はとれないのかしら? それとも……バエルの名前に臆したのかしら?」
「く……! ふ、フィールリンク=バエル様におかれましてはご機嫌麗しゅう……」
バエル家、その息女が何故か俺たちの前に立っていた。
これは助け舟、と安易に解釈しても良いのだろうか? ただ単に『ノブリス・オブリージュ』の観点から口を出しているのであればいい。屈辱的ではあるが、それが一番面倒事を回避できるパターンだ。だが、教室ではクラスメイトへの対応を全て片割れに任せていた彼女がそれほど殊勝な性格であるとはどうしても思えなかった。
疑問符を浮かべる俺、そしてクラスメイトの事を差し置いて、彼女は言葉を投げかける。
「この学院でもその挨拶を欠かさないつもり? ふぅん、
「お、お戯れを……」
「戯れてるのは貴方達の方でしょう? その派閥遊びをいくら続けても成長は出来ないってウァフォレルの阿呆に伝えておいて。それに、ここは一年の教室よ。上級生が立ち入って権力を振るっていい場ではないわ。分かったならさっさと去りなさい」
「ぐ……!! し、しかし僕達にも引けぬ理由があります。その男、アンドラスをウァフォレル様がお呼びなのです!」
おいこら、折角話が逸れかけたのに俺へと話を戻すな。そのまますごすご尻尾を巻いて戻ってろ。
だが、この一言で彼女の注意は俺へと移ってしまったらしく、サファイアの瞳が再び俺の事を射抜く。そして何を思ったか、納得したような表情で一つ頷いた。
……嫌な。とてつもなく嫌な予感がする。だが、ここから逃れる術を持たない俺は、その死刑宣告を甘んじて受け入れる他なかった。
「それなら諦めなさい。彼、私との先約があるから」
「……は?」
「……は?」
『……は?』
俺。先輩方。耳をそばだてていたクラスメイト。全員の意思が一致した瞬間であった。
『ええーーーーーーーー!!!!?????』
「ちょちょちょ、ちょっといつの間に序列第一位のとこの息女なんて引っ掛けたのさ!? まだ入学から二日目だよ!? このスケコマシ!!」
「ぬおっ!? ミハイル、テメェ都合のいいときだけ出てきやがって……!!」
陰で様子を伺っていたミハイルまで俺の元へ駆け寄り、ガクンガクンと襟元を掴み揺らす。第一、それを聞きたいのはこちらの方である。俺と彼女の間にはこれっぽっちも接点が無いのだから。
「これで分かった? 分かったなら帰りなさい。私の名前を出しておけば、少しはアイツも大人しくなるでしょう」
「く……戻るぞお前ら」
「い、いいんですか? あんなのどう考えても……」
そういいつつ、すごすごと廊下を引き返していく先輩方。だが、難は去ったがもう一難。腕を組んで彼らを見送るフィールリンクへと一応の礼を告げておく。
「あーっと……すいませんねお手を煩わせちゃって。それじゃ、お礼は後日考えておきますんで、今日の所はこれで……」
「あら、何を言ってるの?」
「へ?」
「言ったじゃない。『先約がある』って。この言葉、まさか私に嘘をつかせたとは言わないわよね?」
がっしりと掴まれる肩。貴族の子女は男との接触を躊躇う程淑やかだというが、この学院には例外しかいない様だ。俺は次なる面倒に巻き込まれたと愛想笑いの口角をピクピクと振るわせた。
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