入学、或いは面倒との邂逅




「やあギルメル=アンドラス君! 噂には聞いているよ。なんでも、貴族であるというのに魔術が使えないとか?」



周囲を数人の男に囲まれ、一切の逃げ場が無い状況。またこれか、と対して代わり映えもしない嫌がらせの現場に呆れかえってしまうのは仕方のない事だろう。ニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべる彼らに、俺は思わず溜息をついてしまう。


経験則から言うと、こういった手合いには関わらないのが一番だ。言葉を交わした所で益になるものは何一つ無く、精々気分を悪くする事が関の山。話すだけ無駄である。



「おいおい、無視は良くないなぁ。折角先輩が直々に話しかけてやってるんだ。この栄誉なるマギウス・ノースト学院、その新入生としての自覚があるならば、へりくだって返事をするのが正当ではないかね?」


「おまけにこの方はレックス=ウァフォレル様、ウァフォレル家の三男だぞ? 尻尾の一つでも振ったらどうだ?」



取り巻きと思われる一人が、態々余計な補足をしてくる。うるさい。そんな事、余程の無知でなければある程度知っていて当たり前である。


レックス=ウァフォレル。このソロモン聖皇国における貴族の中でもトップクラスに高いウァフォレル家の子息であり、四肢を様々な動物に変化させる非常に特徴的な魔術の使い手である。当然通常の魔術にも優れており、三男ではあるが既に将来が有望視されている一人だ。


……まあ能力は性格に反比例するようで、ご覧の通り人を苛立たせる事に特化させたような人物である。長い金髪が靡く様がやけに鬱陶しい。有望株とやらがこんなのであれば、この国は終わりだなと思わなくもない。


虚空を見つめていれば飽きて見逃してくれないかとも思ったが、どうやらその様は彼の機嫌を逆撫でしたようだ。より俺に体を近付けると、脅すような低い声を上げる。



「……随分生意気だな『魔盲』如きが。それが無駄な抵抗であると気付いていないのか?」



『魔盲』。それは魔力が無く、魔術を扱えない者の事を指す。人間は神代の頃から権能として与えられた魔術を行使する事で、その力を誇示してきた。だが、その中にも勿論例外というものはあり、魔術を元から扱えない者というものも出てくる。


今となっては公式に魔術を扱って良い者は特権階級の貴族のみとなり、平民には細々とした生活用の魔術程度しか扱う事が出来ない。選民意識の高い貴族にしてみれば平民は蔑みの対象となる事も多く、また貴族の中でも魔力を使えない様な者は酷く差別的な扱いを受ける。そして、それは俺も例外では無い。


こうして周囲を囲まれ、罵声を浴びせられるのは一体何度目だろうか。大抵が的外れな物ばかりなので特に思う所も無いが、時間がとられる事と鬱陶しい事には苛立たしさを感じる。


そも、俺はあまり気が長い方では無い。敵意を受ける程度ではそうそう喧嘩を売る気はないが、こうして実害を受けながら無抵抗でいられるほど聖人になったつもりも無いのだ。



「……うるせぇな。顔近づけんなよ、口臭いから」


「なっ!?」


「おまっ、何を!?」



すらりと出てきた暴言に驚き、固まる男達。恐らくこういった行為を繰り返して来た彼らにとって、このような反撃は予想もしていなかったのだろう。


蒼白になったレックスの顔が、徐々に怒りの赤へと染まっていく。流石にマズイのではないかと周囲の取り巻き達は慌てるも、彼を止めようとする者はいない。いや、止められないの方が正しいか。腐っても実力者、そして圧倒的な権力の持ち主と来れば、反抗した場合どういった結末になるかは想像に難くない。



「……第三術式『フレイム・ランス』!!」


「っ!? れ、レックスさんその術式は!?」


「ほう? 何か文句があるのなら言ってみろ。貴様の家名を述べてからな」


「……い、いえ、何でもありません……」



第三術式。魔術は第七位階までの区分で分けられており、その内の第三位階以上の魔術は十分な殺傷力を伴う事から軍用魔術として部類される。


十六という年齢を考えると、レックスが成人でも扱いづらい魔術を容易く発動出来るというのは優秀である証だ。


これを心の臓に突き刺されてしまえば俺の命はない。恐怖に震えた俺は必死で命乞いを──



「──くっだらねぇ」



──するわけがない。


かつての神代における『神秘』の数々と比べれば、最早欠伸が出る程にショボい。同じ炎の槍でもふた回りは小さいし、炎の勢いも山火事と小火程の開きがある。この位ならば当たっても火傷する位で済むのではないか? と思ってしまう程度には脅威を感じない。


というか、魔術を一つしか発動していないのも甘過ぎる。炎の槍は分かりやすく強い代わりに対抗手段も多く、それを万倍にして返される事も少なくない。それ故に裏でもう一つの術式を編みながら相手を出し抜くというのが基本の戦法なのだが、それすらもなっていないようだ。まあ、これからそれを学ぼうという学生に求める事では無いのかも知れないが。



「──っ!!!?」


「どけよ三下。あんまり俺の邪魔すんな」



首元に突き付けられた炎の槍を、思い切り押し返す。レックスにその他取り巻きは驚きのあまり目を見開いていた。



「なっ……き、貴様、我が槍を……!?」


ぬりィ。もうちょっと鍛えた方が良いんじゃ無い? ま、知らんけど」


「ふ、巫山戯るな! まだ話は終わって……」



去ろうとする俺の肩を掴むレックス。だが、いい加減こちらも我慢の限界だ。


腕を引っ掴み、力を込めて引っ張る事で彼の態勢を崩す。たたらを踏んで倒れ込むのを防ごうとしたその顔へと、懐から取り出した俺の愛銃を突き付ける。



「っ、ヒッ……!!?」


「うるせえ口だ。そんなにお喋りが好きなら俺の愛銃リベレイターでもう一つ口を開けてやろうか? 勿論テメェの額に、だがな」


「よ、よせ、やめろ!!」


「──バァン!!」


「は、ヒギッ!!!」



ビクン、と体を震わせるレックス。だが銃声が俺の声真似によるものだと気付くと、その顔を俯かせる。


まあ、この顔で随分と気持ちはスッキリした。本当はもう少し痛い目を見せる予定だったが、溜飲は下がったので良しとしよう。



「──ハッ、そうビビるなよお坊っちゃん。こいつは随分な偏食家だから、気に入った相手にしか弾丸を食わせねぇんだとよ。命拾いしたな?」



握り締めていた腕を離すと、レックスはその場にへたり込む。しかし、戦意こそ失ったが怨恨は残っているようで、下りた前髪の隙間から俺を睨み付けてくる。



「こ、このウァフォレル家に逆らうなど……これからの学園生活、後悔するなよ」


「危機を脱した途端急に饒舌になるんだな? まあ、噂の『魔盲』、おまけに『アンドラス家の落ちこぼれ』を相手にして、情けなくも敗北したって告白する度胸があるなら良いんだがな」


「巫山戯るな! 私は負けていない! いつかその面を歪ませてやるからな!!」



入学早々、面倒な事態に巻き込まれてしまった。溜息をつきながら、俺は彼等へと後ろ手を振った。

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