86 確かに確証は示しようがないな……
『ヴィスビュー星系辺縁の戦い』は、
これにより〈カシハラ〉は大きく軌道を変更することなく〈アカシ〉領宙へと接近し続けており、その周囲に〝球形陣〟を布く『
7月22日 1900時
【
その航宙軍はミュローン帝政という体制下において、帝国正規軍たる『国軍』と〝事実上の軍事同盟〟を結ぶ実力組織でありながら、一方で帝政から切り離された指揮系統を持ち〝専守防衛〟を掲げる、という矛盾のある軍隊である。
そのような矛盾と欺瞞に満ちた軍隊が、〝
緒戦において分遣隊が放った軌道爆雷は46基──。うち〈カシハラ〉が迎撃した5基を除き、残り41基の全てを航宙軍はレーザーによる遠距離砲撃のみで排除してみせたのである。その実力は正に侮り難かった。
そんな
「──〈セティス〉〈トリトン〉〈ヴィーザル〉の3艦で突入しろと?」
航宙軍はこの時点で針路上に掛かる爆雷の排除こそしてみせたものの、
──航宙軍の真意を探るための〝威力偵察〟…か…… しかし……
〈セティス〉〈トリトン〉の2隻のセティス級装甲巡航艦は5Gに近い加速性能こそ発揮できたがすでに〝旧式〟の部類であり、航宙軍の新鋭艦と比べれば、大柄なその艦容の割に攻防性能に劣っていた。我が〈ヴィーザル〉にしたところで比較的大型であるとはいえ所詮は駆逐艦……、正規巡航艦が相手ではまともに戦えない──。
仮に〝失われた〟としても、司令部にとって惜しくはない戦力ということか…──。
〝面白くない〟命令である。が、命令は命令である。
ミカエラは座乗しているルンド駆逐艦戦隊司令──〈ヴィーザル〉はルンド司令の旗艦であったが、
今回も
ヴィスビュー星系での作戦行動において、ルンドは〈ヴィーザル〉の指揮運用の全てを艦長であるミカエラに任せてくれている。隊司令には
青色艦隊少将であるポントゥス・トール・アルテアンとの個人的な友誼で隊司令の地位を得たものと思ってきたミカエラには、それは意外であった。
──が、とまれルンド大佐にしたところで、この命令に異を唱えられる立場にはないということなのだろう。
ミカエラは〈セティス〉〈トリトン〉と連絡を取るよう通信士に指示をした。
7月22日 2100時
【
威力偵察の命令から2時間後、戦術マップの中で〈セティス〉〈トリトン〉〈ヴィーザル〉の3隻を示す
航宙軍が〝どの程度の覚悟〟をもって
だがこうまで露骨に旗艦と主力を後方に留め、艦型の
やはりこの場合は旗艦〈エクトル〉を先頭に分遣隊の総力をもって最大級の圧力をかけるべきであろう。
だが結局、ヴィケーン大佐の上申はアルテアン少将の司令部に黙殺された。
〈ヴィーザル〉他2隻の装甲巡航艦が加速を開始して6時間が経過すると、3隻は航宙軍の戦闘管制空域へと侵入を果たしている。
後方に控えた分遣隊旗艦の艦橋で、アルテアン少将は肯いて言った。
「やはりな…… 航宙軍は撃っては来ない、か……」
薄く笑った司令官の目線の先で、複合スクリーンの上の戦況が刻々と更新されていく。
球形陣を布く
「
ヴィケーン大佐の発したその問いに、アルテアン少将は
「確かに確証は示しようがないな……
アルテアンはつまらなそうに鼻で笑い、醒めた目で旗艦艦長を見返して言った。「──航宙軍は自らの自衛権に足枷を嵌めている。
ヴィケーンには不思議であった。
この男の状況認識はそれほどおかしなものではない。にもかかわらず艦隊司令として下す判断がおかしなものとなるのは、いったいなぜなのだろうか……。
そんな疑問を胸の中に抱える旗艦艦長に、アルテアンは言った。
「さっさと
7月23日 0330時
【H.M.S.カシハラ/ 艦橋】
「やはりコオロキさんは撃たんね…──」
戦闘配備の艦橋では、航宙長のイツキ・ハヤミがチューブ式容器の
視線の先の複合スクリーン上には、
そのイツキの言葉が耳に入ると、副長のユウ・ミシマが呆れたように航宙長の顔を見遣る。
「──当たり前だろ…… もし撃ったら星域問題だぞ」
「これってもう、十分に星域問題だと思うがなぁ……〝先に撃ったら負け〟か」
〝先に撃ったら負け〟──それは航宙軍の〝モットー〟だった。
同じくチューブ容器の
「俺だって
複合スクリーンの隅の時刻を確認し、
『──CIC了解。発射管1番から16番、全管発射準備よし、諸元入力…… 発射後の管制は情報支援室に回します』 『──情報支援室、了解』
「技術長──〝隠し玉〟の方と合わせ、雷撃管制、よろしく頼む」
先の〝隠し玉〟で大戦果を挙げた
『任せてください』
「よし…──」 小さな深呼吸の後に、ツナミは命じた。「──うちーかたはじめ!」
7月23日 0400時
【
〝
先に追撃戦を戦った装甲艦〈アスグラム〉の
艦長のミカエラは、先行して展開していた〈セティス〉と〈トリトン〉がそれぞれ回避機動を取ったのを確認して後、
「──新たな熱源……爆雷の推進剤の点火です……回避機動後の本艦の針路との
まだ〝隠し玉〟を残していたらしい……。ミカエラは歯噛みしたが、〈ヴィーザル〉はもう回避指示に従い加速に入っていた。
状況は〈セティス〉も〈トリトン〉も同様のようで、戦術マップを確認すれば、僚艦の針路上にも散布界の予測範囲が拡がっている。
ミカエラは判断に迷うこととなった。このままでは敵の〝隠し玉〟──機雷として
これを〝回避〟することは容易ではあったが、もしそれをしてしまえば大きく軌道要素が変わってしまい、再び有効な攻撃可能位置に遷移することが難しくなるのである。
また、この〝隠し玉〟の方は加速時間が短く十分に速度が積み上がっていないことを考えれば、爆散の散布界に飛び込んだところで被害はさほど大きなものとならないかも知れない。
逡巡するミカエラに決断を促したのはルンド大佐だった。
「艦長…──」
視線こそ戦術マップから動かさなかったが、落ち着いた声でミカエラに語りかける。「以後の攻撃のことを考慮する必要はない ……回避に全力を挙げたまえ」
隊司令の横顔を見たミカエラに、ルンドは戦術マップの方へと意識を向けさせて続けた。
「──〈セティス〉も〈トリトン〉も迷ってはいないようだぞ」
その隊司令の言葉の通り、2隻は
それでミカエラは吹っ切ることができた。
〈カシハラ〉への攻撃位置への遷移を放棄して最大加速で回避するよう操舵士に命じ、改めて
ルンド大佐も今度は面を上げて視線を返して来た。それから神妙な
──こうして〈セティス〉〈トリトン〉〈ヴィーザル〉の3艦が、航宙軍からの攻撃を1発も受けることなく、〈カシハラ〉ただ1艦の攻撃によって戦列を離れることとなったのだった。
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